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ガンは克服される
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がんは克服される!?
ゲノムが拓く医療の未来

がん、希少疾患、認知症などの検査や治療に遺伝子の情報=ゲノムを活用する「ゲノム医療」の取り組みが、世界レベルで進んでいる。
日本人の死因第1位として君臨し、2人に1人がかかるといわれる「がん」。この厄介な病をゲノム医療で治すことができるのかどうかは、多くの人が関心を持つところだろう。

1970年の三菱未来館では、50年後までに「がんは克服される」と予測していた。ゲノム医療が今後進化し、実際にがんは近い未来、克服されることになるのか。

三菱グループのシンクタンク・三菱総研を訪れ、その展望を伺った。

今回のテーマは 私がお答えします!

三菱総合研究所
ヘルスケア・ウェルネス事業本部
ヘルスケア・ウェルネス産業グループ
主任研究員
谷口丈晃

1999年入社。大学時代からバイオインフォマティクス(生命情報科学)を研究し、入社後はゲノムのデータ解析に携わる。現在は健康・医療分野でゲノムに関するリサーチやコンサルタントを手がけている。趣味は海釣りで、湘南や伊豆の海によく出かけるという。

ゲノムとは、簡単にいえばDNA(デオキシリボ核酸)に含まれる遺伝子情報を表し、生物が体を作る際の設計図となるものだ。
このゲノムの情報を調べた結果をもとに、病気の検査・診断や治療を行おうという考え方が、ゲノム医療である。

人それぞれの設計図「遺伝子情報」から最適な検査法、治療法を見つけ出す
「ゲノム医療」

「ゲノムについてわかってきたのはここ最近の話です。ヒトのゲノムの全塩基配列が完全に解析されたのは2003年のことで、それをきっかけに研究開発が加速しました。
この10年ほどは、“がん” をはじめとするさまざまな病気の医療にゲノム情報を使うことが現実的になり、国も力を入れ始めました。2015年に設立された国立研究開発法人日本医療研究開発機構でも、事業の柱の一つにゲノム医療の推進を置いています。また、2018年にはゲノムを使った検査データ・臨床データを集めるがんゲノム情報管理センター(C-CAT)が発足し、がんのゲノム医療を推進するためのインフラ整備が進んでいます。

世界的に見れば、最近では遺伝子を人為的に改変するゲノム編集と呼ばれる新しい技術『CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)』が話題になりました。まだ実際の医療で使える段階には至っていませんが、臨床試験に入っているプロジェクトもあります。三菱総研としてもこうした状況を受け、今後のゲノム医療に可能性を感じて、リサーチ、コンサルタントなどの事業に取り組んでいます」と谷口氏は語る。
ひと口にゲノム医療といっても、さまざまな技術・方法が考えられる。ここでは、5年生存率が徐々に改善されつつも日本人の死因第1位であり続ける、がんについて見ていこう。

そもそもがんとは、遺伝子の設計図にエラーが生じ、ゲノムが壊れていくことで、細胞の増殖をコントロールできなくなる病気である。
私たちは、例えば「肺がん」「乳がん」「大腸がん」といったように、さまざまな部位にがんができることをその名称から知っている。ところが現実の医療シーンでは、ある名称のがんの全患者に同じ薬を投与すれば等しく効果を期待できるというものではない。この薬はある患者には効果的でも、別の患者では副作用が起きるといったことが当たり前のように起きる世界だ。つまり、名称は同じでも、実際のがんの形は人それぞれなのである。
そこで、人それぞれのゲノムすなわち遺伝子の設計図を調べることで、その患者に最適な検査法や治療法を多様なバリエーションの中から見つけ出し、医療として適用しようという考え方が生まれた。それがゲノム医療である。

現段階のがんにおいては、血液などの体液をもとに診断を行うリキッドバイオプシー技術を使った超早期発見、悪さをする特定の細胞を攻撃して働きを鈍らせる標的治療(分子標的薬などを利用)、さらには免疫療法といったさまざまな検査・治療技術を採用する前提として、ゲノムが解析されている。このゲノム解析では、近年進化を速めているAI(人工知能)の活用も進んでいる。

「ゲノム医療というと、ゲノムを編集、つまり遺伝子を改変することで病気を治す治療法そのものだと捉えられることがあります。もちろん将来の技術としてゲノム編集による治療法も研究されていますし、先ほど述べた『CRISPR-Cas9』もその候補の一つではあるのですが、まだ実現はされていないのが実情です」

多細胞生物である「人間」とは宿命の関係。
その “がん” は、いつ克服できる?

