三菱に関連する三菱一号館美術館、静嘉堂文庫美術館、東洋文庫ミュージアムでの展覧会やイベントを通じてアート鑑賞を楽しむ機会を…という思いで、この「三菱のアート」がスタートしたのは2023年の4月13日。ところがその4日前に三菱一号館美術館は設備の入れ替えと建物のメンテナンスのため長期休館にはいっていた。その休館期間中は、三菱一号館美術館が所蔵するトゥールーズ=ロートレックの作品を使用した巨大な仮囲い装飾などについて紹介する記事を7月に配信したきりだが、いよいよ再オープンをお知らせできる運びとなった。11月23日(土)から始まる展覧会「再開館記念『不在』-トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」の見どころを紹介しよう。
三菱一号館美術館といえばロートレック!
見慣れたなんて言わせない、テーマと構成が魅力
展覧会タイトルからすると、ロートレックとソフィ・カルというふたりのアーティストによる企画展であることは想像に難くないが、“不在”とは? そもそもソフィ・カルって!? 本展覧会の担当学芸員である杉山 菜穂子さんにうかがった。
「しばらく休館していた後の最初の展覧会ですから、当館のコレクションの核であるロートレックに光を当てる展覧会がふさわしいと思いました。それで、2020年にコロナ禍で延期となった現代アーティストソフィ・カルさんの展示もこの機会に行うことになったのです。
ソフィ・カルはロートレックと同じフランス人です。今回の展覧会は、企画の段階でソフィさんから〝不在〟というテーマをご提案いただいて、当館が所蔵するトゥールーズ=ロートレックの作品を〝不在〟と表裏の関係にある〝存在〟についても見直してみたいと考えています」
19世紀末のフランスで活躍したロートレックと、21世紀に現役で創作活動を続けるソフィ・カル。大きくは作家ごとの二部構成だが、このふたりの才能を結びつける〝不在〟とは一体どういうことなのだろう?
“不在”ながら象徴的なアイテムで存在を示したロートレック
今回展示されるロートレック作品のなかで、ソフィ・カルが提案した〝不在〟というテーマがわかりやすいのは「『イヴェット・ギルベール』表紙」だろう。歌手イヴェット・ギルベールが、ステージで常に身に着けていた黒い長手袋のみを描いた作品だ。ロートレックはお気に入りの画題であったギルベールの肖像を幾度となく描いているが、本作ではそのトレードマークの手袋のみを描くことで、不在ながらギルベールの存在を強く示したのだ。
「ロートレックはモンマルトルのスターたちを描いたことで知られていますが、単純にその姿を見せるだけではなく、トレードマークだけを描いて暗示的にその存在を示しました。描かれていないからこそ、その存在が強く生き生きと印象付けられているのです。そういう工夫は、ロートレックの作品全体に通じています」と杉山さんは言う。
“反復”の効果を最大限に生かしてパリの街を飾ったロートレック
ロートレックの代表作に、首元のマフラーが印象的な歌手のアリスティド・ブリュアンや、大きな帽子をトレードマークとした踊り子のジャヌ・アヴリルを描いたものが何枚もある。三菱一号館美術館が所蔵するロートレック作品にもそれらは含まれているが、ロートレックは、彼、彼女を描く際にはそのトレードマークを忘れることはなかった。それらを繰り返し描くことで、マフラーを首に巻いた恰幅のいい男性ならブリュアン、華やかな帽子の女性はアヴリルだと、鑑賞者はすぐに認識できるのだ。ポスターという商業アートで自らの存在を世間に示したロートレックは、「同じものが複数存在し、多くの人目にさらされる効果」もポスター制作から学んだのだろう。ポスターで身に付けたリトグラフの技法を用いた多彩な版画作品や、油彩画も残している。
リトグラフでありながら1点もの!?
三菱一号館美術館の多彩なロートレックコレクション100点以上を展示!
