1970 >>> 2000
仕事は完全自動化
ボタンひとつでOK
2020 >>> 20XX

量子コンピューターが未来を変える
仕事はボタンひとつで!?

名前はしばしば耳にするものの実態はつかめず、話を聞いても理解を超える謎の存在、「量子コンピューター」。仕組みを知るのは難しいながら、ともかく「未来を変える、スゴイもの」と評判で、すでに商用開発もスタートしている。

はたして、量子コンピューターとは何がスゴイのか。実用化でどのような社会課題が解決され、私たちの未来はどう変わっていくのか。
1970年の三菱未来館で披露された「ボタンひとつで仕事が完全自動化される」という予測は量子コンピューターによって実現するのだろうか。

今回も三菱グループのシンクタンク・三菱総研にお邪魔して、現状と展望を伺った。

今回のテーマは 私たちがお答えします!

三菱総合研究所
科学・安全事業本部 産業イノベーション戦略グループ
主任研究員
山野宏太郎

2004年入社。入社後は科学技術の研究開発や教育等に関する政策の評価・分析に携わってきた。大学では物理学を専攻していたことから、2019年3月にスタートした量子コンピューターの先端技術メガトレンド分析プロジェクトに参加。趣味は将棋で、ネットでの対戦を楽しんでいるという。

三菱総合研究所
デジタル・イノベーション本部 サイバーセキュリティ戦略グループ 兼 未来構想センター
主席研究員
澤部直太

1989年入社。大学時代から計算機科学が専門で、入社後も一貫してコンピューターをはじめとするICTの調査に関わってきたが、プロジェクトのリーダーとなったのをきっかけに、量子コンピューターの世界へ本格的に足を踏み入れた。このところ趣味である料理スキルがますますレベルアップしているという。

「量子コンピューターとはなんぞや」を問う前に、やはり名前に付いている「量子」が気になる。復習すると、量子とは物質やエネルギーの最小単位。例えば原子を構成する電子、陽子、中性子といった学校の理科で習うものに加えて、光の粒子である光子、小柴昌俊さんがノーベル物理学賞を受賞するきっかけとなったニュートリノに代表される素粒子などが量子である。問題はその先、量子力学。量子コンピューターは、量子力学の原理をもとに計算を行う。従来のコンピューターとはそもそもの考え方が全く異なるというのだが……さて、その実態は?

「0か1」ではなく、「0でも1でもあるもの」。
それで計算するのが、量子コンピューターである。

「量子力学を一言で説明するのは難しいのですが、ごく簡単にいうなら、我々のいる世界にはさまざまな状態が同時に存在しており、私たちがそれを「観測」すると、その中のどれか1つの状態が確率的に取り出されて確定する、という考え⽅です。逆にいうと、私たちが「観測」するまでは複数の状態の「重ね合わせ」で存在しているということ。とはいえイメージするのは難しいでしょうね」

のっけから山野氏の話で混乱したかもしれない。量子力学の理論を手短に理解するのは無理だとしても、量子コンピューターはその量子力学をベースとしている以上、理論がどう関わってくるのかは知っておきたいところだ。山野氏は続ける。

「私たちが日常的に使っているコンピューターは、量子力学以前の古典力学に基づいていることから“古典コンピューター”と呼ばれます。古典コンピューターが計算を行う際の単位を『ビット』といいますが、このビットは0か1の“どちらか”の状態しか取ることができません。例えば2ビット(2桁)なら、1回の計算で“00、01、10、11”の4つの数字のうちいずれか1つしか表せないということです。

対して量子コンピューターは、『量子ビット』という単位で計算を行います。量子ビットでは複数の状態の「重ね合わせ」を作ることができますから、ある意味で2量子ビットは“00、01、10、11”の4つの数字を同時に扱えます。

量子コンピューターはこの原理を利用し、大量のインプットに対して1回の計算で大量のアウトプットを同時に出して、その中に求める答えがあるという考え方をします。古典コンピューターなら膨大な計算ステップが必要であった処理を、1回の計算で済ませられると考えればわかりやすいかもしれません」
そうなると、量子コンピューターがあればこれまでのコンピューターは不要になるということだろうか? 山野氏の答えはこうだ。

「現在開発が進められている量子コンピューターが、将来、理想的な形で実現できたとしても、古典コンピューターが駆逐されてしまうことはありません。なぜなら、用途が違うからです。

量子コンピューターは、確かに複雑で膨大な計算を短時間で処理できます。ところが、ここが少々厄介なのですが、実は量子コンピューターは必ずしも計算自体を高速に行えるわけではなく、古典コンピューターなら必要になる膨大な計算ステップを劇的に減らせるという点がポイントなのです。

ですから、スピーディーに処理できると想定される用途は限られています。例えば文章の作成に量子コンピューターを使っても、おそらく有効ではありません。同様に単純な計算に使うのはもったいないですし、これも古典コンピューターのほうが速く処理できます。量子コンピューターが実現された暁には、役割の棲み分けが見られることでしょう」

スーパーコンピューターなら〇万年、
量子コンピューターなら一瞬!

