三菱のアート

2023.06.15

実は…なんて楽しい江戸時代!サムライもこっそりおしゃれを堪能?

静嘉堂文庫美術館「サムライのおしゃれ」展は驚きの連続だ!

戦国の世、サムライにとっての晴れ舞台である戦場において、武将たちは派手で豪華な鎧兜で身を護った。戦国武将のファッションリーダーともいわれる伊達政宗は漆黒の甲冑に派手な陣羽織、兜にはキラリと光る三日月の前立てという装い。真田幸村の鹿の角、前田利家のトンボ、直江兼続は漢字の「愛」をと、兜の前立てだけを見ても相当ユニークだ。NHK大河ドラマ『どうする家康』で奮闘中の徳川家康にいたっては、西洋の甲冑と、しころ(首筋を護る兜のたれ)など日本式の具足を折衷して用いたとか。こうした戦国武将のおしゃれは、神仏への信仰や戦に向かう覚悟を示し、個性を表現するためのまさしく〝武装〟だったのだ。
さて、今回紹介する6月17日(土)から静嘉堂文庫美術館@丸の内で開催される展覧会「サムライのおしゃれ ―印籠・刀装具・風俗画―」では、いったいどんな武将のおしゃれアイテムが見られるのか――と思えば、なんと戦のない平和な江戸時代のサムライのおしゃれに焦点を当てたものだという。これは、いったい…?

●江戸時代のサムライのおしゃれは登城時のドレスコードから生まれた!?

石黒是美「花鳥図大小鐔三所物」
江戸時代・19世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

刀に装着される刀装具。上から鐔(つば)、笄(こうがい)、小柄(こづか・左)、目貫(めぬき・右)。結った髪を整えた頭皮を掻くのに使用されたという笄、小刀をはめてペーパーナイフのように使う小柄、柄に付ける装飾金具の目貫という3品は三所物(みところもの)と呼ばれた。笄と小柄は、鞘(さや)の表裏に設けた専用の穴(笄櫃・小柄櫃)に装着。

江戸時代の武士は活躍を披露する戦はなく、重要なお役目といえばたまのお城への登城か。ここぞとばかりにおめかしして出かけたいところだが、小袖(着物)の上に肩をピンと張らせた肩衣とお揃いの袴を着けた一般礼装の裃(かみしも)姿、大小の二本差は黒塗りと、登城には厳格なドレスコードがあり、好き勝手に着飾ることができなかった。
そこでサムライは考えた、「限られた細部に凝るのが本物のおしゃれ!」だと(多分…)。

その〝細部のおしゃれ〟のひとつが、上の画像のような刀装具。刀の鞘は皆一様にピッカピカの黒塗りだが、見えにくい小さな部分に工夫を凝らして個性を発揮したのだ。花鳥風月や吉祥文様などを意匠化し、ほんの数センチ四方に金工師は技を競い、彫刻や象嵌などさまざまな装飾技法が極まっていく。こうした江戸時代の刀装具は現代のネクタイピンやカフスボタンのように、見えるか見えないかのギリギリの部分で楽しむおしゃれアイテムだったのだ。

●静嘉堂文庫美術館が所蔵する276点から、選りすぐりの約40点を公開!

原羊遊斎「雪華蒔絵印籠 蒔絵根付 雪華文鏡蓋」 
江戸時代・19世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

江戸時代後期に活躍した蒔絵師、原羊遊斎(はらようゆうさい)の作。江戸琳派のスーパースター・酒井抱一(さかいほういつ)の下絵による印籠や櫛類を制作して人気に。本作は、古河藩藩主であり「雪の殿様」とも呼ばれた土井利位(どいとしつら)が、自身が顕微鏡で観察して記した『雪華図説』の雪の結晶図をもとに、原羊遊斎に注文した品。目を奪われるこの現代的なデザインは、展覧会グッズとして販売される、かまわぬ製のてぬぐいにも採用されている。

原羊遊斎「秋草虫蒔絵象嵌印籠 象牙彫根付 鹿置物」
江戸時代・19世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

酒井抱一の下絵と原羊遊斎の蒔絵という、当時ヒットしたコラボ作のひとつ。秋草や昆虫を意匠とした印籠に、秋の季語でもある鹿の根付を用いている。

吉村寸斎「木目地馬蒔絵螺鈿印籠 焼物根付 面」
江戸時代・19世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

