Challenges for the Future:
助成者インタビュー

【vol.8】グローバル化・デジタル化する時代の新たな国際租税レジューム~多国籍企業による租税回避に対応する新しい「課税主権」を展望する諸富徹氏/京都大学大学院経済学研究科地球環境学堂教授

いま世界で1年間に生み出された富のうち8割以上を上位1%の富裕層が独占し、資産の偏在化をもたらしていると言われています。そのような格差を特に助長しているのが、グローバル多国籍企業による合法的な租税回避の問題です。こうした動きを変えるためには、単に一国の取り組みではなく、国際的な協調の流れが求められます。そこで今回はこの問題をテーマに研究を続けている京都大学大学院の諸富徹氏【写真1】に話を伺いました。

【写真1】諸富徹氏/京都大学大学院経済学研究科地球環境学堂教授
【写真1】諸富徹氏/京都大学大学院経済学研究科地球環境学堂教授

環境税から、グローバル化・デジタル化された世界での税問題へ

高校までは特に経済学を意識していなかった諸富氏が、研究者としてこの道に興味を持ち始めたのは大学時代にドイツに短期留学してからでした。ときは1989年。ベルリンの壁が崩壊して、その翌年に東西ドイツが再統一され、日本のバブル崩壊が始まりかけた大きな時代の曲がり角でした。

諸富氏は「当時、ドイツでは社会的に環境問題がクローズアップされていました。そのため、しっかりした環境政策が施されており、大きな刺激を受けました。そこで“環境経済学”という学問があることを初めて知り、学問的に環境問題を考えるときに経済学が大事な思考ツールになることに気づきました」と振り返ります。

日本で1990年代といえば、まだ環境問題が活発に語られることはなかった時代でしたが、諸富氏は環境経済学と財政学の2つのフィールドに軸足を置き、そのころから研究の中心テーマとして「環境税」を選んで博士号を取得しました。

その後、「自然」「環境」「人」を広義の意味で資本と捉えた研究を進め、炭素税やカーボンプライシングなど、環境政策上のさまざまな課題に取り組みました。それらがバックグラウンドとなり、現在のグローバリゼーションと租税の研究にもつながっていると語られます。

「環境税を研究していると、欧州では企業の国境を越える動きに目が向きます。たとえば、環境税を掛けると、企業は国境を越えて税金の安い国へ逃げてしまうことがあります。欧州では、そもそも税率を引き下げて国内企業を引き留め、さらに海外企業を引き寄せる“タックス・コンぺティション”(租税競争)が一足先に始まっていました。経済がグローバル化される世界では、税金をどう掛ければ良いのか、非常に大切な課題になるだろうと強く感じました」(諸富氏)。

さらに現在はテクノロジーが進み、デジタル化と国家が密接に関係しあう時代になりました。たとえば中国のようなすべてを党が握る一党独裁の共産体制では、IT企業が国の家僕として機能しますが、一方で米国のような資本主義体制では、民間のIT企業の育成と同時に、国境を越えて活動する多国籍企業に対して独占禁止法の適用を視野に入れた政策が進められています。

諸富氏は「2010年代になって、それまで以上に急成長した巨大多国籍デジタル企業が、低税率国やタックス・ヘイブン(租税回避地)へ移転を進めたことで、租税回避の問題が深刻化しています。特にGAFAM(注1)をはじめとしてデジタル企業の多くは、従来までの多国籍企業が扱っていた物理的なモノではなく、客観的な価格付けが難しい“無形資産”を扱っています。無形資産には、ブランド、顧客データ、特許、ノウハウ、ビジネスモデルといった知的財産が含まれており、これらの価値を評価して価格取引の妥当性を判断することが極めて難しいため、より問題を複雑にしているのです(ただしAmazonは有形・無形の中間に位置する企業)」と強調します【図1】。

(注1)GAFAM:IT企業の雄であるGoogle、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftの5社の頭文字を取った言葉。