技術の進歩によって、ゲノムの状況を詳細に調べ、個人個人に合った適切な医療を施すことがある程度可能になった。これが、がんのゲノム医療をめぐる現在位置であるようだ。より効果的な検査法・治療法の開発に向けた研究は積極的に進められ、順調に加速しているように見える。この現状を見たとき、近い将来、ゲノム医療によってがんを撲滅することは可能になるのだろうか。谷口氏はこう指摘する。
「もちろん、がんの研究者は撲滅を目指して研究しています。しかしながら、やはり人間の体には人それぞれの多様な環境があり、そこに生じるがんもゲノムレベルまで調べれば人それぞれ異なる可能性があるため、今後10年、20年で100%撲滅するところまでいくのはそれなりに難しいといわざるを得ないでしょう」

人間がもともと持っている体を維持するための機能が壊れ、暴走してしまうことで発生するのが “がん” だ。生物学的に見れば、人間は複雑な体の構造を持つ多細胞生物。こういった複雑な生物にとって、細胞の暴走は多細胞生物を多細胞生物たらしめる要素のひとつでもあり、がんは人間の存在と切っても切り離せない、いわば宿命の関係でもある。

「人間のメカニズム自体が、がんを完全に抑制できるようにはなっていません。ただ、人間は医療という技術を持つように進化し、がんと戦いながら生きています。がんを100%コントロールするにはまだまだ時間がかかると思いますが、ゲノムを調べて検査する技術や薬剤の技術も進歩しています。『こうしたゲノムの壊れ方をしているケースで、このような薬を使えば、こういう結果になる』といったデータが膨大に蓄積され始めています。
2019年からはゲノムに基づく検査方法が保険適用になり、従来はあくまで先進医療として高額を要していたものが、国のバックアップもあって利用しやすくなりました。以前であれば『がんになった』と聞いた時点で、絶望してしまう人が多くいらっしゃいましたが、いまは少し前進したところだといえます」と谷口氏。

根本治療に関してはまだ限界があるものの、検査・治療・予防技術は進化し、保険など環境も整備されてきた。加えて、がんになっても天寿を全うするまで長生きできるようにする緩和治療がいま伸びているという。根本治療のみを追求するのではなく、こうした要素も組み合わせて考えるならば、がんは「克服できる」かどうかはともかく「付き合いながら生きていける病気」にはなるだろうと谷口氏は語る。

サイエンスやテクノロジーの進化だけでは完成しない。
ゲノム医療の未来は、どうなるのか?

ゲノム解析によるデータ蓄積が今後進むと、検査法や治療法の選択にゲノム解析を活用する現状の段階を超え、現在とはまったく異なる治療法が登場してくる可能性もある。すなわち、ゲノム自体を編集する「ゲノム治療」だ。10年後、20年後、がん治療はどう変わっていくのだろう。

「バイオテクノロジーや医療技術だけが進化すれば素晴らしい未来がやってくる、というわけではありません。現実には開発コストや医療へ適用する際のコストなど経済的問題が大きく影響しますし、ITのさらなる進化も必須要件でしょう。加えて、ゲノムは生命の根幹を左右する設計図であるため、人間が遺伝子を操作することは生命そのものをつくるという考え方にもつながりかねません。すると社会的・倫理的、あるいは宗教的な理由から反発を感じる人も出てくるはずです。
今後は医師や研究者だけでなく、メディア、公的機関、産業界、学界、そして一般の人たちも含めたさまざまな立場から、正解のないものに落としどころを導き出す、あるいは共通の新しい価値観を見出していく努力が求められるようになるでしょう。

いずれにせよ、医療というものはサイエンスやテクノロジーだけで突き抜けるのではなく、さまざまな要素が組み合わさって進化していくもの。そう考えて社会の中でコンセンサスを探っていくことができれば、ゲノム医療にも明るい未来が待っていると思います」と谷口氏。
最後に、がんを含む医療の進化という観点で、私たちは “ゲノム” の一体どこに注目していけばいいのだろうか。
「ゲノム医療自体は個々の患者の違いに対応する、つまり個別化に進む方向性を持つものですが、一方では汎用的な治療に活用する研究も行われています。個別化を突き詰めていけば、ある個人に固有のがん。それを叩くために特化した薬を都度開発できるのかという問題が当然生まれてきます。そのとき逆の方向性として、例えば細工を施した免疫細胞を投与し、そこに光を当ててがんを退治する光免疫治療のように、汎用性のある治療法がブレイクスルーを生む可能性もあります。
医療技術の方向性は決して一つではなく、多角的なものであると、最近のゲノム医療を見ていて気づきました」

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