三菱のアート

2023.09.28

文化や宗教から香辛料までが行き交った!

東洋文庫ミュージアムで
企画展「東南アジア~交易と交流の海」開催

1973年以来、日本とASEAN(インドネシア、カンボジア、シンガポール、タイ、フィリピン、ブルネイ、ベトナム、マレーシア、ミャンマー、ラオスの10か国による東南アジア諸国連合)は、アジア太平洋地域の平和と発展のために協力関係を築いてきた。その日本ASEAN友好協力50周年を記念して、今秋は各地でさまざまなイベントが行われている。そんななか、東洋文庫ミュージアムでは企画展「東南アジア~交易と交流の海」を開催。意外と知られていない東南アジア諸国の文化や歴史を知ることができる本展を、展示構成に沿って“美的見どころ”という視点で覗いてみよう。

ジャワ島の影絵芝居の人形は、水牛の革に美しい透かし彫りが!

「ワヤン・プルウォ」オランダ国立民族学博物館編

「ワヤン・プルウォ」オランダ国立民族学博物館編
20世紀前後 アムステルダム刊 東洋文庫蔵

第一部の「東南アジアを俯瞰する」は、東南アジアで多様な文化が育まれたのはなぜか? ――を、国別ではなく文化的背景からひもとく。


東南アジアは、海路と陸路によって東西の他地域との交流をもった。中国やインドの宗教、文字を取り入れたり、15世紀後半以降は島嶼部でイスラム化が進むなど、古くから東南アジアでは外来の文化が基層文化のなかに選択的に取り入れられた。


上図の「ワヤン・プルウォ」は、ジャワ島の伝統芸能ワヤン・クリ(影絵芝居)で使用される人形。水牛の革に透かし彫りが施されたものだ。日本で影絵といえば障子やスクリーンなどに影を映して鑑賞するものだが、ワヤン・クリでは主として逆光がつくり出すシルエットを鑑賞。日本式の順光によってできる影より輪郭や細部が鮮明に見え、また明るさによっては色柄なども見えるため、本作のように細かな透かし彫りや色彩が施されたものが作られたのだ。

『パーリ語聖典』

『パーリ語聖典』 東洋文庫蔵

仏教が誕生した紀元前6世紀頃に、インドで使用されていた民間語(方言)のひとつであるパーリ語による聖典。細長いヤシの葉に鉄筆でクメール文字が削り記されている。日本では紙以前は木片を筆記媒体に使用していたが、東南アジア、南アジアではヤシなどの植物の葉を加工した貝葉(ばいよう)が用いられた。

ヨーロッパとは“香辛料”で結ばれた!? 絵図に見る交易の中心地・東南アジア

第二部は「交易の中心地としての東南アジア」を紹介する。


東南アジア特有の自然環境が育んだ香辛料や香料(香木)は、ヨーロッパや中国に盛んに運ばれていた。香辛料はムスリム商人とベネチア商人を介してヨーロッパで流通した。しかし、15世紀以降は、新たな航路が開拓され、ヨーロッパと東南アジア間で直接交易が可能に。東南アジアの特産物であるコショウ、シナモン、クローブ、ナツメグなどはヨーロッパの食文化で需要が高く、また線香の原料にもなる香木は中国にも盛んに輸出されている。

『モルッカ諸島図』

『モルッカ諸島図』サンソン
17世紀 東洋文庫蔵

西洋人や中国人に香料諸島として知られていたモルッカ諸島は、現在のインドネシア、フィリピン、ニューギニアに囲まれた海域に点在する島々からなる。製作者のサンソンは17世紀にフランス国王に仕えた地理学者で、“フランスの地図製作の父”と呼ばれた。

『東インド諸島への航海』

『東インド諸島への航海』
1915~1925年 デン・ハーグ刊 東洋文庫蔵

1596年、オランダ船団が初めて東南アジアに到着。この図は一行がインドネシアの西ジャワ州の、香辛料貿易の拠点バンテンに寄港した際に、外来商人を相手に商談を進める女性を描いたもの。

