Challenges for the Future:
助成者インタビュー

【vol.15】未来を担う高校生の学問への興味を育み、その成長をサポート国立大学法人 大阪大学

大阪大学豊中キャンパスにて。写真右より阪口教授、渡邉助教、チャンドラさん、山下さん
大阪大学豊中キャンパスにて。写真右より阪口教授、渡邉助教、チャンドラさん、山下さん

今回は、三菱みらい育成財団が助成する団体の中から国立大学法人 大阪大学を取材しました。大阪大学は、2015年度から「大阪大学の教育研究力を活かしたSEEDSプログラム~未来を導く傑出した人材発掘と早期育成~」(以下、SEEDSプログラム)を実施しています。現役高校生が大学の教育を実際に受け、研究も体験できるプログラムです。同プログラムで何を目指し、具体的にどういった学びと研究の場を提供しているのか、プログラムのコーディネーターを担当する教員、および同プログラムに参加する高校生をサポートする大学院生や研究生にお話を伺いました。

大学の学びと研究を体験でき、留学生との交流で異文化も実感できる

大阪大学スチューデント・ライフサイクルサポートセンターは、2022年に前身の高等教育・入試研究開発センターが名称変更して発足しました。吹田キャンパスに本部を置き、大学教育に関わることはもちろん、高校と大学を一貫して捉える高大接続や、卒業後のサポートまで含めて、学生の個別最適な学習支援を行う組織です。SEEDSプログラムも同センターが実施しています。

SEEDSプログラムがスタートしたのは2015年度で、すでに8年目に突入しています。開始から4年間は科学技術振興機構(JST)のグローバルサイエンスキャンパス(GSC)事業の支援を受けて実施され、GSCの基準や要求を満たすプログラムという側面が強くありました。その期間が終了し、2019年度からは大阪大学独自のプログラムとしてリスタート。高大接続事業の一貫として進められています。

SEEDSプログラムのSEEDSは「Science & Engineering Enhanced Education for Distinguished Students」の略。基本的には理系主体のプログラムですが、「文理の枠を超えた世界最先端の『知』にいち早く触れられる高校生向けプログラム」と位置付け、とりわけ2020年度に三菱みらい育成財団の助成を受けて以降は文理融合の要素を取り入れる傾向にあると、SEEDSプログラムのコーディネーターを務める阪口篤志教授は話します。

「高校に入ったばかりの段階では理系か文系かまだ決めていない人も多く、実際にSEEDSプログラムに参加したあと文系学部へ進んだ生徒もいます。将来を考えると理系一辺倒ではどうかと思いますし、理系の研究にも文系的な見方や考え方は必要なので、できるだけ文理融合の要素は入れていきたいと考えています」

阪口氏は大阪大学大学院の理学研究科でほぼ四半世紀にわたり原子核物理学の研究を続け、2021年に同センターへ移りました。

大阪大学 スチューデント・ライフサイクルサポートセンター 高大接続部 教授 阪口篤志氏
大阪大学 スチューデント・ライフサイクルサポートセンター 高大接続部 教授 阪口篤志氏

「SEEDSプログラムは、高校生が大学を訪れて、その雰囲気を感じることができるのはもちろん、大学教員が行う講義を受け、研究室での研究体験もできるプログラムです。加えて、高校生同士のディスカッションや学んだことの発信、さらには留学生との交流もプログラムに含まれています」

基本は2年間で、1年目は8月から翌年3月まで、希望者はさらに2年目の4月から8月、または10月までかけてより深い研究を体感できます。最近の数字でいうと年に500〜600人が応募し、自由記述の課題をもとに1次選考を行って、1年目に参加する約130人が決定されます。2年目については例年50人程度の希望者から2次選考を行い、大学側の受け入れ態勢も勘案して、20人程度を選考。さらに、毎年3~4人は、3年目も研究を継続したいという生徒がいるそうです。

※1st stepの開始時期、2nd stepの終了時期は年度によって前後する場合があります
※1st stepの開始時期、2nd stepの終了時期は年度によって前後する場合があります

高大接続事業の一環ということで本来の対象は高校生ですが、中には中学3年で参加する生徒もいます。高校1年から始めると3年目は受験の関係もあり研究の継続が難しくなりますが、中学3年で始めれば3年目も心置きなく研究に取り組めると考えて応募してくるそうです。「ただし、中学生だからと特別なケアはしないので、高校生と同じ対応でよければ来てくださいと言っています」。

