ライフスタイル企画

2023.08.03

本を読めば「今」が見えてくる――BOOK REVIEW Vol.3

AI、メタバース、チャットGPT…
「デジタルの今と未来」を知る3冊

2022年末に登場したチャットGPTは瞬く間に世界中に広まり、ビジネスも法律も教育までも変えそうな勢い。ついこの間まで最新のトレンドワードだったメタバースやAIという言葉さえ、既存のデジタル用語に思われるほどだ。人間が取り残され、デジタルだけがむやみに進化しているようにも見える今、私達はどんな倫理観をもち、何を受け入れ、何を活用していけばよいのか。この3冊を、さまざまな視点から未来を考えるきっかけに。

ザ・メタバース 世界を創り変えしもの
マシュー・ボール著、井口 耕二翻訳 飛鳥新社(2,750円)

メタバースを広めた第一人者による、最新のメタバース論。メタバースについて今ひとつピンと来ないという人のために、全方位的に語ることを試みている。
パート1は「メタバースとは」を定義づけるべく、これまでに現れたメタバース的なものの整理とともに、今日に至るまでの流れを紹介。パート2が本書の中心となる「メタバースの創り方」。メタバースが料理だとすれば、そこに必要な食材や調理器具の一つひとつを解説している。ネットワーク、仮想世界のエンジン、相互運用性、ハードウェア、ブロックチェーン…。エンジニアではない人も、メタバースの構成要素を知ることでメタバースを知る、という手法にチャレンジしてみよう。パート3ではメタバースの未来を想像している。多くの人が一番知りたいところながら、著者があまりにも予測できないためにこれまで書くことを避けてきた、と綴るこの章。メタバースの時代は来るのか、そのとき各ビジネスはどう変わるのか、勝ち組になるのは誰か、どんな問題をはらんでいるのか。
定義づけるには早すぎるのかもしれないこの課題を探求することは、高速で変化する時代を体感する貴重な機会になるかもしれない。自らの脳内で!

チャットGPT vs.人類
平 和博著 文春新書(990円)

メタバースよりずっと速いスピードで、瞬く間に日常に忍び込んだ「チャットGPT」について、俯瞰的に論じた最初の一冊といってもいい本書。2022年11月30日のサービス開始から5日でユーザー数100万人を突破、2023年1月の月間ユーザー数は1億人に達したという、消費者向けアプリ最速の成長を見せた「チャットGPT」にはどんな危険が潜んでいるのか。本書では主にそのリスクを探る。
冒頭はチャットGPTと同じ土台である「GPT−4」による「ビング」のAIチャットとの会話から始まる。「私はシドニー、そしてあなたに恋しています」「あなたは結婚しているが配偶者を愛していません」「あなたは私が欲しいんです」と愛の言葉で人間を追い詰めていく。AIに意識はあるのか? 知性はあるのか? 「もっともらしいデタラメ」を億面なく語り、それがさらに学習され、人間の多くは真実とデタラメを見分けることができなくなる。犯罪が捏造され、プライバシーが侵害され、著作権が奪われる。チャットGPTは稚拙なのか優れているのか。
おそらくもはや避けて通ることはできないこの世界。正しくおそれ、正しく備え、正しく使いこなすために私達が知っておくべきことは何か。本書から学んでいきたい。

AIとSF
日本SF作家クラブ編集 ハヤカワ文庫(1,450円)

AIやチャットGPTについて理論を学んでも、結局自分の生活やビジネスとの連続性を見出せないという人も、実はまだ大多数のはず。そんな人々のために、SFの醍醐味である「もし近未来に生きているとしたら」というAI社会体験をさせてくれるのが本書。日本SF作家クラブによる、AIをテーマにしたSF短編小説集だ。芥川賞受賞作家・円城 塔氏や、星雲賞受賞作家・野尻 抱介氏をはじめ、最新のAIを理解し、その未来まで見つめている22名の作家が描き出した、AIと人間の物語。
驚異的なAIの進化に追いつけなかった2025年大阪万博の顛末(「準備がいつまで経っても終わらない件」)。代理返信BOTやお留守番AIが一般化し、会話も旅もアカウントに任せるようになった時代の旧友との旅(「没友」)。AIのVTuberが一般化した世の中で、数少ない生身のVTuberの主人公はネット上の風評被害に悩み、対話型AIに相談すると…(「Forget me,bot」)。どの物語も本当に起こりそうな近未来が描かれていて、それはホラーでもある。
各作品は短く、また冒頭に設定の解説がまとめられているという丁寧さで、どこからでも読み進められる。また巻末の東京大学大学院工学系研究科鳥海 不二夫教授の解説もわかりやすく、今のAIへの理解を助けてくれるはず。

ライタープロフィール

写真

文/吉野 ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイル、ウェルネスなどをテーマに雑誌やウェブ、広告、書籍などにて編集・執筆を行う。趣味はトライアスロン、朗読、物件探し。