三菱のアート

2023.05.18

わずか数日、しかも展示数はたった18点…だからこそ激推ししたい!

ベスト・オブ・ベストが並ぶ静嘉堂文庫美術館
「饒舌館長ベスト展」(@世田谷)を見逃すな!

源氏物語関屋澪標図屏風_左隻

緑豊かな世田谷から、こちらも緑がまぶしい皇居外苑を目の前にした丸の内に移って新装開館したのが昨年10月。以来4度目の展覧会となる「明治美術狂想曲 Meiji era Art Capriccio」を開催中の静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内)。日本で〝美術〟という制度や文化が生まれた明治時代をキーワードに、美術鑑賞好きにも、美術館初心者にも、わかりやすく日本の〝美術〟を紹介して話題だ。会期は6月4日までだが、なんとその間に8日間だけ以前の世田谷区岡本の展示室で、まったく別の展覧会「河野館長傘寿の祝 饒舌館長ベスト展」を開催——とは、いったいどういうことだろう?

静嘉堂@岡本外観

左の建物が、5月20日(土)から28日(日)まで「饒舌館長ベスト展」が開催される静嘉堂文庫美術館(世田谷区岡本)。※5月22日(月)は休館。
右が文庫で、丸の内を美しいビジネス街としてつくりあげた立役者のひとりである建築家、桜井小太郎によるもの(内部は非公開)。桜井は日本人初の英国王立建築家協会の建築士だ。

●私立美術館の静嘉堂だからできる、驚きの超個性的展覧会!?

「饒舌館長ベスト展」という展覧会名から想像できる通り、本展は静嘉堂文庫美術館の館長・河野元昭セレクトによる作品を展示するもの。ギャラリートークでも講演会でもインタビューでもしゃべりにしゃべり、さらには「饒舌館長」というブログを日々更新して〝美術〟への愛を惜しみなく披露する河野館長は、なんと今年御年80歳! この傘寿を祝して「館長の好きな作品を並べましょう!」と企画されたのが本展なのだ。傘寿祝いの贈り物というなんとも粋な展覧会だが、これも私立美術館だからなせるわざ。丸の内移転後の岡本の建物が使え、「数日限りの展覧会」を大きな負担なく開催できるというわけだ。

狩野探幽「波濤水禽図屛風」 重要美術品(左隻)

(左隻)

狩野探幽「波濤水禽図屛風」 重要美術品(右隻)

(右隻)

狩野探幽「波濤水禽図屛風」 重要美術品
江戸時代(17世紀) 6曲1双 紙本着色 静嘉堂文庫美術館蔵

室町時代から続く狩野派の豪壮な画風を、瀟洒な作風で一変させた江戸幕府御用達の絵師、狩野探幽の作。意匠化された波や岩に写実的な水鳥という取り合わせは、漢画と写生の融合という探幽花鳥図の新境地。

●ベストセレクション18点という展示点数、多いの少ないの?

この「饒舌館長ベスト展」では、河野館長が静嘉堂所蔵の珠玉の作品群から選りすぐった日本の作品18点が展示される。近世絵画を専門としている館長渾身のセレクトは、琳派も狩野派も文人画も浮世絵も…と、バラエティ豊か。さらには副館長らのセレクトによる、近世陶磁器の銘品5点が〝友情出演〟という形で花を添える。

美術展での鑑賞の楽しみは、なんといっても現物を自分の目で見て感じること。その際に、作者についての情報や制作意図など、作品のプロフィールやエピソードなどがインプットされた状態で鑑賞すると、見え方が変わってくることがある。見るポイントが絞られ、より深く心に刻まれることもある。とはいえ、すべて予習するのは現実的でないし、仕入れた知識の確認作業になってしまってはつまらない。会場で作品のそばに用意された解説に目を通すぐらいがちょうどいい塩梅だろう。それでも作品点数の多い展覧会になると後半は疲れてきて、短い解説さえ読むのがおっくうになることも…。
有料の展覧会で展示作品が18点というのは少ないかもしれない。しかし最後の1点までじっくり鑑賞するには、程よい点数ではないだろうか。美術館前の円形花壇がある広場からバス通りに続く木陰の坂道も、興奮と心地いい疲れをクールダウンするのにちょうどいい。

狩野探幽「波濤水禽図屛風」 重要美術品(左隻)

(左隻)

狩野探幽「波濤水禽図屛風」 重要美術品(右隻)

(右隻)

狩野探幽「波濤水禽図屛風」 重要美術品(右隻部分)

(右隻部分)

「四条河原遊楽図屛風」 重要文化財
江戸時代・寛永期(1624~44年) 2曲1双 紙本金地着色 静嘉堂文庫美術館蔵

京都の四条河原周辺で、さまざまな楽しみにふける人々を描いたもの。男女の容姿も整った、大変品のいい初期風俗画の名品。

●館長が命名! 「静嘉堂本」の真相がギャラリートークで明かされる…かも?

