みにきて! みつびし

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100周年を迎えた東洋文庫が受け継ぐ「知」の財産を次の世代へ

東洋文庫 図書部

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こんにちは! 事務局のカラットです。日本最古・最大の東洋学研究図書館「東洋文庫」は、今年創設100周年を迎えました。貴重な蔵書の数々は多くの分野の研究に活用され、ミュージアムを通じ研究者以外の方も目にすることができます。では、この重要かつ膨大な蔵書は一体どのように管理・保存されているのでしょうか? 東洋文庫の書籍管理を担う、図書部の皆さんにお話を伺いました。

お話を伺った東洋文庫図書部課長の清水信子さん(左)、保存修復担当の水口友紀さん(中央)、司書の篠崎陽子さん(右)。

東洋文庫は、三菱第三代社長・岩崎久彌によって1924(大正13)年に創設されました。創設のきっかけは、当時の中華民国総統顧問・モリソン博士から東アジアに関する欧文図書、パンフレット、地図・エッチング等約2万4千点を購入したこと。この「モリソン文庫」と久彌自身が収集した奈良朝以後の古写本、古刊本、中国の宋元明清時代の善本、朝鮮本、さらに江戸時代の和漢古典籍約3万8千冊からなる「岩崎文庫」を礎として数多くの東洋学関連書が集められ、現在は国宝5点と重要文化財7点を含む約100万冊の蔵書総数を誇り、その内訳は、漢籍40%、洋書30%、和書20%、その他のアジア諸語10%です。

久彌はこれらの書物を個人のコレクションとして眠らせるのではなく、研究に活用され広く社会の役に立てることを願っていました。東洋文庫は現在もその志を受け継いで、主に研究者を対象とした資料の閲覧・複写といったサービスの提供を行っています。また過去に収蔵した資料を保存するだけではなく、「生きた図書館」として、寄贈や購入により今も蔵書が増え続けています。このように受贈・購入した資料を受入れ、整理目録(データベース)化し、そして閲覧・複写なと゛の利用に供するとともに、保存環境の管理から、資料の修復に至る図書館業務をになっているのが、東洋文庫図書部の皆さんです。

増え続ける蔵書との「終わらない戦い」

家具調の本棚や机で落ち着いた雰囲気の閲覧室。蔵書は所定の手続きを経て、こちらの閲覧室内限定で閲覧することができる。閲覧室は予約なしで利用できるが、貴重書の閲覧には予約が必要。

東洋文庫の蔵書の現状について説明してくれたのは、図書部課長の清水信子さん。

アジア全域の歴史と文化を対象とする研究機関である東洋文庫には、それらを研究する多くの研究員が在籍しています。新たに購入する資料は基本的に研究員が選書し、購入の希望が出されます。図書部ではその希望に応じて購入し、公開できるように整理しています。その他定期的に届く雑誌や年鑑、また研究者、研究機関からの寄贈も多く、蔵書は日々増えています。

「ホームページを通じて『この本を寄贈したいんですが』とお問い合わせをいただくこともありますが、書庫の収容量の関係もあり、受け入れの判断は慎重に検討します」

100万冊に上る東洋文庫の蔵書数は、今も増え続けているのですね……創設者の岩崎久彌も、きっと現在の蔵書数を知ったら驚き、喜ぶに違いありません。

もう一つ久彌が喜ぶであろう点は、それらの蔵書がしっかりと活用されていることです。東洋文庫設立のきっかけとなったモリソン文庫を売却したG. E.モリソンは、蔵書を研究に役立てることを購入の条件としていました。ミュージアムで圧倒的存在感を誇るモリソン文庫ですが、あの書架に並べられた本はすべて、研究のための閲覧が可能となっているのです。

ミュージアムの目玉でもあるモリソン文庫。まるで全体でひとつの美術品のようだが現役の本棚であり、よく見ると持ち出し中を示す板が挟まっているところも。(写真提供:東洋文庫)

「蔵書は基本的にすべて閲覧可能です。手続きや審査などがあり簡単ではありませんが、国宝もその対象です」(清水さん)