ロートレックといえば、確かに歌手や踊り子のポスターのイメージが強い。実際にポスター画家としての評価が先行し、フランスの国立美術館はロートレック没後も彼の油彩作品を受け入れなかったとか。ロートレックは商業画家であり、芸術家ではないということだろうか。そんな評価を覆すきっかけをつくったのが、ロートレックの親友であった画商のモーリス・ジョワイヤンだ。ロートレック没後、ジョワイヤンは遺族と協力して1902年にフランス国立図書館に版画作品を寄贈、1922年のロートレック美術館(フランス南部の都市アルビ)の開館に尽力する。
三菱一号館美術館が所蔵しているロートレック作品の大部分は、ジョワイヤンがロートレックの遺産として引き継ぎ、生涯手放さなかった「モーリス・ジョワイヤン・コレクション」だ。
「ポスターや版画といった完成作品だけでなく、試し刷りや食事会のメニューなどの貴重な作品が含まれているところが特徴です。多くの人がもつロートレックのイメージとはちょっと違う展示もお楽しみいただけると思います」
そんな展示のひとつが、カラー刷りと単色刷り2点の「メイ・ミルトン」であり、彩色が異なる「ロイ・フラー」だ。試し刷りやシリーズ作品も含まれる世界有数のロートレックの版画コレクションを誇る三菱一号館美術館ならではの展示といえるだろう。
ソフィ・カルの“不在”には驚きやお楽しみも
本展のテーマとして〝不在〟を提案したソフィ・カル。現代美術家の彼女の〝不在〟は、ひとひねりもふたひねりもある。
写真やオブジェとテキストを組み合わせた表現は彼女の特徴のひとつ。1990年にボストンのイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館からフェルメールやマネ、レンブラントらの作品が盗難にあった事件を作品にした「あなたには何が見えますか」シリーズや、テキストが刺繍された布をめくると写真が現れる「なぜなら」シリーズなどが本展に並ぶ。
「作品の盗難事件に着想を得た作品では、美術館の学芸員や警備員などから聞き出した言葉が作品の一部になっています。実際にイザベラ・スチュアート・ガードナー美術館では盗難時に現場に取り残されていた額だけを展示したことがありますが、ソフィは、その空っぽの額を見ている人を撮影した写真と現場の言葉でひとつの作品としてつくり上げました。テキストを読ませてから作品を見せる仕掛けをした「なぜなら」シリーズなど、彼女は鑑賞者をちょっと驚かせるような作品をつくります」
三菱一号館美術館所蔵作品に着想を得て制作された、
ソフィ・カルの「グラン・ブーケ」を初公開!
2019年、三菱一号館美術館を訪れたソフィ・カルが、当館所蔵のオディロン・ルドン「クラン・ブーケ<大きな花束> 」が展示室の壁の中に隠されていた「不在」の状態から着想を得たという。その際に美術館スタッフなどから聞き出した〝言葉〟から、テキストとそのイメージを用いた作品を制作。当館に寄贈されたそのソフィ・カル作「グラン・ブーケ」が初公開される。
新たな展示室での小企画展も見逃せない!
しばらく休館していた三菱一号館美術館だが、2010年に開館した当時と建物自体は変わらない。1894年建設のジョサイア・コンドル設計「三菱一号館」を復元した赤煉瓦の建物の風情も、人気のミュージアムカフェ・バー「Café 1894」も健在。変わったことは、テーマを設けてコレクションを披露する「小展示室」の開設。この「小展示室」では、美術館の活動の根幹となる所蔵作品、または寄託作品や貴重書を中心に、学芸員の学術的な興味・関心に基づく企画展示を行うのだとか。企画展とは異なるテーマで年3回、企画展と同時開催される(小企画展のみの入館は不可)。
今回の「再開館記念『不在』-トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」に加えて鑑賞できる小企画展は、『坂本繁二郎とフランス』。坂本繁二郎は、渡仏して学んだ明治から昭和期にかけての洋画家。印象派の画家を育んだブルターニュなどの自然に魅せられた坂本の作品と、関連する他の画家の作品を展示する。この小企画展も、三菱一号館美術館の新たな楽しみになるだろう。
美術館データ
再開館記念「不在」
-トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル
会場:三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
会期:2024年11月23日(土)~2025年1月26日(日)
会期中休館日:月曜日、2024年12月31日(火)、2025年1月1日(水・祝)
※11月25日(月)と12月30日(月)はトークフリーデーとして開館、1月13日(月)と20日(月)も開館
開館時間:10時~18時(金曜日と会期最終週の平日、第2水曜日は20時閉館、いずれも入館は閉館の30分前まで)
入館料:一般2,300円、大学生1,300円、高校生1,000円、中学生以下無料
※第2水曜日のみ17時以降入館のマジックアワー料金1,600円などもあり。詳細は公式HPにて。
問い合わせ:☏ 050・5541・8600(ハローダイヤル)
展覧会ホームページ https://mimt.jp/ex/LS2024