本展では8日間のうち2日間、初日と最終日に館長によるギャラリートークを開催。展示室で実物を一緒に見ながら、饒舌館長が大好きな作品について語るという贅沢な時間も用意されているのだ。上図「四条河原遊楽図屛風」は河野館長が「静嘉堂本」と名付けたというが、そのわけが、もしかしたらこのギャラリートークで聞けるかもしれない。

円山応挙「江口君図」 重要美術品 江戸時代・寛政6(1794)年 1幅 絹本着色 静嘉堂文庫美術館蔵

円山応挙「江口君図」 重要美術品
江戸時代・寛政6(1794)年 1幅 絹本着色 静嘉堂文庫美術館蔵

河野館長は、この作品を描いた円山応挙の研究から近世絵画専門へと歩んだのだとか。本作は遊女を描いた美人画だが、これは普賢菩薩を見立てたもの。品のいい、静嘉堂文庫美術館らしい逸品だ。

原在明「朝顔に双猫図」 江戸時代・文化2(1805)年頃 1幅 紙本着色 静嘉堂文庫美術館蔵

原在明「朝顔に双猫図」
江戸時代・文化2(1805)年頃 1幅 紙本着色 静嘉堂文庫美術館蔵

京都の絵師、原在明が描いた2匹の猫。賛は江戸の文人・大田南畝(蜀山人)によるもので、京都と江戸の交流が見て取れる。猫好きな館長らしいセレクト。

●写真や画像ではわからない…会場で実物を〝体験〟してこそ!

18点の展示品は、実際に目にしないとその魅力が伝わらない作品ばかりだ。
たとえば酒井抱一の「波図屛風」。銀箔の地に描かれた波の泡ぶくの合間に潜む、淡いグリーンやブルー色の美しさの前で足を止めない人はいないだろう。少し離れたところから天地約170㎝の6曲1双という大型屛風の全体を眺めれば、月明かりに照らされた大海原の荒れた波音まで聞こえてきそうだ。

酒井抱一「波図屛風」 江戸時代・文化12(1815)年頃 6曲1双 紙本銀地墨画着色 静嘉堂文庫美術館蔵
酒井抱一「波図屛風」 江戸時代・文化12(1815)年頃 6曲1双 紙本銀地墨画着色 静嘉堂文庫美術館蔵

酒井抱一「波図屛風」 
江戸時代・文化12(1815)年頃 6曲1双 紙本銀地墨画着色 静嘉堂文庫美術館蔵

金屛風ならぬ銀屛風の逸品は、江戸で活躍した琳派の絵師・酒井抱一の作。銀と墨色という江戸っ子好みの粋な配色の中の色彩にハッとさせられるはず。銀は黒く変色していくものなので、本作のように銀色が美しく残っている江戸期の屛風は希少だ。

尾形光琳「住之江蒔絵硯箱」 重要文化財 江戸時代(18世紀) 1合 木胎漆塗に金属 静嘉堂文庫美術館蔵
尾形光琳「住之江蒔絵硯箱」 重要文化財 江戸時代(18世紀) 1合 木胎漆塗に金属 静嘉堂文庫美術館蔵

尾形光琳「住之江蒔絵硯箱」 重要文化財
江戸時代(18世紀) 1合 木胎漆塗に金属 静嘉堂文庫美術館蔵

俵屋宗達と本阿弥光悦というたぐいまれな才能によって誕生した〝琳派〟。この一大美術様式の第2世代にして琳派史上最大のスーパースターともいえる絵師・尾形光琳による硯箱も。金蒔絵に鉛板、銀板を切り抜いた文字という異材の組み合わせは、色や質感だけでなく、照明の反射の違いによる見え方の妙などもぜひ会場で体験したい。

●静嘉堂文庫美術館が誇る国宝や重文も!