比較的単純な計算処理については、量子コンピューターより現在の古典コンピューターのほうが有用だという。では、量子コンピューターは一体何がスゴイのか。実用化によりどのような未来が実現するのか。澤部氏は語る。

「セールスマンが巡回する際にどのルートを通れば最短距離で回れるかという“巡回セールスマン問題”のような組み合わせ最適化問題を、圧倒的に速く解くことができます。この強みを活かせば、物流、配送などの経路最適化に応用できるでしょう。

実際、北京の渋滞緩和に向けた交通最適化の研究で使われていますし、日本郵便でも最適な配送ルートの算出に活用しています。

材料開発や創薬にも大きな可能性があります。多様な分子の物性を量子コンピューターでシミュレーションすれば、現在のコンピューターで1年かかる計算を一瞬で処理でき、例えばパンデミックのような事態でもワクチンや治療薬を短期間で開発できるようになるでしょう。シミュレーションという点では、自動車や航空機を開発する際の空気抵抗、あるいは地球環境のシミュレーションにも可能性があるといわれます。

そのほか、AIの劇的な発展を後押しするという話もあります。ディープラーニング(深層学習)に導入すれば、ニューラルネットワークの学習時間(正しい判断できるようになるまでの時間)を短縮しつつ、より正確な判断を可能にすることが期待できます。AIが高度化するだけで、人間のさまざまな仕事がAIに置き換わり、自動運転、ロボットなどの分野でも変化が生まれるはずです」

続けて、山野氏が言う。
「古典コンピューターよりはるかに少ないエネルギーで“正解”を得られるのも、量子コンピューターのスゴイところです。
古典コンピューターの高性能版であるスーパーコンピューターなら複雑な問題も解けると思うでしょうが、スーパーコンピューターは莫大な電力を消費します。

1台でも原発1基分の電力が必要にもなりかねません。そもそも命題を解くのに何万年もかかるかもしれず、現実的とはいえませんね。その点、量子コンピューターなら、計算そのものには電力をほとんど消費せず、しかも圧倒的に短時間で計算できる。資源の節約という面でも、量子コンピューターは“スゴイ”わけです」

アルゴリズムがまだ足りない。量子ビットも大量にいる。
冷却装置も必要……。課題山積なれど、
量子コンピューターの開発は着実に進化を続けている。

量子コンピューターの開発状況はどこまできているのだろうか。山野氏が解説してくれた。

「量子力学が誕生したのは約100年前で、量子コンピューターの概念が考えられ、理論的研究が始まってからでもすでに30〜40年の歴史があります。ただ、理論はあってもそれを実現する方法がなかったのですが、20世紀末になって素因数分解を古典コンピューターよりも高速に解ける『ショアのアルゴリズム』が発見され、現東京大学教授の中村泰信さんが世界で初めて量子ビットの固体素子開発に成功するという流れもあって、現実の用途に適用できる可能性が見えてきました。さらに2010年代に入り、GoogleやIBMといった巨大企業やベンチャーなど、日本も含め世界中の企業が本格参入することで、研究開発が飛躍的に進み始めたのが現在の段階です。2011年にはカナダのD-Waveが世界初の商用量子コンピューターを商品化したことが話題になりました」

澤部氏が続ける。

「課題はいろいろとあります。D-Waveの商用量子コンピューターは、東京工業大学教授の西森秀稔さんが1998年に提案した『量子アニーリング方式』に基づくもので、量子ビットが変化する状態を読み取り、計算を行わずに結果を導き出す方式です。ただ、量子コンピューターの最終形としてイメージされているのは量子ビットを使って演算を組み立てる『量子ゲート方式』。こちらはまだまだ研究段階で、実用化のメドは立っていません。

そして、複雑な計算に必要とされる多数の量子ビットも課題のひとつです。現在開発されているのは数十から100程度で、最終的に必要になるといわれている数千万から1億という数には遠くおよびません。そもそも数千万から1億ほどの数を超電導量子ビットで単純に並べたとして、現状では体育館程度のサイズになってしまうともいわれていますし、冷却も困難です」

加えて、量子コンピューターの計算結果から正しい答えを導き出すアルゴリズムの開発も重要な課題だと山野氏は指摘する。

「新たなアルゴリズムの発見は、量子コンピューター発展の大きな課題の一つです。実は、古典コンピューターに比べて量子コンピューターが高速に(少ない計算ステップで)計算できることがはっきりしているアルゴリズムは数10程度しか見つかっていないのです。現状でも価値のあるアルゴリズムは見つかっていますが、新たな発見が量子コンピューターの価値をさらに高めてくれるかもしれません。」

このような課題が山積しているため、「10年以内に量子コンピューターの完成品と呼べるものが開発されることはまずないでしょう。量子コンピューターが実用化されると現在使われている暗号の多くが短時間のうちに解かれてしまうといわれますが、そのレベルのものが登場するのは30年、40年先ですかね」と澤部氏は言う。

とはいえ、量子コンピューター自体は着実に進化の歩みを始めているように見える。その先には、1970年に三菱未来館で予測された「ボタンひとつで仕事が完全自動化される」未来も待っているのかもしれない。量子コンピューターが活躍する将来、人間の働き方、暮らし方はどうなるのか。

これから20年先の未来は、
いまとは全く違った形が社会を彩るのかもしれない。

「話の腰を折るようですが、一般の人たちが量子コンピューターの恩恵を直接意識することにはならないと思います。例えば量子コンピューターはAIを劇的に高度化させるでしょうが、そのとき人々は量子コンピューターではなく“AIが身近になった”と感じるでしょう。ですからポイントは、高度な計算がこれまでより簡単になる分、多くの人が研究開発に携われるようになり、その結果として多彩な技術や製品、サービスが生まれていく、ということだと思います」と山野氏。

一方の澤部氏は、次のような未来図を見ている。
「量子コンピューターが人々の仕事や暮らしに自然に溶け込み、その力を知らず知らずのうちに発揮しているイメージですね。仕事や生活も大きく変わるでしょうが、やることがなくなって退化する……ことだけはないと思っています。なんといっても人間は新しいツールが出てくるとそれを使ってさらに進化していく存在なのですから」

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