なんと国宝まで! 「蔵書は研究に活用されるべし」という久彌の想いが受け継がれていますね。

また蔵書はデータベース化されてオンライン検索も提供されていますが、実は従来、一般に国内の研究者や大学生が、研究のため文献探索に用いる「CiNii Books」(国立情報学研究所(NII)が運営する総合目録所在情報サービスシステム(NACSIS-CAT)により提供される論文、図書・雑誌や博士論文など学術情報の検索データベース・サービス)に、東洋文庫は連繋していませんでした。

「今回100周年を機に、三菱グループのご支援を受け、昨年度からデータベース移行プロジェクトを始動し、東洋文庫もCiNii Bookと連繋することになりました。独自のデータベースの時よりも、利用者には格段に使いやすくなると思います」と話すのは、司書でデータベース移行プロジェクトリーダーの篠崎陽子さん。

「現在5年計画の2年目で、徐々にデータをアップしている状況ですが、CiNii経由での大学図書館からの問い合わせは多くなってきていますね。反響を感じています」

データベースを通じて蔵書検索で見つけた資料は、閲覧室での閲覧のほか、有料の複写サービスも提供しています。資料の種別(一般書か貴重書か、等)にもよりますが、複写を希望するページを指定して申し込むと、デジタルカメラ撮影・マイクロ資料からプリントされたものを受け取ることができます。

「海外からのオーダーも多いんですよ」(篠崎さん)

リクエストのあったページのデジタルデータを出力していく複写作業。著作権法により一冊の半分以下が上限だが、多い時は100枚を超える出力になることも。
資料のデジタル化に使用される最新鋭の機材。創設100周年記念事業として三菱グループの支援を受けてリニューアルした。
エントランス前から見上げる東洋文庫の外観。窓のないフロアすべてに膨大な蔵書が収められている。

以前の記事にもある通り、東洋文庫は非常に窓の少ない特徴的な外観をしています。この窓のない階層こそが東洋文庫最大の財産である書庫にあたります。紙は環境の影響をとても受けやすい素材のため、光や湿度などが厳重に管理されています。窓がないのはそのためなのです。

通常は一般非公開の書庫へ案内していただくと、真っ暗な部屋に一歩足を踏み入れると同時に、ぽっと周辺に照明が灯りました。自然光だけでなく照明が紙に与える影響も考慮し、書庫内の明かりはすべて紫外線カットの蛍光灯で、人感センサーにより必要最低限が点灯するようになっています。

書庫内はいわゆる「図書館の匂い」で、遠い日に訪れた学校の図書室を思い出したりして、少し懐かしさも感じます。各フロアで地域やジャンルごとに分類された、おびただしい数の本や図録、そして巻物などが所狭しと並んでいました。

「インスペクション」と呼ばれる所蔵本の調査を行い、使用された本が別の場所に行ってしまってないか、重複がないかなどを定期的にチェック……といきたいところながら、チェックする間にも本は増加や出入りを続け、なかなか全部に手が回らないという圧倒的蔵書量を誇る図書館ならではの悩みもあるのだそう。

一冊一冊丁寧に……膨大な蔵書の修復作業

一方、こうして蔵書が活用されるということは、それだけ本が傷むということでもあります。そうでなくとも、どれほど慎重に管理しても紙は経年とともに変質・劣化もし、製本が崩れていくことも……。大切な蔵書を次の世代へも繋いでいくため、図書部では本の修復作業も行っています。

その修復が行われているのが作業室。取材で訪れた日も作業中とのことで見学させていただくと、モリソン文庫収蔵本の清掃と、漢籍(中国の古典籍)の修復作業が行われていました。

「現在、モリソン文庫の書棚から、週一日一棚のペースで清掃を行っています。と言っても本の大きさや厚さはバラバラなので、その日によって作業量は変わります」と、保存修復担当の水口友紀さん。

こうした書籍の清掃に使用される、吸引力が非常に弱い専用掃除機、その名も「ミュージアムクリーナー」で本の内外についた埃を吸い取り、柔らかい布で優しく拭き上げていきます。一冊ずつ目を通すこともこの作業の目的のひとつで、あのモリソン文庫を一冊ずつ……と思わず目が眩みます。一体どれほどの時間がかかるのでしょう?

