三菱のアート

2023.05.25

古くから人々の願いはやっぱり〝健康長寿〟だった…

医学書は意外なほど面白い!
東洋文庫ミュージアム「東洋の医・健・美」展

三菱3代当主の岩﨑久彌が1924年に設立した東洋学の専門図書館であり研究所でもある東洋文庫のミュージアムで、5月31日から約4か月開催されるのが「東洋の医・健・美」という展覧会だ。
これは主に中国を出発点とした伝統医学について書物から考察する企画展——と案内すると「鑑賞の楽しみはあるのか?」という疑問をもたれるかもしれないが、これがなかなか興味深い。

ヨハン・レメリン著『小宇宙鑑』第3版より 1639年刊

ドイツの解剖学者ヨハン・レメリンによる、日本ではじめて翻訳された解剖書。図版は「男性」「女性」「向かい合う男女」の3図のみだが、それぞれ何層にもなった紙片をめくると中の臓器や筋肉が順にあらわれる仕組み。人体の内部構造がよくわかるよう工夫されている。

医療史の名著でたどる〝健康長寿への道〟って?

日本古代、首長のスキルとして求められるもののひとつに医療技能があった。やがて医療を専門に行う氏族が誕生し、その集団内での伝習によって医者が養成されていく。そして古墳時代後期、5~6世紀に百済から医師が派遣されて中国の医療が伝来。19世紀に明治政府が西洋医学を採用するまで、長く日本の医学の中心であり医療を支えてきたのが中国から伝わった伝統医療=漢方なのだ。
西洋医学との大きな違いは、漢方は〝養生〟が根底にあるということ。つまり、病気を治すことより病気にならないことを注視している。不老不死の思想から生まれた、最期まで健康でいるための医学だ。何をどう食べるのがよいかという食事の方法から、睡眠、呼吸、運動など、健康長寿の秘訣が記されたさまざまな書物が残っている。

〝医療以前〟は大真面目に占いを!? 現代の鍼灸師や整体師のバイブルも!

『甲骨卜辞片』 殷墟(河南省安陽市)出土 紀元前14~紀元前11世紀頃

中国最古の王朝といわれる殷代に、占いに用いるため亀甲や獣骨に文字を刻んだものの破片。東洋文庫が所蔵する甲骨614片のうちのひとつで、日本の甲骨文字研究の先駆者である林泰輔博士旧蔵のもの。

古代中国で重要だったのが、病気が治るか否かを占ったり、病気が治るよう祈祷すること。2世紀頃までに成立したと思われている『山海経』などの文献には占いと医療を行う巫女の存在が見られ、医術と祈祷や占い、まじないなどが密接だったことがうかがえる。『甲骨卜辞片』は、熱した棒をあて、熱によって生じるヒビや割れ方によって占ったもの。中央の3文字目が〝歯〟を表しており、王の歯痛は治るのか、あるいは歯痛の原因は何なのか…というようなことを占ったとみられている。

滑寿撰『十四経発揮』より 1604年刊

人体を巡る12の経絡に、任脈と督脈を加えた14の経を著した鍼灸書。1341年に中国元代の医師、滑寿が記したとされる。

本展のチラシのメイン画像にもなっている『十四経発揮』は、今でも鍼灸や整体を学んでいる人には知られた存在。現在使われている鍼灸書の基礎となっているような書で、気の巡りとツボの関係などが図解とともに記されている。日本でも江戸時代初期より出版され、東洋文庫にしかないといわれる伝存最古の版がこの展覧会で公開されるのだ。
写真をよく見ると、余白に書き込みがあるのがわかるだろうか。教科書にいたずら書き…ではなく、熱心に勉強した証。書物史料は美術品とは違い、ページのめくれ跡や書き込みなど、使用痕があるものこそ価値があるという。