【図1】タックス・ヘイブンの仕組み(出典:『グローバル・タックス――国境を超える課税権力』P41 )。まず日本本社で生み出された知的財産を、何らかの方法でタックス・ヘイブンの資産管理会社に移す。この資産管理会社は、アメリカ子会社に対して、その知的財産を利用して製品・サービスを製造販売する許諾を与え、特許料を受け取る仕組みを構築する。こうすることで、アメリカ市場で稼いだ利益は、特許料という形でタックス・ヘイブンに集積し、租税を回避することができる。
【図1】タックス・ヘイブンの仕組み(出典:『グローバル・タックス――国境を超える課税権力』P41 )。まず日本本社で生み出された知的財産を、何らかの方法でタックス・ヘイブンの資産管理会社に移す。この資産管理会社は、アメリカ子会社に対して、その知的財産を利用して製品・サービスを製造販売する許諾を与え、特許料を受け取る仕組みを構築する。こうすることで、アメリカ市場で稼いだ利益は、特許料という形でタックス・ヘイブンに集積し、租税を回避することができる。

英国、欧州、OECDでの議論から見えてきた国際課税ルールの方向性

そこで、諸富氏は多国籍課税の日米欧比較に関する共同研究を通じて、新たな国際租税レジュームづくりの探求を目的に実態調査を進めるべく、三菱財団の助成を受けて、今回のテーマである「グローバル化時代における国際租税レジュームの形成と多国籍企業課税に関する研究」に取り組むことになりました。

「研究を進めていくなかで、経済協力開発機構(OECD)では、租税回避からデジタル課税(注2)の問題に焦点が移るようになり、国際課税ルールの構築が重要な課題になってきたことが分かりました。そのため調査対象をデジタル課税に絞り、欧州へ現地調査に行きました」(諸富氏)。

(注2)ここでいうデジタル課税とは、デジタル技術を中核とするビジネスモデルを擁するデジタル企業の収益、売上、あるいは付加価値に課税を行おうとする、あらゆる試みの総称として定義している。

諸富氏らは、2019年2月から1週間の日程で調査を実施しました。訪問先はOECDをはじめ、国際租税スキームの構築に取り組む国際機関や、英国・ドイツなどの政府、研究機関でした。

当時、英国では欧州連合(EU)離脱というBrexitの問題がクローズアップされていました。しかし対米国という視点でみれば、英国も欧州も領域内に有力な米国企業があり、そこから法人税収がまったく徴収できないという問題は共通課題になっていました。

この時の現地調査で「特に英国では、GAFAMなどのグローバル企業に対し、自国の消費者が利益に対して貢献しているという理論的な根拠を押し出し、いち早く課税交渉していることがわかりました。今回のデジタル課税の議論に先鞭をつけた点で大きな役割を果たしました」(諸富氏)。

実際に英国は2020年4月から、デジタルサービスの売上高に着目して企業に直接課税する「デジタルサービス税」(DST:Digital Service Tax)の導入を決めています。またEU圏も英国同様、自国で課税しようというアクションを起こし、交渉の場に米国を引っ張り出そうとしました。ただし各国・EU単体でDSTを進めるには、意見の不一致や二重課税などの問題もあり、いまはOECDの国際課税ルールに歩調を合わせる方向になってきています。

議論の潮目が大きく変わった、トランプ政権からバイデン政権への移行

このように三菱財団の助成で実現した欧州の現地調査により、国際機関や英国・EUなどの取り組みについての理解や考察が捗りました。さらに、研究メンバーと連携を取りながら世界全体の動きについて情報収集していきました。時間は前後しますが、全体の動きについて説明していただきました。

まず第一に政治的な側面でのハードルとして、国際課税ルールの書き換えに基づくデジタル課税に対し、米国だけが反対のスタンスだったことがわかります。

「当時の米国トランプ政権は、もしもEU側でGAFAMに売上税をかけるならば、通商上の問題として訴え、報復関税を発動するという姿勢でした。そのため貿易戦争に発展しかねないという最悪の事態を、EU側としては避けたいという思いがあったのです」(諸富氏)。

一方で、OECDの米国に対するデジタル課税についての交渉において、その解決方法として優れていたのは「包摂的枠組み」(Inclusive Framework)と呼ばれるスキームでした。