意欲を持つ生徒が自分で自分を育てていくためのサポートを意識

1年目は「体感コース」として、土曜午後を中心に年8、9回のイベントを設定。まずは大学教員の講義を受け、それをもとに少人数グループで議論を行います。さらに国際交流の場も設け、留学生と英語でコミュニケーションする中で異文化の体験を深めていきます。

基本的にはこの3つの要素を並行して進め、1年目の8月から翌1月までは研究にも取り組みます。生徒たちが自身の希望に沿って、指導教員が考えた中からテーマを2つ選び、研究室での研究を体験します。そして2年目は「実感コース」として、研究テーマをさらに深く追究していきます。なお、この2コースとは別に、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)や高校の科学クラブなどに在籍する高校生を対象としたコース、独自の力で研究計画を作成あるいはすでに進めている高校生対象のコースも用意しています。

SEEDSプログラムから何を得たいと考えるか、その理由や動機は人それぞれです。

「選考時にその点を聞くことはないので推測ですが、純粋に大学で行っている研究に興味がある生徒もいれば、入試に有利になるからという理由で応募する人も一定数はいるでしょう。しかし、その大半は自ら“学びたい、研究したい”という意欲を持った生徒で “学校の先生に言われたからきた”というケースはごく少数です」

阪口氏が強調するのは、生徒たちが実際の活動を通して、学びや研究への興味が育つことを願い、SEEDSプログラムの展開に取り組んでいるという点です。

「GSCの方針に即して進めていた頃は、“優秀な人材を選び、育てる”という発想の強いプログラムで、論文や発表で良い成績を出すことが推奨されていました。対して本大学独自の取り組みとなった今は、高校生本位のプログラムを目指し、高校生が将来に向けて自分で自分を育てていくためのサポートを心がけています」

三菱みらい育成財団の助成に応募しようと考えたきっかけは、GSCの支援を受けたプログラム実施期間が4年で終了したのち、プログラム継続のための予算を確保するためでした。プログラムを運営するセンターの事務局担当者と、サポートを協力してもらう学生や留学生の人件費が助成金の主な使い途だといいます。大学からも予算は出ていますが、それだけではプログラムを丁寧に回していくのは難しいため、助成金が役に立っています。

指導教員が驚くレベルの研究テーマに取り組みたいと希望する高校生も

高校生たちは実際にどのようなテーマに取り組んでいるのでしょうか。2022年度を見ると、遺伝子組み換えに関わる分子生物学の実習からナノの世界の観察、光の特性やプラズマ、海の波の速さ、鉄鋼の腐食、さらには医学や環境、デジタルに関わるものまで実にバラエティに富んでいます。これら多彩なテーマを大学院の理学研究科、工学研究科、基礎工学研究科などの指導教員が提案し、研究に協力する形をとっています。

(①)2年目以降の受講生が他団体との協力による交流会で、研究した内容を説明している様子。 (②~④)学部生・大学院生などに交じり、仲間と協力しながらSEEDSプログラムでの研究を進める高校生たち。取り扱う研究は、分子生物学の世界から工学、環境など幅広いテーマから選ぶことができる
  • (①)

    2年目以降の受講生が他団体との協力による交流会で、研究した内容を説明している様子。

  • (②~④)

    学部生・大学院生などに交じり、仲間と協力しながらSEEDSプログラムでの研究を進める高校生たち。
    取り扱う研究は、分子生物学の世界から工学、環境など幅広いテーマから選ぶことができる

大学院基礎工学研究科の渡邉望美助教は、プログラムの指導教員として2021年4月から2022年6月まで高校生との研究に携わりました。

「将来的に自分が活かせるものを獲得したいとハングリー精神を持った生徒が多いように感じています」

プログラム向けには、専門の生体膜に関するテーマで、高校生にも取り組みやすいものを提案しました。

「その中で、高校1年の終わりに『生体膜中のある種のタンパク質とアルツハイマー病や脳浮腫の関連性を明らかにしたい』という明確な意思をもってやってきた生徒がいました。すごいテーマを持ってきたとびっくりしたのを覚えています」
生徒の熱意を感じた渡邉氏は、高校生だからと特別に配慮することなく、その意図を酌みながら、大学生と変わらない対応を心がけたといいます。

