トップインタビュー

2023.04.13

三菱広報委員会

ターニングポイントを迎える日本において広報の使命とは

時代に合わせ形成される価値観と150年経っても変わらない価値観

三菱関連企業のトップのお考えやお人柄をお伝えする連載『トップインタビュー』。第1回は三菱広報委員会の垣内威彦会長(三菱商事会長)に、三菱広報委員会の果たす役割や『マンスリーみつびし』への思いを聞いた。

三菱広報委員会 会長 垣内 威彦

三菱広報委員会 会長
垣内 威彦

1955年兵庫県生まれ。1979年京都大学経済学部を卒業後、三菱商事に入社。飼料畜産部配属。オーストラリア駐在、生活産業グループCEOオフィス室長を経て、2008年に農水産本部長に就任。2010年に執行役員、2013年に常務執行役員生活産業グループCEOを歴任し、2016年4月から2022年3月まで代表取締役社長を務める。2022年4月より取締役会長。

――三菱広報委員会はグループのなかでどんな役割を果たしているのでしょうか?

垣内三菱広報委員会は1964年に設立され、2024年には60周年を迎えます。現在は三菱系企業36社が会員になっています。三菱広報委員会の役割は大きく二つあります。

一つは三菱グループの歴史、三菱ブランド、『三綱領』の継承です。こうしたグループのアセットを継承していく意義は大変大きいと考えています。三菱グループの歴史は、明治維新直後の1870年に岩崎彌太郎が海運事業を興したことから始まりました。今はグループ企業による株式の持ち合いも殆どなくなり、各社がそれぞれの方針に基づいて企業活動を行っていますが、グループのアセットは引き続き共有されています。例えば、三菱ブランドは国内に止まらず、グローバルでも広く認知されています。しかも、三菱の人はまじめで信頼できるとか、製品であれば精度が高く壊れにくいといったポジティブなイメージを持っていただいている。これは、創業以来、グループの先輩の方々が150年余りかけて築き上げた『無形資産』で金銭では測れない大きな価値があり、しっかり次世代に引き継いでいく必要があります。

もう一つが、三菱グループの広報としての役割です。私は、企業の広報活動は非常に大きな可能性を秘めていると考え、三菱商事の社長時代も広報業務のウエートを高め、質・量ともに強化してきました。なぜかと言うと、企業としての考えや目標、社会課題に対する姿勢をステークホルダーの皆様やメディアなどに向かって発信する重要な任務だからです。三菱広報委員会であれば、グループ36社の従業員80数万人、さらにその家族や友人・知人など200万人、300万人の方々に、三菱グループが現在どんなことを考えていて、社会課題にどう向き合おうとしているのかを伝えることができます。そうしたさまざまな発信が、日本国民の価値観を形成していくのです。少々大袈裟かもしれませんが、私自身も国益につながるようなコンセンサスを得るための努力を惜しまないという覚悟を持って、三菱広報委員会の会長職に就任しました。

インタビューを受ける垣内会長

三菱広報委員会の会長に就任して2年目となる垣内会長。随所にユーモアを交えながら、日本が抱える課題から『三綱領』まで幅広く語った。

岐路に立つ日本で今私たちがやるべきことは

――三菱グループは創業時から日本が抱える大きな課題に向き合ってきた『社会課題解決型企業』の先駆け的存在です。現在の日本が抱える課題をどのようにお考えですか?

垣内今、日本は大きなターニングポイントを迎えています。そのなかで、先ほどお話しした国民のコンセンサスを得なければいけない重要な課題が三つあります。

一つ目はエネルギー問題です。日本のエネルギー自給率は10%程度で、OECD諸国と比べても低い水準です。コストを抑えたエネルギーを自給していかないと、グローバルで競争力を持つ産業が育ちません。現状、大手企業は海外の需要国での生産がメインですから、40年ぶりの円安でも利益は出るでしょう。しかし、日本では産業が空洞化し、円安でも海外に輸出する商品やサービスがあまりない状況です。やはり、日本でイノベーションを起こして先端科学技術で世界をリードし、それを利用した工業製品を作って輸出すべきものは輸出する。そういう体制に持っていかないとなかなか貿易赤字から脱却できません。再び産業立国になり、安価な再生エネルギーを自国で供給しカーボンニュートラルを実現させる、という方向感で国民のコンセンサスを得ることは、時間はかかるが日本にとっては流れを変える絶好のチャンスだと考えています。