スペインの解剖学者ワルエルダによる『人体解剖図詳解』と、日本人によって日本語に訳された初の本格的な西洋医学書『解体新書』の見比べも面白い。
『解体新書』といえばこの図が思い浮かぶ人も少なくない扉絵と酷似しているのが、『人体解剖図詳解』の扉絵。『解体新書』はドイツ人医師による解剖学書をオランダ語に訳した通称『ターヘル・アナトミア』が最も重要な底本とされているが、この扉絵は『ターヘル・アナトミア』ではなく『人体解剖図詳解』をモデルにしている。
図版の原画を担当したのは秋田藩角館の藩士で、平賀源内から洋画を学び、〝秋田蘭画〟とよばれる作品を残した小田野直武。翻訳がほぼ終わり、解剖図を描く画家を探していることを知った平賀源内の紹介によるものだとか。もしかしたら、学問、芸術、発明などあらゆるジャンルで天才的な才能を発揮した平賀源内のアイデアによって、この印象的な扉絵が完成したのかもしれない――なんて想像しながら鑑賞するのも、本展の楽しみ方のひとつかもしれない。

杉田玄白、前野良沢、中川淳庵ほか訳『解体新書』より 1774年刊 

刑場で解剖を見学した際に所持していた解剖書『ターヘル・アナトミア』の正確さに驚き、翻訳を決めたという。オランダ語ができない玄白と淳庵、オランダ語の知識はあっても語彙に乏しい良沢を中心とした翻訳作業は苦労の連続で、暗号解読のようだったとも。

ワルエルダ著『人体解剖図詳解』より 1566年刊

銅版画による繊細なタッチの図版が美しい解剖書。左が『解体新書』の扉絵のモデル。右の人骨も、思案しているようなポーズがユーモラスでもあり、鑑賞としても楽しめる。

〝健康レシピ本〟や〝眉メイク本〟も!

忽思慧著『飲膳正要』より 1320年(元代)成立

健康を維持するための食事療法を提案する養生書。献立や衛生方法が記されており、14世紀中国のレシピを知る貴重な史料。写真の『妊娠食忌』のページには、妊婦が気を付けるべき食べ物などが記されている。

当時の生活模様が描かれた詳細な挿絵が楽しいのは、中国最古の栄養学の専門書『飲膳正要』。皇帝の長寿に役立てるべく書かれたという点が特徴だが、一般的な献立や衛生方法も記載されているので、市民にも大いに役立ったはずだ。元代に制作されたものだけに、レシピには羊肉を使用した薬膳料理など、モンゴルの文化が色濃く表れている。

水島ト也ほか編『粧眉作口伝』より 書写年不明

剃ったり抜いたり描いたりと、顔のパーツの中でいちばん自在につくれる眉に特化した美容書。

並木正三著・浅野高造補著『容顔美艶考』より 1819年刊

左は歌舞伎役者の楽屋風景だろうか。浴衣姿の男性が化粧をし、その後方にいるのは劇場の衣裳係とみられる。女性は楽屋見舞いにやってきたご贔屓筋?

この2冊の書物は今でいう日本の美容雑誌だ。
『粧眉作口伝』は、さまざまな眉の形とその名称の意味、眉の描き方や使用する道具、髪の結い方などを解説した、眉メイクのハウツー本。もとになった書は17世紀後半に有職家(朝廷や公家の儀式や行事に通じた人)の水島卜也がまとめたとされるもので、複数の書写本が残っている。頭部のみで顔の輪郭を描かないことが多く、このままグッズのデザインにも使えそうなほどキュートだ。
『容顔美艶考』も化粧法を詳細に指南した美容本。季節ごとの化粧から外出先に合わせたもの、年齢や立場に適した化粧や、道具なども紹介。低い鼻には、厚い唇には…といった、気になるパーツの補整まで解説。さらには鏡を見なくてもできる化粧や、入浴時の化粧など、庶民に化粧が普及した江戸時代後期の暮らしぶりが想像できる。


〝養生〟を根底とする古代中国の伝統医療から、江戸時代のメイク法まで、書物で見せる展覧会は、歴史好きな人だけでなく、多くの人の知的好奇心を満たしてくれるに違いない。

展覧会DATA

東洋文庫ミュージアム

「東洋の医・健・美」

会場:東洋文庫ミュージアム(東京都文京区本駒込2-28-21)


会期:2023年5月31日(水)~9月18日(月・祝)

会期中休館日:火曜日

開館時間:10時~17時(最終入館は16時30分)
     9月8日(金)は14時最終入館、15時閉館

入館料:一般900円、65歳以上800円、大学生700円、高校生600円、中学生以下無料


問い合わせ:☏ 03・3942・0280

ホームページ http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/

Twitter @toyobunko_m