静嘉堂文庫美術館所蔵の国宝といえば、「曜変天目(稲葉天目)」と下図の「源氏物語関屋澪標図屛風」だ。
「曜変天目(稲葉天目)」は丸の内の静嘉堂文庫美術館で公開中だが、こちら世田谷岡本では、『源氏物語』の第十四帖「澪標」と第十六帖「関屋」の1シーンを描いた屛風を展示。京都伏見の醍醐寺が所有していたが、静嘉堂文庫の礎を築いた三菱第2代社長・岩崎彌之助が醍醐寺の復興に尽力したことの返礼として、明治29(1896)年頃に贈与されたのだとか。

俵屋宗達「源氏物語関屋澪標図屛風」 国宝 江戸時代・寛永8(1631)年 6曲1双 紙本金地着色 静嘉堂文庫美術館蔵(右隻「関屋図」)

(右隻「関屋図」)

俵屋宗達「源氏物語関屋澪標図屛風」 国宝 江戸時代・寛永8(1631)年 6曲1双 紙本金地着色 静嘉堂文庫美術館蔵(左隻「澪標図」)

(左隻「澪標図」)

俵屋宗達「源氏物語関屋澪標図屛風」 国宝
江戸時代・寛永8(1631)年 6曲1双 紙本金地着色 静嘉堂文庫美術館蔵

右隻に光源氏と空蝉、左隻に光源氏と明石の君。いずれも偶然の出会いのシーンだが、主人公を牛車や舟に留まらせてその姿は描いていない。金地に緑色という日本古来の〝やまと絵〟の伝統の踏襲と、ユーモラスな表情さえ浮かべるゆるい人物描写が、この金屛風のおもしろさでもある。

また、江戸時代後期の絵師・渡辺崋山が愛人を描いたという「芸妓図」(重要文化財)も魅力的な作品。肖像画の名手といわれた崋山の、描かずにいられなかった愛しい人への想いも読み取れる自筆の賛は、河野館長による現代語訳が本展の図録に初掲載。河野館長はどう訳しているのか…図録も楽しみだ。

渡辺崋山「芸妓図」 重要文化財 江戸時代・天保9(1838)年 1幅 絹本着色 静嘉堂文庫美術館蔵

渡辺崋山「芸妓図」 重要文化財
江戸時代・天保9(1838)年 1幅 絹本着色 静嘉堂文庫美術館蔵

いわゆる〝自画自賛〟である本作は、武士の出である崋山の清廉さも感じられる、清潔感のある心地いい肖像画。

『大漢和辞典』(画像提供:大修館書店)

『大漢和辞典』(画像提供:大修館書店)

展示室が丸の内に移転したあとの世田谷岡本の静嘉堂文庫美術館で、8日間限りの開催となるこの「饒舌館長ベスト展」。河野館長のベスト・オブ・ベストの展示のほか、静嘉堂文庫の2代目文庫長を務めた諸橋轍次博士が編纂した『大漢和辞典』にかかわる書籍の紹介展示や、関連のビデオ上映も見逃せない。今年は諸橋博士の生誕140周年にあたる。
珠玉の所蔵品を自分の目で体験し、自ら〝饒舌館長〟と名乗る河野館長の饒舌ぶりを堪能し、さらにはたっぷりと解説された本展図録(会場にて販売)で作品について深く知ることもできるという、何度もその〝おいしさ〟が味わえる展覧会。開催期間は短いが、新緑まぶしい静嘉堂文庫美術館(世田谷区岡本)へ、ぜひ出かけてみてほしい。

静嘉堂文庫美術館

静嘉堂文庫美術館

展覧会DATA

「河野館長傘寿の祝 饒舌館長ベスト展」

会場:世田谷区岡本 静嘉堂文庫美術館(東京都世田谷区岡本2-23-1)


会期:2023年5月20日(土)~28日(日)※5月22日(月)は休館日につき、庭園を含め敷地内にはお入りいただけません

開館時間:10時~16時30分(入館は16時まで)

入館料:1,000円(高校生以下無料)、障がい者手帳をお持ちの方は700円(同伴者1名無料)

※館長によるギャラリートークは20日(土)と28日(日)の14時から。

※入館およびギャラリートーク予約不要。

※入館券をお買い求めの際、お待ちいただくこともあります。


問い合わせ:☏ 050・5541・8600(ハローダイヤル)

ホームページ https://www.seikado.or.jp/

Twitter @seikadomuseum