山がばっくり二つに割れている。道遊(どうゆう)の割戸(われと)。江戸時代から400年続いた金の露天掘りの跡だ。慶長6年(1601)に採掘が開始され、佐渡は天領となり江戸幕府のドル箱になった。やがて採掘は地下にも及んでいったが、それは湧き水との戦いでもあった。
明治維新後は官営になり、明治29年(1896)に三菱が住友や古河を抑えて生野銀山や大阪製錬所と一括で落札した。以来、1989年までほぼ1世紀にわたって三菱の手で金や銀を産出した。坑道の深さは800mに達し、その総延長は400kmになる。
金を産み出した地下坑道の跡は、三菱マテリアルの子会社が「佐渡金山」という見学施設に仕立て、コンピューターロボットが江戸時代の採掘の様子を再現している。冬なお暖かく、夏なお涼しい。大人も子どもも大いに楽しめる。
楽しむといえば、佐渡の南端に近い小木のたらい舟。小回りが利くので、もともとはワカメやサザエ漁に使われたが今は観光用。編み笠にかすり姿の女船頭さんが湾の中を案内してくれる。自分で漕ぎたい人歓迎だからやってみよう。櫂の使い方が特殊でなかなか前に進まない。
佐渡はトキの島である。「トキの森公園」は島のほぼ中央にある。一時は絶滅の危機にあったが、トキ保護センターで110羽にまで回復させている。
佐渡は能楽の島でもある。佐渡奉行大久保長安が能の一座を伴って赴任したので普及した。なにせ、足利時代に世阿弥が島流しされたところだ。すでにそういう文化水準にあったのだろう。最近まで農家の人たちが畑仕事で謡曲を口ずさんでいたという。
「大正時代以前の能舞台は全国で70くらい確認されていますが、そのうち31は佐渡にあります」
と、すごいことをにこにこしながら説明してくれるのは、佐渡能楽館の中山さん。
「佐渡宝生流家元の本間家の能舞台はその代表格で、音響効果を良くするために床下に瓶が埋め込まれています」。
明治18年の建造だという。
佐渡は歴史と伝説の島でもある。真野御陵近くの佐渡歴史伝説館では、佐渡に配流された順徳天皇や日蓮、世阿弥、あるいは伝説の「安寿と厨子王」といったテーマをジオラマにしている。ここの売店で、なんとあのジェンキンスさんがゆったりと働いていた。
「お元気そうですね」
と声をかけると、はにかみながら
「今までで最も幸せな日々です」
愛妻の里に落ち着き、自分が得た給料で、毎日好きなタバコを好きなだけ吸い、もちろん晩酌も欠かさない。さぞや心休まる日々だろう。佐渡は癒やしの島でもあるのだ。 |  |
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佐渡金山
徳川幕府の財政を支えた金山。明治以降、官営を経て三菱に渡った。山がバックリと割れている「道遊の割戸」
写真提供(社)佐渡観光協会 |
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[アクセス]
新潟から佐渡の両津までの所要時間はジェットフォイルで60分。(ほぼ1時間おき。1日8便)。カーフェリーを利用して、新潟〜両津間は2時間20分、直江津〜小木間は2時間40分、寺泊〜赤泊間は1時間5分 |
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宗太夫坑(そうだゆうこう)
「佐渡金山」では宗太夫坑跡に70体のロボットで江戸時代の採掘風景を再現している。
下相川1305
TEL:0259・74・2389 |
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小木のたらい舟
湾内を案内してくれるたらい舟は佐渡名物だ
左右2点ともに写真提供(社)佐渡観光協会 |
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トキの森公園の案内板
トキは公園内の「佐渡トキ保護センター」で大切に保護されているが、ナーバスなので観察通路は時々一部閉鎖される
新穂長畝383
TEL:0259・22・4123 |
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本間家能舞台
古くから能楽の盛んな土地。現在の舞台は明治18年に再建されたもの。新潟県の有形指定文化財指定
写真提供(社)佐渡観光協会 |
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