ライフスタイル企画

2023.12.07

本を読めば「今」が見えてくる――BOOK REVIEW Vol.5

海洋汚染や気候変動の課題とどう向き合う?
サステナビリティについて考えるための3冊

どの産業においてもサステナブルやSDGsという言葉を聞かない日はなくなった昨今。コンビニエンスストアなどで買い物をするときからビジネスプランを考えるときまで、常に経済活動や幸福感とサステナビリティを両立させるための選択が迫られている。答えが見えない問題だからこそ、自分なりの視点が必要とも言える。そんな課題と向き合うための新たな視点を見つけるヒントになりそうな3冊をご紹介。

サバイバルファミリー

サバイバルファミリー
矢口 史靖著 集英社(1,100円)

 最初に紹介するのは小日向 文世さん、深津 絵里さんが主人公夫婦役で映画化された作品の原作小説。都内のマンションに住む平凡な鈴木一家はある朝、突如原因不明の停電に襲われる。どうやらそれは一家だけでも、マンションだけでもないらしい。キッチンもIH、決済もスマホの生活を送っていた彼らにとって停電は致命的なうえ、電気が使えなくなったためにガスも水道も鉄道も動かなくなった。テレビもネットもないため停電の原因も被害エリアも復旧の目処も全く分からないまま1週間が過ぎ、ついに一家は自転車で鹿児島の実家まで行くことを決意するが…。
 荒唐無稽ともとれるドタバタコメディだが、冷静に我が身を振り返れば、さて私達は、電気が絶たれたら日々の生活に何が起きるか、想定できているだろうか? この小説によるシミュレーションで初めて、どれほど「電気」と「情報」に依存して生きているかがよく分かる。そして電気のお陰で便利になったように思える現代社会は、実は電気がなければ生きていけないように仕組まれた陰謀にさえ思えてくる。本作はまだ日本にSDGsという言葉があまり浸透していない2016年の作品だが、CO²削減が余儀なくされ、またそうでなくとも常に大規模自然災害のリスクを抱えている今、一体暮らしの何をどう改善すれば、鈴木家と同じ道を歩まずに済むのか、考えさせられる。

世界がわかる資源の話

世界がわかる資源の話
鎌田 浩毅著 大和書房(1,760 円)

 2冊めに紹介するのは、現実に私達の生きている世の中の実態を「資源」という視点から学ぶ一冊。永年地質研究所で地球科学研究を行った後、京都大学で24年間地球科学の研究と教育に携わってきた京大名誉教授の著者が、最新の情報と分かりやすい語り口で、学生から大人、ビジネスで資源と携わる人まで、役に立つトピックスを解説。「水はどこからきたの?」「残酷な水格差」など、身近な資源である水や森林に始まり、エネルギー資源、鉱物資源の謎を解明し、資源の未来について考える構成で、1トピック見開き完結で図表やイラストなどもあり、とっつきやすくどこからでも読めるのがありがたい。
 本書のもう一つの魅力は、現在私達が抱えている課題について悪者探しをしたり未来に向けて脅したりするのでなく、環境保護の視点、経済の視点、政治の視点、そして個人の暮らしの視点など、あらゆる立場から資源を見つめているところ。このバランスこそがサステナビリティを考えるうえで重要なのだろう。本書を通読した頃には、さまざまな環境課題を前にしても二元論に走らず、「別の立場から見たらどうだろう?」という多様な視点が身についているはず!

地球、この複雑なる惑星に暮らすこと

地球、この複雑なる惑星に暮らすこと
養老 孟司 ヤマザキマリ共著 文藝春秋(1,650円)

 最後に取り上げるのは、解剖学者の養老 孟司氏と漫画家・文筆家のヤマザキマリ氏の対談。コロナ禍を挟み4年にわたって繰り広げられたふたりの対談は、両者の親交のきっかけであり共通のテーマである「虫」の話から始まる。死んだ昆虫を解剖しそのメカニズムを分析しながら人間について考える養老氏と、生きた昆虫の卵から羽化、死ぬまでの一生を観察しながら人間の存在を思うヤマザキ氏。このどこがサステナビリティについて考える本なのか?と思うかもしれないが、虫の話に始まった対談は次第に東西の文化論、歴史論、文明論、死生観、環境、動物の機能など、とどまることなく広がっていく。それはむやみにあてどなく展開しているのではなく、地球温暖化、生態系の変化、パンデミックといった近年の問題まで「全てはつながっているのだ」と気づかされる。
 日頃、最短最速で効率よく情報をキャッチし正解を求めることが優先されがちな現代社会にあって、このふたりの会話に耳を傾けていると、マクロに広げたりミクロに絞ったり、個人的な感覚から鳥瞰する視点まで行き来する振り幅の大きさは、もはや思考の筋トレのようだ。複雑な課題を複雑なまま受け止め、そして思考することを諦めないこと。これこそがサステナブルな未来のための重要な向き合い方なのかもしれない。

ライタープロフィール

写真

文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイル、ウェルネスなどをテーマに雑誌やウェブ、広告、書籍などにて編集・執筆を行う。趣味はトライアスロン、朗読、物件探し。