未来を拓く一歩を支援
助成プロジェクト 成果レポート

【vol.22】生徒の探究的な学びを実現する「教師の学び」とは?国立大学法人 東京学芸大学 高校探究プロジェクト

高等学校の学習指導要領改訂により、2022年度から「総合的な探究の時間」がカリキュラムに加えられ、各教科・科目等においても探究的な活動を取り入れることが求められました。これに先立って、国立大学法人 東京学芸大学では高等学校での「探究的な学び」の授業づくりや実践をサポートするべく、「高校探究プロジェクト」を立ち上げました。三菱みらい育成財団は2021年度から同プロジェクトを助成しています。この取り組みは高校教師の意識を変え、教育現場を少しずつ変え始めています。

子どもの頃に蒔いた探究の種を、大人まで

小・中学校、高校などでは2000年より「総合的な学習の時間」の授業が実施されてきました。これを前身とし、2022年度から高校で始まったのが「総合的な探究の時間」です。この科目が導入された背景について「高校探究プロジェクト」プロジェクトチームのメンバーで、文部科学省の主任視学官を勤めていた長尾篤志氏はこう解説します。

「文部科学省は、子どもたちが思考力・判断力・表現力を身につけるためには『主体的・対話的で深い学び』、つまり『探究的な学び』が必要だとして教育改革を行ってきました。この取り組みは小・中学校ではおおむね成功していますが、中学生から高校生へと成長するに従って探究への意欲が弱まる傾向が見られました。高校は学習内容が多いうえに、進路選択を迫られる時期。そのため、教師は知識や技能を『教え込む』ような授業をしがちで、結果として小・中学校で育まれた探究の芽が、高校で伸びなくなってしまうのです。しかし今、大学や社会が求めているのは、自ら問題を発見し、考え、解決に取り組む人材です。」(長尾氏)

東京学芸大学 先端教育人材育成推進機構 機構長特別補佐 特命教授 長尾篤志氏
東京学芸大学 先端教育人材育成推進機構 機構長特別補佐
特命教授 長尾篤志氏

高校で「探究」を教える難しさ

「高校探究プロジェクト」プロジェクトチームのメンバーの多くは、高校の教員経験があります。メンバーは自分たちが教壇に立っていた頃の反省も踏まえつつ、高校で探究的な学びが実践できていない理由を分析し、主に3つの課題を発見しました。その1つは、小・中学校教員と高校教員の「バックグラウンドの違い」です。小・中学校の教員は大学の教育学部などの出身者が多く、学生時代に授業づくりや指導法を専門として学び、附属学校での密度の濃い教育実習も経験しています。一方、高校には、理工学部や文学部、経済学部、法学部などの学生が教職課程を取って教員になった方のほうが多いです。その違いについて、プロジェクトリーダーの西村圭一氏はこう話します。

「高校の授業では、生徒が何か疑問をもったり誤った考えをしたりしたときに、先生が説明や答えをさっと与えがちで、学びの過程に着目できないケースがよくあります。『探究的な学びの実装化』といった話をしたときも、高校の先生にはどのような授業をすればよいかのイメージがつかないと困惑する先生が小・中学校に比べて圧倒的に多いです。高校の先生には、授業づくりについて、のびしろがあるということです。」(西村氏)

東京学芸大学大学院 教育学研究科 数学教育サブプログラム 先端教育人材育成推進機構 高校探究プロジェクト 教授・学長補佐 西村圭一氏
東京学芸大学大学院 教育学研究科 数学教育サブプログラム
先端教育人材育成推進機構 高校探究プロジェクト
教授・学長補佐 西村圭一氏

「高校に入ってから、探究する機会が少なく答えのある問いしか与えられない」という声

2つ目の課題は、2021年度まで実施されていた「総合的な学習の時間」がルーティーン化し、それが「総合的な探究の時間」に引き継がれていることです。これまでの「総合的な学習の時間」では、修学旅行の事前学習をしたり、キャリア教育と紐付けて職場体験や大学のオープンキャンパスに参加してレポートをさせたり、といった学校が多く、それでは探究の意識が育ちません。