二つ目が人口減少問題です。日本の人口は1億2000万人台で推移していますが、人口カーブはピークを過ぎて減少局面に入っています。このまま人口減が進むと、2100年頃には明治初期と同程度の3000万~4000万人になるという予測もあります。これまでの歴史から見て、人口減少は国力の衰退につながります。そうしたなかで、この人口減少トレンドをどこかで転換させる必要があります。どうすれば子どもを産み育てたいと思って頂ける環境を作れるのかということをもっと優先順位を上げて取り組んでいく必要があると考えています。

最後の三つ目が防衛問題です。直近でも台湾や東シナ海の情勢が緊迫化し、米国と中国が対立を深めています。防衛力にはバランスが必要で、それが戦争を起こさない抑止力になります。日本は友好国とも協力して、きちんと対応していく必要があります。

――三菱グループはそうした課題に対して何ができるのでしょうか?

垣内日本は良い意味で高度な民主主義国家ですから、国民の賛同なしに政府が物事を動かすことはできません。従って、大切なのは私たちが発信することによって、日本にはこうした課題があるという認識を国民に持っていただくことです。日本が抱える課題を広く知っていただく、それだけでも大きな前進と言えます。その意味でも、広報活動は非常に重要なファクターとなります。『安全性を担保しながら原発を稼働させていかないと日本はもはや産業立国足り得ません』。『このまま少子化を放置していたら日本は明治維新の頃の人口になってしまいます』。私たちに出来るのはまずはこうした問題提起であり、いかにして解決するかはまた違う次元の話です。

三菱グループで共有される普遍的な価値観『三綱領』

――変化のスピードが速い時代ですが、三菱グループの企業はそれぞれの業界の第一線で活躍し続けています。各社に通底する根本的な価値観『三綱領』について、お聞かせください。

垣内『三綱領』は三菱グループ各社が共有する根本的な理念であり、三菱第4代社長の岩崎小彌太が1930年代に立案しました。最初が『所期奉公』、三菱グループが社会課題解決型ビジネスを行ってきた根底にはこの精神があります。といっても、単なる社会貢献ではありません。民間企業ですから利益を出すのが絶対条件です。課題解決と収益の両立を目指すと理解していただくのがいいかもしれません。次の『処事光明』は今で言うならコンプライアンスです。そして、最後の『立業貿易』は日本だけでなく世界と一緒にビジネスをしていこうというグローバル化宣言です。小彌太は企業の本質はいかにあるべきかという観点からこの三つの綱領に至ったと思うのですが、現代の私たちから見ても何の違和感もない先見性には驚くばかりです。

――社会課題の解決と収益を両立させるには何が重要ですか?

垣内変化のスピードが速い時代と言いますが、変化を起動させる最大の要因はイノベーションです。とくに科学技術のイノベーションは人々の暮らしや価値観を大きく変えます。そうすると既存のビジネスモデルがうまくいかなくなり、次世代のビジネスモデルに取って代わられます。これがトランジションです。例えば、私が三菱商事に入社した頃には算盤が支給されていました。それが計算機に変わり、やがて携帯電話で代用されるようになり、今はスマートフォンです。スマホには通信や計算だけでない多彩な機能が搭載され、今の若い世代は『スマホが一番大事』だそうです(笑)。昔は100年単位でしたが、こうしたトランジションのインターバルはどんどん短くなってきました。実はそのトランジションこそビジネスチャンスなのです。滅んでいく産業をソフトランディングさせながら次の時代を担う産業に可及的速やかに移行させていく、それがどれだけ手前で見えているかが鍵を握ります。うまく対応できれば素晴らしい社会課題の解決につながっていくはずです。大変難しいことですが、こうした意識を持っているか否かでも大きく違ってきます。

――最後に、『マンスリーみつびし』の読者へメッセージをお願いします。

垣内三菱グループの創業から150年余りが経ちました。創業以来、三菱ブランドを共有し三綱領という価値観を共有できる仲間がいて、これから先も10年、50年、100年と、未来の従業員の方々が新しい価値をつないでいってくれることと思います。そうしたなかで独立性を保ちながら一つの価値観を共有するグループ従業員の数少ない接点として、この『マンスリーみつびし』は大変重要な存在です。広報業務の重要性についての話をしましたが、今後も三菱グループの社会課題に取り組む姿勢やグループとしての思いを積極的に発信していけたらと思います。同時に、デジタル化によって読者のみなさんと双方でコミュニケーションを取る機会が増えれば、これほどうれしいことはありません。