「広島ではなくぜひ宮島に泊まってください。夜になると霊気を感じると思いますよ。島全体が信仰の対象ですから」と、三菱レイヨンのエンジニアだった林さんはいう。霊気という言葉にひかれて、厳島神社の裏にある老舗旅館「岩惣(いわそう)」に宿をとった。日が沈むと島は急に暗くなる。108の灯籠に灯が入り大鳥居と神殿がライトアップされる。静かだ。昼の喧騒はうそのようだ。妙に落ち着かない気分になり、弥山(みせん)の暗い杜(もり)に目を移したとき、不意に身震いがした。ひょっとしてこれが霊気なのだろうか。
厳島神社の現在ある姿は、仁安3年(1168)に平清盛が宮大工を京都から連れてきて建てて以来のものである。宮島は神の島なので傷つけてはならないと、神殿は海中に建てられたという。寝殿造りの技を極めた、平安時代の雅そのもの。自然美と人工美の調和ともいえる。赤い大鳥居の主柱は海底にしっかり打ち込まれているようだが、じつは自らの重みで立っている。素材は重い楠。水没部分の太さは周囲10mある。さらに、台風で流されたりしないようにてっぺんの横木(島木という)には計7トンの石がびっしり詰まっている。
朝食のとき隣のテーブルの米国人が話しかけてきた。ケンタッキーの菓子工場の経営者夫妻で3週間の日本旅行だという。「京都は失望しました。何ですか、あの屋根が吹っ飛んだような巨大な駅は。それにひきかえ、ここは私たちが描いていた日本のイメージそのものです」。賛成。京都の評価はさておき、宮島は間違いなく日本の誇る世界遺産である。
ところで、宮島のしゃもじ。敵を「メシ取る」ということで、甲子園では広島代表のお守りとして有名だが、明治時代には出征兵士の見送りの際にも使われた。そもそもは、その昔、僧誓真(せいしん)が貧しい島民に平家琵琶の形をしたしゃもじを作って売ることを教えたのだという。
もみぢ饅頭については岩惣の若主人岩村裕之さんが、正座を崩さずに丁寧に説明してくれた。
「明治末期、女将の栄子がお客さま用の菓子として、紅葉谷のもみぢをかたどってカステラの生地にさらし餡を入れて焼かせたのが始まりでございます。以来、宮島名物として普及いたしまして、現在は宮島で18軒、県全体では30軒以上が製造販売しております」
宮島の対岸の大竹に三菱レイヨンの工場がある。昭和9年にレイヨン・ステープルの工場として創設されたが、現在はアクリル事業関連がほとんど。各地の水族館の大型水槽や、携帯電話の表示窓、液晶ディスプレーでおなじみだ。24時間、1600人が三交替で働く。「大竹に出張したときのおみやげはいつも"弥栄"でした。駅前のパン屋で製造販売している餡の入ったパイです」と、林さんはいう。小さな胡桃がちょこんとのっている。
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| 「神の島」と呼ばれる宮島は、瀬戸内の穏やかな海に浮かぶロマン漂う歴史の島。宮島の大鳥居は、夕日を受けて輝きを増す。 |
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| [アクセス]JR広島駅からJR山陽本線下りを利用して、宮島口駅まで約30分。宮島口駅から宮島口桟橋までは徒歩で約2分。宮島口桟橋より宮島行きフェリーに乗船し、航路で宮島桟橋へ。所要時間は約10分。宮島桟橋から厳島神社までは徒歩で約12分。 |
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| 上・霊気みなぎる厳島神社の夜景。闇の中には弥山の杜。 |
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