かぼちゃほど愛嬌のある野菜があるだろうか。端正というには程遠い形状、暖かい色模様、それに「ぼちゃ」っというなんとも庶民的な響き。思わず心がなごむ。岡山沖の直島のビーチには、草間彌生の巨大なオブジェ「南瓜(かぼちゃ)」が、何の違和感もなくある。
「現代アートの島」直島へのアクセスは岡山の宇野からフェリーで宮ノ浦へ。島では町営バスが足である。宿はベネッセハウスがおしゃれだが、かなり先まで予約が入っているのが難。ダメなら趣向を変えてパオに泊まるのはいかが。静かな夜。癒やしの休日だ。この際、おいしいものとか、おみやげといった俗世のことは、岡山に戻ってからにしよう。
直島の南半分のあちこちに、現代アートが鎮座ましましたり生活に紛れ込んでいたりする。コアになるのはもちろん安藤忠雄の才覚が凝縮されたベネッセハウスだ。山の斜面に、ホテルと美術館が一体になって空間を作っている。はるかむこうの丘の上には地中美術館が見える。自然に溶け込むことを追求して、結局地中に埋没させてしまったという。天井から差し込む自然の光の下に、モネの「睡蓮」や現代アートの鬼才たちの作品がある。
本村(ほんむら)地区のあちこちでは、アート化された家が人々の生活の中に溶け込んでいる。「南寺」は中に入ると真っ暗で、なにやらある気配だが良く分からない。15分ほど居たが、「う〜ん、現代アートって難しい」とうなってしまった。かなり哲学的で、奥深い…。
島の北半分に、三菱マテリアルの直島製錬所がある。大正6年に操業を開始した。副所長の京野さんが案内してくれた。
「銅製錬は長いこと日本の産業を支え直島の経済を潤してきました。貴金属製錬もやっています。当社の金の延べ板はすべてここ製なんですよ」
直島の名誉町民第1号は永野健元三菱マテリアル会長(当時)。昭和40年代に直島製錬所長を務め、のち本社の社長・会長として直島の経済発展に貢献した。第2号は三宅親連元町長。もともと本村地区の八幡神社の神主、昭和34年から9期連続36年にわたって町長を務めた。第3号は福武總一郎ベネッセ会長。「ベネッセハウス」「地中美術館」など、直島の芸術文化・観光に貢献した。この3人の名誉町民が直島の歴史を物語っている。
今日直島はさらに未来志向で、施設である直島環境センターが豊島(てしま)の廃棄物を処理し、製錬所も有価金属リサイクル施設を稼働させ、資源循環型社会の「エコアイランド」を目指している。緑化困難とされていた製錬所のかたわらの急斜面には宮脇昭博士の指導で「混植密植」による自然植生の再生をチャレンジ中だ。製錬所の主導でカシ類を中心に植樹したエリアもある。1400人のボランティアが参加した。いずれも数年後には緑が生い茂っているはずだ。直島は、北は環境、南は芸術の島。行ってみよう、見てみよう。
[アクセス]
JR岡山駅からJR宇野駅までJR宇野線を利用して約50分。宇野駅から宇野港まで徒歩約5分。宇野港より、四国汽船フェリーで宮浦港へ。四国汽船小型旅客船を利用すると、宮浦港または本村港へ着く。所要時間はともに20分
島の本村地区にある「中筋丁」のプレート
三菱マテリアル直島製錬所
「人と社会と地球のために」という企業ポリシーに基づき直島エコタウン活動に取り組む
直島の植樹エリア(マテリアルの森)
西川マテリアル前会長も参加して植樹祭が行われた
直島
三菱マテリアル直島製錬所と生野銀山直島観光協会との共同プロジェクトによる本格焼酎。蔵元内で前熟成させ、生野銀坑道内で後熟成。720ml/2,800円
関連三菱史
1917 三菱合資会社、中央製錬所として直島に製錬所設立。
1918 三菱鉱業設立。直島製錬所は同社事業所に。
1990 三菱金属と三菱鉱業セメントが合併し三菱マテリアルに社名変更。


成田×雄太
●プロフィール
成田誠一(なりた・せいいち)(財)三菱経済研究所常務理事。専門は三菱史。これまで本誌に『岩崎彌太郎物語』『岩崎彌之助物語』などを連載。朝比奈雄太(あさひな・ゆうた)。フットワーク抜群のフリーランスカメラマン

製錬所と現代アートの島

成田
雄太
成田
雄太
成田
雄太

美術館ではいつも現代アートのところは足早に通過する。
が、今回は、はまったというわけですね。
そう、当然って感じで島に溶け込んでいる。
金の延べ板はアートになりませんか?
“欲望”って題かい。発想の貧困!
ボクは、いいと思うんだけどなあ…。

文・ 三菱史料館 成 田 誠 一
  これまでの連載をホームページでご覧いただけます。
http://www.mitsubishi.com/j/history/series/『岩崎彌太郎物語』『岩崎彌之助物語』
『岩崎久彌物語』『岩崎小彌太物語』『ゆかりの人シリーズ』