「全部を清掃し終わる頃には、最初の棚に埃がついていると思います(笑)」(篠崎さん)

糸で綴じた漢籍の修復作業をされていたのは、OBで臨時職員の西薗一男さん。実は西薗さん、東洋文庫がかつて国会図書館の支部だった頃(1948~2009年)から修復に携わってこられた大ベテランで、水口さんの師匠ともいえる方です。

一冊一冊広げて、埃取りやふき取りを施してきれいにしていく。特殊な装丁の本も多いので、一冊ごとに取り扱いも異なる繊細な作業。
10代でこの世界に入り、現在は臨時職員として働く西薗一男さんは、この道50年の大ベテラン。熟練の技で数多くの本を修復している。

「最初は新聞紙をまとめたもので和綴じの練習をしましたよ、実際の本でやるのはまだ早いって先輩に言われてね」

と、昔話を交えながら作業を見せてくれた西薗さん。美大で絵画の修復を学んだという水口さんも、コピー用紙を使っての和綴じの練習から始めたそうです。

漢籍の伝統的な製本は柔らかい表紙の本が多く、本を包んで保管できる、厚紙で作られたハードカバーのような「帙(ちつ)」と呼ばれる装具を使用します。本来は横置きに積んで保管するのが理想ですが、東洋文庫では収納に効率的な縦置きがされています。使用するうちにはどうしても本の上下が擦れたりめくれたり、あるいは破れてしまったりすることがあるため、修復作業ではその補修や、いったん紐を外しての綴じ直しなどが行われます。

西薗さんの手元の青いファイルのようなものが「帙」。倒れたりばらけたりしやすい和漢古典籍を収納するもの。
このように帙の中に和漢古典籍を収納してから書架へ入れることで、劣化から守る。帙自体も傷んだら補修する。

漢籍の綴じ直し作業。古くなった糸を切って除去し、同じぐらいの太さの糸で元の綴じ穴に糸を通していく。

糸を通し終わったら、端を整えて完成。この本は3分ほどで綴じ直し終了。

「傷み具合によっては、これは一体どうしたら……と難しく思うものもありますが、じっくり観察してどのように修復すればその本にとって良い結果になるのかを考えるのは楽しいです。修復の仕事をしていると、物をよく見ることを意識するようになりますね」(水口さん)

ちなみに東洋文庫は設立当初には洋装本・雑誌類を製本するための製本室がありました。当時使用されていた器具・道具などは今も保管されています。ミュージアムで現在開催中の創立100周年記念「知の大冒険—東洋文庫 名品の煌めき—」 にも、かつて使用されていた製本道具が展示されていますのでぜひご覧ください!

製本作業に使われた板には、今はかすれているが岩崎家の家紋「三階菱」が彫られている。創設者岩崎久彌の本への思いが伝わる。
洋装本の表紙等に文字を入れる時に使用する金箔や、修復に使用する和紙などが並ぶ西薗さんの作業机。中央にあるのはその昔、活版印刷で使用された「活字」。

貴重な財産と「知」を次の世代へ

今回の取材を通じ、東洋文庫ではこの100年間に集められた資料を、久彌の意志を受け継いで大切に保存しながら、それを後世へと伝えていくことを使命として日々取り組んでいることを強く感じました。

蔵書がより多くの研究に役立てられるようにデータベースを整備し、この先もずっと閲覧可能な状態にしておくために必要な処置を施すという、図書部の皆さんの地道な活動が、未来の社会の「知」の普及にきっと貢献することでしょう。

子どもの頃に言われた「本を大事にしなさい」という言葉は、物を粗末にしないというだけでなく、その中にある知識や思いを大切に受け継ぎなさいということでもあったのかもしれません。


※2024年11月27日掲載。本記事に記載の情報は掲載当時のものです。

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