大阪大学大学院 基礎工学研究科物質創成専攻 助教 渡邉望美氏
大阪大学大学院 基礎工学研究科物質創成専攻 助教 渡邉望美氏

渡邉氏は阪口氏とともに、高校生が一般の人を前に研究について発表する「SEEDSカフェ」というイベントもリードしています。

「研究室にきた頃は、やりたいことはあっても何をすればいいかわからないといった生徒が『人前での発表に向けてこういうデータを取らなければいけない。だからこういう実験をしよう』と逆算したスケジューリングもできるようになり、『自分を育てるために自ら計画していく』という自主性がぐんと伸びたと感じています」と、このイベントを開催する意義を教えてくれました。

大阪大学・京阪電鉄・NPOが共同運営するラボカフェ企画の一部として実施している、一般の方々に向けた研究発表の場「SEEDSカフェ」
大阪大学・京阪電鉄・NPOが共同運営するラボカフェ企画の一部として実施している、一般の方々に向けた研究発表の場「SEEDSカフェ」

自らプログラムに参加し、大学に入ってからは高校生をサポートする立場に

2015年度のSEEDSプログラム1期生として参加した経歴を持ち、大阪大学入学後はTA(ティーチングアシスタント)として高校生たちをサポートしている大学院工学研究科マテリアル生産科学専攻 生産科学コース修士課程1年の山下龍之介さん。京都の高校に通っていた高校1年のときに友人からSEEDSプログラムが始まると聞いて応募しました。

「もともと理科が好きで、高校の部活動も科学を研究するサイエンス部にいました。SEEDSプログラムで大学の講義を聴けるのはおもしろそうだという好奇心が応募のきっかけです」

大阪大学大学院 工学研究科マテリアル生産科学専攻 生産科学コース 山下龍之介さん
大阪大学大学院 工学研究科マテリアル生産科学専攻 生産科学コース 山下龍之介さん

2年目まで進み、用意された40ほどのテーマの中から選んだのは、第2希望の『水の物性変化に関する研究』でした。理学部化学科の研究室で、水にさまざまな物質を入れたときの冷え方の変化をテーマとして、春から夏まで月1度のペースで研究活動を行い、2年目のプログラムを終了。その後、指導教員からさらに半年の研究継続を提案され、より高度な内容の研究に移行します。
結果、2年目は翌春まで研究を続け、日本化学会での発表も経験。高校2年、17歳の冬のことで、当時、史上最年少の発表でした(ただし翌日、16歳の高校生にその記録は塗り替えられたとか)。

SEEDSプログラムの2年間で得たものは、参加者同士でよくディスカッションを行ったことから「多様な考え方があるということがわかり、それからは人の話をきちんと聞くようになりました」と山下さん。さらに「留学生との交流では、それほど得意ではなかった英語でも思いのほかコミュニケーションできる、断片的な単語を口にするだけでも相手が理解しようとしてくれる、という気づきがありました」

このような体験を経て高校を卒業した後、大阪大学へ進学。SEEDSプログラムで研究を進めた理学部ではなく工学部を選びましたが、今度は高校生をサポートする立場からSEEDSプログラムに関わることになります。
「高校では物理や化学、生物、あるいは数学とまとまったカテゴリーで学ぶところ、SEEDSプログラムでは大学同様、材料力学、素粒子論など細分化された学問分野で学ぶことができます。 “こういった分野もあるんだ”と、さまざまな学問を知るよい機会になることが、このプログラムのすぐれた点だと実感しました」

1年目の短期研究体験で、放射線検出器を工作している様子。
1年目の短期研究体験で、放射線検出器を工作している様子。
2年目。「水にさまざまな物質を添加したとき、液体としての物性がどう変化するのか」を調べる研究風景。
2年目。「水にさまざまな物質を添加したとき、液体としての物性がどう変化するのか」を調べる研究風景。

どのような高校生に参加してほしいかという問いに対して、「どんな人でもいいと思いますし、大学側も、どんな高校生でも受け入れられるように体制を整備し、期待に応えられるクオリティを準備すべきだと思います」と答えた山下さん。
自身のこれからについては「学問や研究は楽しいものだと伝えるため、SEEDSプログラムの講義以外にも中学生向けの授業をつくり、先生の仕事をしています。その授業づくりがとても楽しい。今後は、おもしろい授業づくりの教科書をまとめ上げて、出版したいですね。いつか必ずやるぞと決めています」と、SEEDSプログラムに啓発されて生まれた将来展望を語ってくれました。

