三菱のDNA

第38回 三菱グループの社交の場

湘南カントリークラブ

 佐久間玲が三菱商事のゴルフ部に在籍していた頃、初めて「湘南カントリークラブ」でプレーしたのは1989年のことだった。
「丘陵コースゆえにアップダウンが随所にあり、砲台グリーンを備え、それまで経験したことのないコースだったと記憶している」
 時はさかのぼり57年の初夏。三菱の独身寮「思齊寮」出身者から、三菱のゴルフ場をつくろうとの機運が高まる。その趣旨は、三菱の社員のために安くて気軽にプレーができ、親睦・友好の実をあげることのできる質の高い、立派なメンバーシップのクラブをつくる、というものだった。同年7月に、湘南カントリークラブ発起人会が結成された。この会が中心となって、用地取得に乗り出す。
「赤羽根・堤・甘沼の3地区を中心にした予定用地は約66万㎡。その中には、一般の私有地のほかに予想外の創設農地や国有地、公道などが錯綜し、用地取得には随分ご苦労された。その一方で、当時、日本屈指のゴルフコース設計家として名を馳(は)せていた井上誠一氏にコース設計を依頼。快諾を得ていた」
 発起人会をはじめ関係者の努力により、9ホールでの仮オープンを経て、61年に18ホールの正式オープンに至る。

三菱電機USのスポーツ大使を務めるトム・ワトソン氏。
7番ホールにて撮影

トム・ワトソンの来場

 84年11月、ゴルフ世界選手権と日米対抗戦に出場するため来日したトム・ワトソンが、旭硝子(現・AGC)の紹介で、当クラブでプレー。この時、フェアウエーに小さな松のある7番ホールのレイアウトを褒めたという。
「レギュラーティから200ヤード付近のフェアウエーのど真ん中に松の木がある。ワトソン氏は、ちょうどティーショットの目標になると思ったのでしょう。これが、後に“ワトソンの松”と呼ばれ、当クラブの伝説となる。それから、33年後の2017年。今度は米国のシニア大会などでスポンサーを務める三菱電機の要請で、ワトソン氏が来日され、再び当クラブでプレー。終了後の懇親会で、私が褒めたために松の木は伐採されず、プレーの邪魔になっていませんかと、ニガ笑いされていた」
 佐久間は、17年4月から当クラブの総支配人を務めている。
「当クラブは三菱グループの社交の場であるとともに、OBやご家族、さらには取引先のお客さまが楽しんでいただける場でもある。週末のみならず平日でも足しげく来ていただいている。セルフプレーを導入するゴルフ場が増える中、当クラブは全組にキャディを付けている。それは、プレーをする方のおもてなしをすることはもちろん、目土(めつち)をするなどコースが荒れないためでもある。キャディの教育、コース管理には常に気を配っている」
 今まで同クラブでプレーした人の数は延べ225万人に達する。(敬称略)

協力/三菱史料館