自分の人生に、自信を持っていますか?
フロイトとともに研究し、のちに「個人心理学」を構築した心理学者アルフレッド・アドラーは、「人は誰でも何でも成し遂げることができる」と言っています。自信がないからできないのではなくて、結果が出るのを恐れるので挑戦しないために自信を持たないというのです。どういうことなのでしょう。アドラー心理学研究の第一人者である岸見一郎さんが、ひとつひとつ解説していきます。
自信には、「持つべき自信」と「持ってはいけない自信」があります。言い換えれば「健全な自信」と、「健全ではない自信」です。
本当に有能な人は、自分が有能であることを誇示しません。「自信がある」と敢えて言っている人はすでに自信がないということを周囲に言い放っているとも言えます。そんな自信は健全ではありません。
ではどういうのが「健全な自信」ということでしょうか。
① 自信がある人は焦らない
アドラーは、「自信があり、人生の課題と対決するまでになった人は、焦燥したりしない」と言っています。人は目の前の課題から何らかの理由をつけて逃れようとします。しかし「自信がある人」は、その課題から逃げ出したりせずに、勇気を持って対峙します。それが健全な自信です。健全な自信を持っている人は、背伸びもせず、自分をよく見せようともしないで、確固たる信念をもって自分の人生の課題と向き合える力を持っています。
② 誰でも何でも成し遂げることができる
上司から「お前はダメだ!」と言われたとします。
「この人はそんな風に評価するのだ」ぐらいに受け止めればいいのです。評価と価値は別物だからです。むしろ、自分の価値を認めてくれる人は必ずいると思えること。さらには、そんな人がいなくても、自分で自分に価値があると思えることが大事です。それが自信です。
優れた上司は、たとえある時期において仕事の成果が出なかったとしても、それだけを見て判断しません。可能性まで認めてくれるはずです。
背伸びする必要も、自分をよく見せようとする必要もありません。
③ 私はできないこと、知らないことがある。そう思える人こそ健全な自信を持てる
仕事に、誠実に取り組みましょう。
努力を惜しまず、目の前の課題に謙虚に向き合いましょう。
「これはできない」と思ってしまうこともあるでしょう。それでもいいのです。そういう人こそが、健全な自信が持てるのです。できると思い込んで必要な努力をしないより、できない、だから頑張ろうと思えることが大事です。
一番よくないのは、努力もしないで、劣等感があるあまりに他人の評価を下げて、自分の価値を相対的に高めようとすること。アドラーは「第二の戦場」という表現をしていますが、本来の仕事の場ではないところで優越感を持ってもまったく意味がありません。
世の中には、するべきことと、したいことと、できることしかありません。
まずできることから始めることです。たとえば企画書であれば、まずは最初の一行だけでも書いてみる。すると次の一行に繋がり、また次に、そしていつかきっと完成します。
結果を出すことを恐れる人は、自信がないということを理由にして挑戦しません。たとえ悪い結果しか最初は出せなくても、そこから頑張るしかありません。
他者への貢献が自分の価値を高める
第16代ローマ皇帝のマルクス・アウレリウスは、絶頂期のローマ帝国をおさめた名君の一人です。皇帝に指名されたときに喜ぶどころか「恐怖」を感じたと言われています。皇帝になりたくなかったのです。彼が傾倒していたのは哲学でした。彼が書いた『自省録』の一節で、私が大学時代に付箋をつけるほど心に響いた言葉がありますので紹介します。
「お前自身には成し遂げ難いことがあるとしても、それが人間に不可能なことだと考えてはならない。むしろ、人間にとって可能でふさわしいことであれば、お前にも成し遂げることができると考えよ」
彼の思想は、アドラーに通じるものがあります。アドラーも他者に貢献していると感じられた人が自分に価値があると思えると言っています。ここにあるのは、自分への関心ではなく、他者への関心です。自己犠牲的な生き方を勧めているわけではありません。他者に貢献しつつも、自分がその仕事をしていて楽しいと思えることが大事です。