「『高校探究プロジェクト』のワークショップに参加した高校生が『高校に入ってから、探究する機会が答えのある問いしか与えられない』といった趣旨の発言をし、それを聞いた多くの先生方が思わずうーんと唸ってしまったことがありました。やはり、高校生のなかにも探究したいと思っている子がいるんです。それなら、教員は授業をもっと工夫し、子どもたちの期待に応えなければなりません。それはきっと教員のやりがいにもつながるはずです」(西村氏)

探究的な学びのある授業づくりを学んでも、学校で実践できない

3つ目の課題は、現場の雰囲気。探究的な学びに対して積極的な教員が一部にいても、学校全体が同じ方向に動かないと、生徒の探究心を育てるのは難しくなります。プロジェクトメンバーの日髙智彦氏と藤村祐子氏も、これを大きな課題と感じています。

「『高校探究プロジェクト』に参加する先生方のなかには、せっかく授業づくりなどを学んでも、うちの学校では実践できないという先生がたくさんいます。現場の先生方が探究の価値を知り、積極的に教えたいという空気が醸成できない限り、探究を実装化するのは難しいのです」(日髙氏)

東京学芸大学 教育学部 人文社会科学系 人文科学講座 社会科教育学分野 准教授 日髙智彦氏
東京学芸大学 教育学部 人文社会科学系
人文科学講座 社会科教育学分野
准教授 日髙智彦氏

「ほとんどの教員は、自分が高校生だったときに受けた授業に感銘を受け、それを実践したいと教職を選びます。しかし、自分が受けた教育をそのまま実践するだけでは、今の時代に必要とされる資質・能力を育てることはできません。教育方針や価値観を時代に合わせてアップデートする必要がありますが、教育現場はダイバーシティに乏しく、外部の企業などと交流する機会が少なく、社会の実情を把握していない教員が多いと感じるときがあります」(藤村氏)

東京学芸大学 先端教育人材育成推進機構 准教授 藤村祐子氏
東京学芸大学 先端教育人材育成推進機構
准教授 藤村祐子氏

普段の授業に探究的な要素を加える

「高校探究プロジェクト」は、このような課題を解決し、高校生が探究的に学べるようにするためにいくつかの取り組みを進めています。そのうちの4つを紹介してもらいました。1つ目は高校での「授業研究」。授業研究とは、「授業目標に照らしながら、授業展開を、児童生徒がどう考えるか等も予想しながら考えた学習指導案を数名の教員とともに作成し、授業を実施。その様子を多くの教員がつぶさに観察した後、授業中の児童生徒の様子などをもとに振り返り、それぞれの授業づくりの向上につなげる」というものです。

「日本の小学校の授業は世界の教育界から高く評価されているのですが、その理由が授業研究にあるということも広く知られています。それだけ有効な手段なのですから、高校の先生にもぜひ、授業研究をしてほしいと考え、『高校探究プロジェクト』では『授業研究ワークショップ』を行なうことにしました」(西村氏)

教育者を養成するために設立された東京学芸大学にとって、授業研究は得意分野。プロジェクト委員らは、毎年、数多くの、小・中学校等の授業研究会の助言やスーパーバイズをしています。また、同大附属学校でなされる教育実習はまさに授業研究そのものです。プロジェクト参加校の高校教員たちは、大学教員や附属学校教員のアドバイスを受けながら、学習指導案を検討したり、授業の振り返りをしたりすることで、普段の授業に探究的な要素を取り入れることができるのです。

湘南白百合学園での授業研究の様子をレポート

授業研究ワークショップの様子を、神奈川県にある湘南白百合学園で見学させていただきました。同学園は5年前から東京学芸大学とともに授業改善に取り組み、2021年から「高校探究プロジェクト」に参加しています。ワークショップは中学1年生の数学の授業で開催され、同学園の数学教師に加えて、関連小学校や他校から数名の教師が参加しました(注・湘南白百合学園は中高一貫校で、教師陣は中学と高校の教師を兼任しているため、授業研究ワークショップを中学校で開催することがあります)。

