| これまでの「三菱史ノート・千年くすのき」では、三菱の経営史に残る出来事や岩崎四代の経営哲学を、正面から捉えて論じてきた。今回からは、それを補完するような話を「番外編」として、時系列や整合性にあまりとらわれずに紹介したいと思う。 |
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吉川英治や山岡荘八の小説は時代小説といった。司馬遼太郎の小説は歴史小説という。ひょっとして、江戸時代までを時代小説といい、明治以降を歴史小説というのだろうか。いやいや、時代小説は作り話で、歴史小説は真実だとでもいうのだろうか。司馬の書いた小説は、『坂の上の雲』にせよ『竜馬がゆく』にせよ、史実と思っている人が多い。
しかし、小説は小説であって、歴史的事実の記述ではない。だから主役がいて脇役がいる。英雄がいて悪役がいる。主役や英雄を引き立てるために、脇役や悪役は歴史的事実とは関係なく誇張して描かれる。それが小説というものだ。
坂本龍馬は司馬のお陰で今や国民的英雄である。わが三菱の創業者岩崎彌太郎は、『竜馬がゆく』の中で、かわいそうに徹底して龍馬の引き立て役を演じさせられている。「弥次郎 弥太郎という評判の悪い親子がいた」で始まり「毒虫のように怖れられていた」と続く。さらに「腹がへればねずみでも引き裂いて食いつきそうな面構え」と描写されている。一体全体、司馬遼太郎という作家は岩崎彌太郎にどんな顔を想定したのだろうか。
岩崎彌太郎と坂本龍馬の接点は、彌太郎が開成館長崎出張所(長崎の人は土佐商会と言った)に赴任した慶応3年(1867)の3月から、龍馬が京に向かった |
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