香辛料や香料がヨーロッパや中国・日本などへ渡り、ヨーロッパからはカトリックの布教を目的に宣教師が来航するなど、交易と交流が盛んだった1600年以降に、イギリス、オランダ、フランスで次々と設立された東インド会社。この貿易会社の職員としてジャワ島に派遣されたのが、1819年にシンガポールを創設することになるトーマス・ラッフルズだ。


下図『ジャワ誌』に描かれているのは、現地の花嫁と農村風景。ラッフルズはジャワ副総督として前近代的政治に改革を加えただけでなく、遺跡の発掘・修復や植物園を設立するなど、学術や文化面でも貢献。そんな彼がイギリスに帰国した直後に刊行した『ジャワ誌』には、同地の歴史、地理、民族、言語、宗教、農業、動植物などが綴られた。本書の色彩豊かな挿絵に、ヨーロッパの人々が見た異国文化が鮮やかに蘇るかのようだ。

『ジャワ誌』

『ジャワ誌』ラッフルズ
1817年 ロンドン刊 東洋文庫蔵

画集や探検記で楽しむ東南アジアの豊かな自然

山脈の合間を河川が流れる大陸部と、マレー半島と大小の島々からなる島嶼部、東南アジア。第三部「東南アジアの景観を楽しむ」では、特異な地形と気候が育んだ自然環境や、多様な動植物が生息する土地の豊かさ、現在は観光地として人気の文化遺産アンコール・ワットなどを、絵画や記録図から楽しめる。

『世界周航画集』

『世界周航画集』エデュアルド・ヒルデブラント
1871~1874年頃 ベルリン刊 東洋文庫蔵

ドイツ出身の風景画家ヒルデブラントは1862年から数年をかけてアジア各地とアメリカを巡り、行く先々の情景を描いた。本作は帰国後に開かれた水彩画展出品作の一部を石版画にしたもの。

『世界周航画集』

『インドシナ探検行』F.ガルニエ著 L.ドラポルト画
1873年 パリ刊 東洋文庫蔵

本書は、フランス海軍が1866年から1868年にかけて実施したインドシナにおける探検の記録。さまざまな民族の容貌、風俗、習慣などが記されている。アンコール遺跡群は詳細な解説とともに美しい挿絵を収録。

推古天皇の時代から江戸初期の朱印船貿易まで、東南アジアと日本の交流

第四部「日本と東南アジア 交流の足跡」では、遣隋使や遣唐使を始めた8世紀頃まで遡る。 奈良時代の養老4年(720年)に成立したとされる日本の歴史書『日本書記』には、貴族文化や仏教儀式に東南アジアの香木が重用されていく発端となるような記述が。推古天皇の時代(593~628年)に瀬戸内海の淡路島に漂着した沈香の木片を、それとは知らず薪と一緒に燃やしたところ、大変いい香りが漂ったことから朝廷に献上したと伝えている。

『日本書記』

『日本書記』
1615年刊 東洋文庫蔵

右ページの4行目から、沈水に関する記述が見られる。

『長崎見聞録』

『長崎見聞録』広川獬
1818年刊 東洋文庫蔵

長崎で取引されていた東南アジアの産物も紹介されている。

また、14世紀末に中国の品を日本や東南アジアへ、またその逆ルートで中継貿易を行ったのが琉球だ。徳川幕府が開かれた17世紀初頭には、密貿易や海賊が増えるなかで幕府が正式に許可した朱印船貿易が、おもにベトナムやフィリピン、タイへ向けて行われた。


アジアの歴史や文化に関する専門図書館であり、研究所でもある東洋文庫。鑑賞や装飾目的では作られていない史料も、ポイントをおさえておくと興味深く、面白く見ることができるだろう。

美術館データ

東洋文庫ミュージアム

「東南アジア~交易と交流の海」

会場:東洋文庫ミュージアム(東京都文京区本駒込2-28-21)


会期:2023年10月4日(水)~2024年1月14日(日)

会期中休館日:火曜日、年末年始(12月28日~1月2日)

開館時間:10時~17時(最終入館は16時30分)
     11月15日(水)は14時最終入館、15時閉館

入館料:一般900円、65歳以上800円、大学生700円、高校生600円、中学生以下無料


問い合わせ:☏ 03・3942・0280

ホームページ http://www.toyo-bunko.or.jp/museum/

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