「OECDは加盟国38ヵ国だけでなく、世界140ヵ国・地域を巻き込み、フォーラムを構成しました。新興国や発展途上国を交え、地理的なバランスも考慮に入れながら、丁寧に時間をかけて議論を積み重ねています。決して先進国が主導しているわけではない点が、これまで議論が潰れずに続いてきた大きな要因だと思います。」と諸富氏は説明します。

今回の研究の難しさを伺うと、まさに現在進行中のトピックスを扱っているため、研究テーマの対象自体が政治的な思惑なども含めて時々刻々と変化し、どのように動いていくのか分からなかった点にあったとおっしゃいます。

「もし、あのままトランプ政権が続いていたら、OECDの最終合意も空中分解していたかもしれません。そういう政治的な側面も研究を進める際のハードルになっていましたが、米国で政権が変わったことで流れが大きく変わり、現在はようやく着地点もみえてきました」(諸富氏)。

いま米国では、左派リベラルが求める巨大な財政計画が策定されつつあります。脱炭素化に向け、スマートハウスやEVの推進に向けた充電スポット建設などを強力に推進する方針です。これらの財源として増税をセットで考えており、法人税を引き上げようとしていますが、その観点からも今日の国際租税スキームは有効です。

「米国内で法人税が引き上げられ、海外での税率がより高くなると、米国企業の競争力が削がれ、海外に拠点を移す動きが始まります。それを見越したバイデン政権は、OECDの合意を急ぎ、世界のどの国でも法人税をきっちり取れる体制を整えようとしているわけです。そうなると、米国企業は海外へ拠点を移すメリットがなくなります。今後はOECDを中心として国際的な租税レジュームの枠組みが進んでいくことは、まず間違いないでしょう」(諸富氏)。

実際にOECDのよる議論の成果は、最近、新聞でも大きく報道されたG20(金融世界経済に関する首脳会合)の合意としても表れました(注3)。まさに2019年初期から政府や国際機関の取り組みの動きを事前調査してきた諸富氏らの研究グループの予想通りの流れになっているようです。

(注3)2021年10月に米ワシントンで開催されたG20 では、デジタル課税について売上高200億ユーロ超・利益率10%超の企業を対象に、「売上の10%を超える超過利益の25%を市場国に配分すること」「それに伴い各国が独自に導入しているDSTは廃止すること」を、2023年を目標に実施していくと発表。また法人税の最低課税率(実効税率)を15%にするという最終合意がなされ、この合意を受けて各国・地域で2022年から国内手続きに入るという。

国際的な枠組が進むなかでの日本のイニシアチブと、今後の研究の取り組み

諸富氏はこのように国際的な租税レジュームに関する合意が進んでいくなかで、少し気になる点があるとおっしゃっています。それは日本のイニシアチブです。もともと日本は国際標準の策定や合意への取り付けが不得意な国というイメージがあります。

「実は、この問題について日本はあまり議論をしておらず、国際的にも発信してきていませんでした。というのも欧州のようにタックス・ヘイブンが近隣になく、国として租税回避で多大な被害を受けていないからです。アジアでは香港やシンガポールのような地域もありますが、欧州のような使われ方もされておらず、税収の損失度合いも薄いのです。また日本企業には納税意識の風土もあるように感じます」(諸富氏)【表1】。

したがって日本にとっては、この税制問題が喫緊の課題にはなっておらず、英国や欧州と意識の違いがあるわけです。とはいえOECDにおいては日本の貢献度も高く、日本の財務省で副財務官だった浅川雅嗣氏(現アジア開発銀行総裁)が派遣されてアジア人として初のOECD租税委員会議長に就任、OECDでの議論を先導したほか、資金拠出や京都での会合開催などでOECDの議論を支えたことは高く評価されるべきだと思います。日本としては、OECDでしっかり議論し、国際的な枠組みさえ実現できればプラスの方向に働くため、あえて独自案を出さなくても日本の望む方向に向かっていくという見方なのです。