虚栄心のある人にとって仕事はつらいものになるでしょう。自分をよく見せようとするのですが、能力もないので焦燥を感じるからです。
健全な自信は意識的に発達させていかなければならない
誰もが健全な自信を持ちたいと思うでしょう。安心してください。誰もが本来、そういう自信を持っています。ただそれが自分には見えないのです。覆い隠されているからです。
起きてくるものごとから逃げ出さずに前を向いて歩けばいいのです。
皆さんの会社員としての人生がよりよきものとなるよう、哲学者としての立場から「弱さを見せる勇気が自信をつくる!」について話しました。
最後に、「自信がつく、とっておきの5つの方法」を紹介します。
些細なことですが、これらを心に留めるだけで、少しずつ生き方が変わって、自信に繋がるはずです。
① 「でも」と言わず、まず動く
仕事やプライベートの場で何かを依頼された時、「あ、無理。できない!」と思わないで、まずはそれを受け止め、引き受けてみませんか。
その一歩が、大きな前進に繋がります。
「でも」といって、できない理由を持ち出す人は引き受けるか、引き受けないでおこうかと迷っているのではなく、引き受けないと決めているのです。とにかく、始めるしかありません。
② 何か新しいことを始める
自分の人生にとって刺激となるような新しいことを始めましょう。外国語を学ぶというのも良いと思います。簡単には身につかないことに挑戦したり、自分にもわからないことやできないことが沢山あることを自覚すると、部下への接し方も変わってくるものです。謙虚になれるということです。
反対に、学ぶ楽しさを知ると、できないと思っていたことでも続けると身につくので自信がつきます。
③ 情報収集のための本を読まない
本を読むのは知識や情報を得るためだけではありません。作家のキム・ヨンスは「要約できない本」という表現をしているのですが、本の魅力は、読み手によって受け取り方も感じ方も違います。あらすじを読んだだけでその本を読んだ気分になったり、細部こそ面白いのに読み飛ばしてしまったり、そういう読書ではなく、行間に秘められた作者の思いを読み解くように読書を楽しんでほしいと思います。そこからきっと、自分自身と向き合う何かを得ることができます。
④ 何でもメモをとる習慣をつける
何か思いついたこと、生活の記録などをしましょう。メモをとることを習慣づけましょう。紙でなく、スマートフォンやタブレットであれば後から検索できます。思いついたことは書き留めておかないとたいてい忘れてしまいます。今日は何文字書いたとか、何ページまで校正を終えたというようなことを書くと、思っている以上に仕事が捗っていることがわかります。思考や作業の経過を可視化するのです。
⑤ 数えないで生きる
日々を価値のあるものとするためには、「数えない」で生きることが大切です。勿論仕事上の納期とか、約束事は守らなければなりません。病気になり人生の終わりが見えてくると残りの日数や時間を数えがちです。そうすると先のことにとらわれてしまい、今日という日を楽しめません。人生は思い通りにはならない。終わりの日までにこれをやってあれもやって、と数えていたら、あっという間に終わってしまいます。今、できることをする。結局は、それに尽きます。
プロフィール
岸見 一郎(きしみ・いちろう)
哲学者
京都大学大学院文学研究科博士課程満期退学(西洋古代哲学史専攻)。京都教育大学教育学部、奈良女子大学文学部、近代姫路大学看護学部、教育学部非常勤講師、京都聖カタリナ高等学校看護専攻科非常勤講師を歴任。1989年からアドラー心理学を研究。『嫌われる勇気』『幸せになる勇気」(古賀史健氏との共著/ダイヤモンド社)、『数えないで生きる』(扶桑社)、『アドラーをじっくり読む』(中央公論新社)、『マルクス・アウレリウス「自省録」を読む』(祥伝社)、『叱らない、ほめない、命じない』(日経BP)など著書多数。