尾張徳川家の御用蒔絵師、吉村寸斎(よしむらすんさい)の作で、本展にて初公開されるもの。金蒔絵によって木目に見えるよう地模様が施された本体には、螺鈿による2頭の馬が。根付はユニークなひょっとこ面のやきもの。

もうひとつ、サムライの〝細部のおしゃれ〟といえば印籠だ。もとは常備薬を入れるピルケースで、安土桃山時代に登場したようだが詳細は分かっていない。慶長19(1614)年、新興都市だった江戸で、印籠や巾着などの緒を切って盗むスリが多発したという記録があり、江戸初期にはすでに印籠は装身具として定着していたとみられる。裃、大小二本差、そして印籠が、江戸時代のサムライの正装3点セットだったのだ。
藩お抱えの御用蒔絵師につくらせたほか、専門職としての印籠蒔絵師も登場し、印籠はピルケースからファッションアイテムとして一般化。こちらも花鳥風月に吉祥文様、あるいは古典文学や中国の故事なども意匠化された。とくに徳島藩の第10代藩主だった蜂須賀重喜(はちすかしげよし)は印籠好きとして知られ、蒔絵師の飯塚桃葉(いいづかとうよう)の活躍をバックアップしたとか。
そんな印籠だが、これまで3度の〝クライシス〟が起こっている。最初は明治維新による文明開化で、廃仏毀釈のように江戸時代の流行りものも不用品とみなされ、多くの印籠が海外に流出した。2度目は戦後で、3度目がバブル崩壊後の現在といわれている。贅を尽くした素材、物語性のある意匠、卓越した職人の技が手のひらサイズに凝縮された印籠は、海外コレクターのもとへ渡ったり、欧米の美術館に収蔵されたりしているのだ。

そんな印籠を、なぜ静嘉堂が多数所蔵しているのだろう。
明治25(1892)年に、三菱第2代社長の岩崎彌之助によって創設された静嘉堂文庫には、彌之助が好んだこともあって刀剣や刀装具の名品が多く所蔵されている。岩崎家は武士階級出身ということもあり、江戸時代の武士の文化や教養を継承していくという志をもって蒐集が行われ、日本や中国の古い書物や刀剣類、そして印籠も多くコレクションされたのだ。

本展「サムライのおしゃれ ―印籠・刀装具・風俗画―」では、所蔵する276点の中から初公開品も含めた約40点の印籠を、将軍や大名の御用をつとめた蒔絵師ごと展示。家ごとの好みや蒔絵師・流派の作風がわかる展示というところが新しく、おもしろい。
足が止まってしまいそうで混雑が懸念されるが、ひとつふたつは細部までじっくり鑑賞したいものだ。

●江戸は江戸城、京都は四条あたりがファッションスポット!?

(右隻)

(左隻)

重要文化財「四条河原遊楽図屛風」
江戸時代・17世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

京都の四条河原あたりを描いた風俗図。遊女歌舞伎が行われている芝居小屋やさまざまな見世物小屋、的を射る矢場などで遊ぶ人々のなかで注目したいは、大小二本差だが月代(さかやき)も剃っていない武家の若者たちのファッションだ。

江戸時代初期には、京都のにぎわいを描いた風俗図が多く制作された。静嘉堂文庫美術館が所蔵する「四条河原遊楽図屛風」もそのひとつ。本作をファッション視点で眺めてみよう。

図1

図1で珍獣(ヤマアラシ)に見入る若者の緑色の小袖には、松皮菱という伝統文様が鹿の子絞りで染め抜かれている。左腰にはそれぞれ鮫皮に黒漆と朱漆をかけて研ぎ出した鞘の刀を、右腰には珊瑚の緒締を付けた金蒔絵の印籠が。右隣の月代を剃ったサムライは、刀も印籠も黒塗りという登城時のようなシブい取り合わせ。

図2

図2は犬の曲芸を見る若い男女で、集団デートなのか、あるいは隣り合わせた女性に声をかけているところなのか…。男女とも、柄オン柄など自由なコーディネートが楽しい。

図3

図3の鴨川に架かった橋を渡る、黒地に桐紋を染め抜いた小袖の男は、朱塗梅花皮鮫研出鞘(しゅぬりかいらぎさめとぎだしざや)の大小揃いの二本差に、真っ赤な珊瑚の緒締が付いた金沃懸地(きんいかけじ)の印籠を携帯。揃いの二本差は大変贅沢なものだが、揃いではないものを合わせて二本差とするのもファッションセンスの見せ所。