この日のテーマは「一次方程式の利用」。岩瀬有子氏ほか2名の先生が一緒に練り上げた「学習指導案」をもとに、45分間の授業が行われました。授業の最初に岩瀬氏が生徒に問題を出し、「解き方を考えてみましょう」と投げかけます。

3〜4人のグループに分かれた生徒たちはまず、自分で解き方を考えてからグループ内で話し合い、考えたことを紙に書いて、黒板に貼って発表します。授業を観察している教員は教室内を歩き回って生徒たちの手元をのぞきこんだり、写真を撮ったりしながら熱心に生徒がどう考えているかを記録していました。

授業後は、「高校探究プロジェクト」メンバーと岩瀬氏らに加え、ワークショップ参加者による協議会が開かれました。岩瀬氏は授業の意図をあらためて発表した後、反省点や授業をして感じた問題点などを発表。それに対して、他の教員から質問やアドバイスが飛び交い、協議会は1時間半以上に及びました。

「湘南白百合学園は中高一貫教育を行なっております。かつての私たちはスケジュールに従って指導するのが最優先で、生徒が学問に興味をもっても、『教科書のここに書いてあるじゃない』と言っていたくらい。生徒の探究心を育てるという視点がありませんでした。でも、5年ほど前から東京学芸大学の先生方と一緒に授業研究をするようになり、私たちの意識は大きく変わりました。授業をあれこれ工夫して生徒の関心を引き出せると、『よくそこに気づいてくれました!』と感動を覚えます。私たちが授業研究を始めたばかりの頃、中1だった生徒は高校2年生になりました。その子たちの探究への意識は、それ以前の生徒とは大きく違うように思います」(岩瀬氏)

授業研究ワークショップの際は、「高校探究プロジェクト」メンバーがビデオカメラなどの撮影機材を持ち込み、授業を録画していました。協議会ではその動画を見ながら、授業の様子を振り返ります。また、動画機材を日本各地の高校に送付し、授業の様子を収録してもらうことも。動画は限定共有し、オンラインで授業研究をする際にも利用されます。三菱みらい育成財団の助成金は、動画撮影用機材の購入、各学校に機材を貸し出す際の送料、プロジェクトメンバーの移動交通費などに活用されています。

「教員は、平日の日中は自分の授業をしているので、他の教員の授業を見る機会は決して多くありません。ですから、動画で記録された他の授業を見ることは、貴重な勉強の機会になるのです。その場にいても聞き逃してしまうような生徒の何気ない発言を、マイクが拾っていることがあります。その場合、『授業が活気づいたのは、この発言がきっかけだったのか』などと、直接の参観以上の発見をすることもあります。」(日髙氏)

「総合」の時間をより探究的に

2つ目の取り組みは、「総合的な探究の時間 共創イベント」です。このイベントは、高校生が「総合的な探究の時間」に学んだことを発表するというもの。26校、約50名の高校生のほか、大学生や大学院生、高校や大学の教員、その他一般の人々が参加し、第1回目は2022年12月に東京学芸大学で開催されました。

「こうしたイベントは学年末に行い、学習の集大成を発表させるものが多いのですが、私たちの共創イベントではあえて途中段階で発表してもらうことで、他校の学生や先生と対話しやすくしました。多くの人と意見交換することで、今までになかった考えや価値観に触れることで、研究内容が深まりますし、他校の生徒の発表を見て刺激を受けている生徒もいました」(藤村氏)

第1回のイベントが好評だったため、第2回は23年7月にオンライン開催。参加者はアバターを作ってバーチャル空間に集まり、探究したことをポスターにして発表しました。このイベントには海外からの参加者もあり、盛り上がったようです。第3回は2023年12月17日に、東京学芸大学にてリアル開催されました。