今回の研究を通じ、諸富氏は「経済のグローバル化だけでなく、デジタル化が資本主義にとって、どんな意味をもってくるのか、あるいは税金の問題を考える上でも、資本主義のこうした変化について考えなければいけない時期に来ていることが分かりました。これからは日本も、モノづくりが前提の社会からサービスを前提とした無形資産の価値を認識する社会に変わらざるを得ないでしょう」と力説します。

今後は、OECDのデジタル課税が合意されることを見越し、新しい税制上の動きを含めた研究に向けて、さらに取り組んでいくとのことです。米国では法人税の引き上げを検討しており、EUではコロナ後の復興基金がホットな議論を経て成立しました。

「その返済財源にEU税を導入しようとしています。これはEUが国家連合体から連邦制になる試金石となるものです。また日本も新しい経済の変化に合わせて、税制の在り方を変えていかねばならないでしょう。日本政府は、たとえ経営層や国民にとって耳の痛いようなことでも、次の時代を切り拓くためには、臆せずに問題を提起し、議論をリードしていただきたいですし、自分としてもそうした議論に貢献できる研究を続けていきたいと思います」(諸富氏)。

【表1】OECD加盟国で2015年に移転された利益の国別推計より作成。各国の企業の利益が国外に移転されることによって生じる法人税収の損失/税収(%換算)で10%以上の国をピックアップ。日本は他の先進国と比べて6%と低いことが分かる(出典:『グローバル・タックス――国境を超える課税権力』P53 )
【表1】OECD加盟国で2015年に移転された利益の国別推計より作成。各国の企業の利益が国外に移転されることによって生じる法人税収の損失/税収(%換算)で10%以上の国をピックアップ。日本は他の先進国と比べて6%と低いことが分かる(出典:『グローバル・タックス――国境を超える課税権力』P53 )

最後に、今回の財団からの支援についてもお伺いしました。

「人文社会科学系の研究において、歴史や制度の比較というアプローチで研究しようとするとき、いまは国の科研費以外では大きな助成制度をあまりみたことがありません。しかし、三菱財団から金額的にも大きな助成を頂き、とても役に立ちました。こういったサポートをする先駆的な活動は、我々にとって大切な存在です。過去に財団から助成を受けたテーマを拝見してみると、いかにも世に受けそうなものではなく、研究に根差した地道なテーマを選考されています。そのため研究の質も非常に高く、自分が選ばれたことが大変嬉しかったです」と喜びを語っていただきました。


プロフィール

京都大学大学院経済学研究科地球環境学堂教授
諸富徹氏

1998年京都大学大学院経済学研究科 博士課程修了、2010年3月より現職。2017年4月から京都大学大学院 地球環境学堂教授を併任。環境経済学をベースに、カーボンプライシングや再生可能エネルギー政策、電力市場に関する研究を推進。京都大学大学院経済学研究科「再生可能エネルギー経済学講座」代表も務める。 主著に『環境税の理論と実際』(有斐閣)、『脱炭素社会と排出量取引』(日本評論社、共編著)、『低炭素経済への道』(岩波新書、共著)、『脱炭素社会とポリシーミックス』(日本評論社、共編著)、『入門 地域付加価値創造分析』(日本評論社、編著)、『入門 再生可能エネルギーと電力システム』(日本評論社、編著)、『私たちはなぜ税金を納めるのか』(新潮選書)、『グローバル・タックス――国境を超える課税権力』(岩波新書)、『資本主義の新しい形』(岩波書店)など。環境省中央環境審議会「カーボンプライシングの活用に関する小委員会」など、国・自治体の政策形成にも多数参画。

取材を終えて…

気候変動対策にせよ、社会福祉政策の推進による格差社会の解消にせよ、莫大な公的資金の必要性は今後ますます世界中で高まり、経済のデジタル化やグローバル化を踏まえた新しい租税スキームの構築は、これまで以上に重要なテーマとなっていくでしょう。諸富教授は様々な分野で先進的なご提言を続けられてきましたが、今回のインタビューを通じて、改めて、学問的な立場に立脚し、綿密な調査・分析を踏まえたアプローチが重要なことを実感しました。三菱財団はこれからも自然科学のみならず、人文科学においても多様なテーマをしっかりと支援していきたいと思います。