図4

図4は左側の二人に注目。白い肌は美少年の証であり、腰の刀の意匠も小洒落ている。その後ろを布を抱えて歩くのは奉公人のようだが、黒地に朱色の蛭巻(ひるまき)という装飾を鞘に施した脇指を帯びていることからも、彼らが良家のぼんぼんであると想像できる。

こうして街に遊ぶサムライのコーディネートや、刀や印籠といった携帯品を子細に見ていくのが風俗図の楽しみ方のひとつなのだ。

●土佐藩士が幕末に英国女王から下賜されたサーベルを書庫から発掘!

「サーベル形儀仗刀」後藤象二郎拝領 C.SMITH & SON社 
ヴィクトリア朝時代・1868年 静嘉堂文庫美術館蔵

京都で明治天皇に拝謁しようとしていた英国公使の隊列を、攘夷派の志士が襲撃した事件が発生した日付と、後藤象二郎に贈る――との言葉が記されている

さて、次に紹介するのはサムライの刀にあらず。先日報道され話題になったが、静嘉堂文庫の書庫から見つかった、英国ヴィクトリア女王から贈られたサーベルだ。
英国公使のハリー・パークスを暴漢から身を挺して守ったということから、薩摩藩出身の中井弘蔵(弘)と土佐藩士の後藤象二郎にそれぞれ下賜されたもののひとつ。中井が拝領したサーベルは娘婿の原敬(第19代内閣総理大臣)が受け継いだのち京都国立博物館に寄贈、現在も同館が所蔵している。
いっぽうの後藤象二郎のサーベルは長らく所在不明だったが、美術館の丸の内移転にむけて静嘉堂文庫の書庫を整理していた司書によって発見されたのだ。漆塗の箱に、パークス直筆の書状を含む一式が収められていた。実は後藤の長女・早苗が嫁いだのが岩崎彌之助であったことから、岩崎家に継承されたよう。これほどのお宝がひっそりと眠っていたとは!

武士にとっては活躍の場がほとんどなかった江戸時代だが、幕末のサムライが実は活躍していたという証でもあるこのサーベルは、本展にて初公開される。

●何度見ても見飽きない!以前と違って見える?…のわけ

国宝「曜変天目(稲葉天目)」建窯
南宋時代・12~13世紀 静嘉堂文庫美術館蔵

静嘉堂文庫美術館を代表する至宝のひとつ、国宝「曜変天目」は今回も展示される。丸の内に移転してからのすべての展覧会に出展されているが、実は展覧会ごとに見え方が違うことに気づいた人はいるだろうか。
「曜変天目」は専用ケースに収められての展示だ。ほかにも同様の展示ケースはあるが、「曜変天目」のケースだけ照明が異なるという。茶碗の見込み(内側)を狙って真上からLEDライトが照らすよう基本設計がなされているが、照度や色温度、別の照明をどう当てるかによって、曜変という予期せず生まれた模様や茶碗そのものの見え方が違うのだとか。何度見ても飽きることがないのは、こうした展示の工夫によるところもあるかもしれない。

刀剣女子が狂喜乱舞するテの展覧会とは違うが、江戸時代のサムライがこっそり楽しんだおしゃれアイテムの超絶技巧的な細工にびっくり、豊かで自由で楽しい江戸時代の街の様子にびっくり、静嘉堂文庫の発掘お宝にびっくりの展覧会。梅雨時のお楽しみに、ぜひ!

静嘉堂@丸の内

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会期中の2023年7月30日(日)まで

展覧会DATA

「サムライのおしゃれ ―印籠・刀装具・風俗画―
Samurai Style: Inro, Decorative Sword Fittings, and Genre Paintings」

会場:静嘉堂文庫美術館(東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1階)


会期:2023年6月17日(土)~7月30日(日)

会期中休館日:月曜日 ※7月17日(月)は開館、7月18日(火)休館

開館時間:10時~17時(金曜日は18時閉館、入館は閉館の30分前まで)

入館料:一般1,500円、大学・高校生1,000円、中学生以下無料

※日時指定予約優先(当日券も販売)


問い合わせ:☏ 050・5541・8600(ハローダイヤル)

ホームページ https://www.seikado.or.jp/

Twitter @seikadomuseum