対馬グランドホテルの夜。海にはイカ釣りの漁り火が点々と光る。この漁師たちの祖父や曽祖父が、今から100年前、ロシア艦隊に撃沈された常陸丸に乗っていた兵士150人を救い上げた。しかし1400人は帰らぬ人となった。日本郵船所属で陸軍に徴用された常陸丸は三菱が建造した最初の大型船であり、世界最大の造船会社への道をこじあけた記念碑的な貨客船だった。
紺碧の海、緑深い山々、雄大な自然と悠久の歴史…。全島、緑、緑。烏帽子岳展望台は島の中央にあり、360度のパノラマ展開だ。眼下に浅茅(あそう)湾の島々が散らばり、山々が遠巻きにする。対馬の山は深く険しく、絶滅危惧種のツシマヤマネコが100頭ほど生息するはずだが、島の北西部にある野生生物保護センター以外ではまず見られない。
対馬は昔から大陸文化の通り道だった。島の南端の鬱蒼(うっそう)たる森の中の多久頭魂(たくずたま)神社は、貞観年間というから1000年以上昔の建立である。厳原(いずはら)の万松院。13世紀以来、600年間一度も国替えなしに島を治めた宗氏の菩提寺だ。元和元年(1615)の建立、巨大な杉木立に覆われた参道の石段の両脇には石灯籠が並ぶ。島の北東部の円通寺は中世期の宗氏の菩提寺、かつて統治府としても使われた。梵鐘(ぼんしょう)は朝鮮風である。
厳原で食事なら、「志まもと」のとれたままのウニをたっぷりのせた丼が絶品。目の前で泳いでいるイカを活き造りにしてもらうのもいい。一方、割烹「八丁」はのんべえ好み。「最近、観光客は韓国の人が圧倒的です。日本人にもっとがんばって来てもらわにゃ、わしらやっていけません」大将は嘆きながらアワビを思いきり肉厚に切る。地酒「白嶽」がうまい。
冒頭に述べた常陸丸。まだ1600トンクラスの建造実績しかなかった三菱が、総力をあげて建造した貨客船である。6172トンだった。ロイズ保険会社から長崎に派遣されてきた英国人技師は、新興国日本の技術に対し偏見を持っていたため、異常ともいえる細かさで検査を繰り返してなかなか認証を出さなかった。工期は遅れに遅れ、建造コストも膨大なものになっていった。しかし三菱は耐えて、明治31年(1898)8月、ついに竣工。その性能は英国建造船と比較しても何ら遜色がなかった。
以来、常陸丸は日本郵船の欧州航路に就航していた。明治37年2月に日露戦争が勃発すると直ちに輸送船として陸軍に徴用された。6月、広島の宇品港から響(ひびき)灘に出て濃霧の対馬海峡を粛々と進んでいるときにロシア艦隊の砲撃を受けた。4時間耐えたが撃沈され、須知連隊長は自決、キャンベル船長は常陸丸と運命をともにした。当時、史上最大の海難悲劇となった常陸丸のことは、琵琶歌や映画『ああ、常陸丸』になり永く国民に語り継がれたのだった。
夜のイカ釣り
漁火公園からの眺め。漁火街道を登った高台にある公園からは対馬の東側の海が見下ろせる
烏帽子岳展望台
浅茅湾周縁の山岳では抜きん出た標高を誇る。岬と入り江・島々が織りなす眺めが壮観。まるで360度パノラマ。四季折々の色彩が楽しめる
[アクセス]
対馬空港まで福岡空港から30分、長崎空港から約35分。高速船を利用して厳原−博多間は約2時間10分(1日2往復)。フェリーを利用して、厳原・福岡間の直行が約3時間40分(1日2往復)、比田勝−博多間が約5時間20分(1日1往復)
和多都美神社
竜宮伝説が残る海神神社。5つの鳥居のうち2つは浅茅湾の海中にある
万松院・百雁木(ひゃくがんぎ)の石段
朝鮮貿易を独占し600年にわたって対馬藩を治めた宗家十万石の菩提寺
白嶽
異様な形で古くから信仰の対象だった山。秋の晴天日には遠く韓国の山並みを望むことができるという

関連三菱史
1895 日本郵船 常陸丸を現・三菱重工業に発注
1898 常陸丸竣工し欧州航路に就航
1904 日露戦争勃発、常陸丸徴用、対馬東方沖で撃沈


成田×雄太
●プロフィール
成田誠一(なりた・せいいち)三菱史アナリスト。これまで本誌に『岩崎彌太郎物語』『岩崎彌之助物語』などを連載。朝比奈雄太(あさひな・ゆうた)。 フットワーク抜群のフリーランスカメラマン

日本海海戦を見つめた国境の島

雄太

成田

雄太
成田
雄太
成田

雄太

有名なバルチック艦隊を発見し“敵艦見ゆ”と打電したのも日本郵船所属の船でしたよね。
そう、信濃丸。英国建造で、常陸丸と同型船だった。
日本海海戦はどの辺であったんですか。
対馬の北東だ。常陸丸撃沈の1年後だった。
常陸丸の船長が英国人だったのはどういうことですか。
その当時はまだ日本人の上級船員が足りず船長や機関長は英国人のことが多かった。
ひえ〜。はじめて知りました。

文・成 田 誠 一
  これまでの連載をホームページでご覧いただけます。
http://www.mitsubishi.com/j/history/series/『岩崎彌太郎物語』『岩崎彌之助物語』
『岩崎久彌物語』『岩崎小彌太物語』『ゆかりの人シリーズ』