ベンガラとは、奈良時代にインドから渡ってきた赤い顔料のことだ。集落全体がベンガラ色に染まっていたらどうだろう。それが岡山の山中にある。「吹屋ふるさと村」である。
江戸時代のこと、吹屋の銅山の捨て石である硫化鉄鉱を焼くとベンガラの原料であるローハ(酸化第二鉄)が出来ることが、偶然発見された。以来、ベンガラ工場がいくつもこの地に誕生した。家々の柱や窓の格子がベンガラ色、壁もほんのりベンガラ色、屋根も石州瓦(せきしゅうがわら)とよばれるベンガラ色の瓦である。歳月の経過が色に落ち着きを与えている。
吹屋のベンガラは高級で、建造物の塗装もさることながら、伊万里や九谷の陶磁器の着色や、輪島の漆器の下塗り、朱肉や染料にも使われた。
「創業は宝暦年間だそうですから、この片山家のベンガラ製造は200年以上続いたことになります」。ベンガラ格子の窓をからぶきしていた女性が、手を止めて問わず語りに説明してくれた。昭和に入ってベンガラは石油からも作られるようになったため、吹屋のベンガラ工場は昭和10年(1935)ごろから減り始め、40年代には完全に消滅した。
吹屋の銅山すなわち吉岡銅山は、まず大坂の泉屋(住友の前身)が開発し、のちに地元の大塚家が再開発して幕末まで操業した。江戸幕府直轄の天領だった。明治6年(1873)になって、岩崎彌太郎が買収し、近代的な技術を導入、地下水脈を制して日本三大銅山に発展させた。最盛期には1600人以上の従業員がいたが、次第に粗鉱の品位が下がり昭和6年に休山した。戦後になって再開し、ほそぼそと続いたが、昭和47年、ついに長い歴史に終止符を打った。笹畝(ささうね)坑道の一部が産業遺産として公開されている。
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左上・山神社(やまじんじゃ)
右上・山神社は吉岡銅山の守り神。 明治25年に三菱が寄進した玉垣
右下・吉岡銅山(笹畝坑道) 坑内は1年を通して15℃前後に |
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吹屋ふるさと村
ベンガラ色で統一された吹屋の町は、1974年に岡山県のふるさと村に指定され、1977年に国の重要伝統的建造物群保存地区となった |
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| ベンガラ館 明治時代当時のベンガラ工場を再現。傍らに陶芸教室がある。 |
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| ベンガラは弁柄・紅殻とも書く。朱とともに古くから使用された赤色顔料だ |
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長尾醤油・酒店
遺伝子組み換え大豆や保存料を一切使用しない 手づくり醤油二合徳利
360ml(850円/税込み) 高梁市成羽町吹屋704
TEL:0866-29-2819 |
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【アクセス】
JR伯備線・備中高梁駅へは岡山駅から普通列車で約50分、倉敷駅から約40分。備中高梁駅より吹屋までは車で約40分。備中高梁駅発、備北バス吹屋方面行きで約1時間。岡山自動車道・新見I.C.から約30分 |
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