指導主事が探究的な視点でつくる研修

3つ目の取り組みが、指導主事向けのオンライン対話。指導主事とは、全国の教育委員会や教育センターに所属し、校長や教員に学習指導や生徒指導などについて助言する職務です。教員対象の研修づくりも、指導主事の業務の一つです。

「指導主事は多くの任務をもつ大変忙しい仕事で、教員向けの研修づくりも前例踏襲になりがちなのが現状です。そこで、私たちが指導主事を対象に『探究の実装化に向けた高校教員向けの研修プログラムを一緒に作りませんか』と呼びかけ、オンライン対話を企画したところ、22道府県から50名を超える参加者がありました」(西村氏)

同イベントの第2弾は2023年1月に開催。第1弾に参加した広島県教育センターに所属する指導主事が、自ら考案した「共創型研修の構想」を提案し、活発な議論が交わされました。

企業と連携して修学旅行を変える

4つ目の取り組みが、旅行会社とコラボレーションした「教育旅行の探究化」です。沖縄県で修学旅行のカリキュラム作成など、子どもたちの学びを支援する企業「おきなわ教育ラボ」が現状の「調べ学習」にとどまりがちな修学旅行に対して持っていた課題意識に高校探究プロジェクトが共感、修学旅行に探究的な要素を入れれば、修学旅行自体も意義深いものになるし、事前学習の質が上がるだろうと考えました。そこに、多くの修学旅行をプロデュースしている旅行会社「近畿日本ツーリスト」が加わりました。

「まず、近畿日本ツーリストの営業担当20名に4日間の研修を受けていただきました。『探究とは何か』『子どもたちは修学旅行を通して何を学ぶべきか』などを一緒に考えた後、チームに分かれて修学旅行のプランを考え、発表してもらったのです。営業マンのみなさんは次第に乗り気になってきて、『旅行を通して社会のリーダーになる子を育てたい』『旅行の後に、訪ねた地域と結びつきができればいい』など、いろんなアイデアを出してくれました」(藤村氏)

10月には、この企画に参加したおきなわ教育ラボ、近畿日本ツーリストの社員が「高校探究プロジェクト」のミニセミナーに登壇しました。

「教育業界が他の業界とつながることは、教員への刺激にもなり、世界を広げることにもなって、子どもたちにもかならずよい影響を与えます。また、外部の協力を得られれば教員の負担が減るでしょう。『高校探究プロジェクト』をきっかけに、学校とそれ以外の世界をつなぐ輪が広がっていけばよいと考えています」(藤村氏)

探究したいと思う心は、人間が本来もっているもの。ときにはその種をまき、ときには探究の芽が一人ひとりの子どもたちの中で健やかに育つように環境を整え、またあるときには生徒が見つけた種を分かち合い、ともに考えることが教師の役割であり楽しさであると、「高校探究プロジェクト」のメンバーは考え、行動しています。


プロフィール

高校探究プロジェクト

東京学芸大学や大学院において各教科の教科教育学を担当する教員に、他大学等や東京学芸大学の附属学校等の教員を加えてプロジェクトチームを編成し、教科の授業における「探究的な学び」と、総合的な探究の時間における「探究」を両輪とする、探究の実践コミュニティの創出・拡大に向けた活動を展開しています。高校生や大学生、保護者、社会人など多種多様な方が参加可能なワークショップやイベントも実施し、「探究」を取り巻く社会全体のアップデートも目指しています。

取材を終えて…

「総合的探究の時間」は、2022年度から学習指導要領に取り入れられ実施された新しいカリキュラムです。当然、現在の教員が受けたことの無い授業を行うことになります。
それぞれの高校で教員の皆さんが工夫をして取り組んでいる一方で、ノウハウの共有や、教員の育成には課題があります。
東京学芸大学の取組みは、教育学における知見を活かし、「総合的探究の時間」や「科目教育の探究的学び」をより良い学びの時間とするため、全国各地の教育主事・教員の皆さんに授業デザイン方法などを指導する実践的な取組みであることが理解出来ました。