数の美しさや数学の楽しさを伝えたい、と臨んだ交流イベント

次にSEEDSプログラムの留学生との国際交流でファシリテーターを務めた、インドネシア出身のエヴァン・ウィリアム・チャンドラ(Evan William Chandra)さんに話を伺いました。チャンドラさんは数理科学が専門で、この9月に大学院基礎工学研究科システム創成専攻 数理科学 博士課程を修了したばかりです。

修士課程1年のとき、研究以外のことにもチャレンジしてみたいと考え、留学生相談室で紹介されたSEEDSプログラムの交流イベントに参加しました。
交流では高校生たちが自国の文化などについて発表し、英語でのコミュニケーションスキルが高い高校生には取り組む学問や研究についても紹介してもらいます。

大阪大学大学院 基礎工学研究科システム創成専攻 数理科学コース エヴァン・ウィリアム・チャンドラさん
大阪大学大学院 基礎工学研究科システム創成専攻 数理科学コース エヴァン・ウィリアム・チャンドラさん

「これまで、研究でさまざまな数学の理論に接してきました。高校生たちには、数の美しさや数学の楽しさ、具体的な現象について数を使って抽象的に表せることなどを伝えたいと考えて、交流に臨みました」

ファシリテーターの活動を経て、国際交流における多様性を「ジュースではなくサラダ」。つまり見分けがつかないように混ざり合うのではなく、一つひとつの野菜や果物が見えるように存在するものと考えて臨まなければならないと確信したチャンドラさん。
今後は学問の世界を離れ民間企業に就職しますが、「母国の文化を忘れず、一方で、いろいろな考え方も認めていくことがとても大事。日本にも日本人以外の考え方や文化があることを、これからも積極的に発信していきたいと思います」と熱意を込めて話してくれました。

SEEDSプログラムで務めたファシリテーターの活動は、チャンドラさんの将来にも強いインパクトを与えたようです。

自分たちの未来づくりに向けて何をすればいいか、考えられる人を育てたい

大学独自の取り組みとなって4年目になるSEEDSプログラム。阪口氏にこのプログラムのこれからについてお伺いしました。

「大阪大学が実施するプログラムとしてどうあるべきかを考えるフェーズに入っています。個人的には、変えるべきところはどんどんと変えていかなければ、大阪大学としての目標を達成できないと考えています」

SEEDSプログラムのサブタイトルを見ると、大阪大学が目指すのは <未来を導く傑出した人材を発掘し、早い段階から育成すること>。

「この“未来”をどう捉えるかが難しい。“未来”と聞いて、若い人たちがどう思い、何を感じるか。大人は明るい未来があると簡単に口にしますし、私自身も高校の頃はそう信じていましたが、今の人は明るい未来と聞いただけでは実感が持てないのではないでしょうか。だからこそSEEDSプログラムでは、『未来は自分たちでつくっていくんだ』という強い意志を持ち、『自分たちの未来をつくるために今何をすればいいのか』を考えられる人を増やしていきたい。そういった思いでこれからも臨んでいきます」

その決意のうえで、三菱みらい育成財団をはじめ、よりよい教育に向けた問題意識を共有できる人々とともに高校生たちのサポートに取り組んでいきたい、と熱い思いを語ってくれました。

写真右より阪口教授、渡邉助教、チャンドラさん、山下さん、三菱みらい育成財団 高橋氏
写真右より阪口教授、渡邉助教、チャンドラさん、山下さん、三菱みらい育成財団 高橋氏

プロフィール

大阪大学SEEDSプログラム

大阪大学の高大接続事業として、工学部、基礎工学部および理学部の教員がその骨子を検討し、全学教育推進機構が母体となり2015年度より開始された高校生向けの教育プログラムです。その後、実施母体は、高等教育・入試研究開発センター高大接続部門、スチューデント・ライフサイクルサポートセンター高大接続部と変遷がありましたが、毎年150名程度の高校生が大阪大学を訪れ、大学教員、学部・大学院生、さまざまな国々からの留学生とともに、学び・体験し・行動することで自らを成長させる機会を提供しています。

取材を終えて…

SEEDSプログラム内で高校生が取り組む研究には何の「制限」もありません。ここに集う高校生は、まさに、高校教育における「特異点」たちといえるのではないでしょうか。高等学校という枠組みから飛び出した彼らに対し、大阪大学の研究室や研究者たちは、総力を挙げて、寄り添い、共に歩み、そして指導する。そして、阪口教授は、いろいろな体験を通して高校生自らが悟ってもらうことを大切にしていると言います。今回の取材を終え、SEEDSプログラムで育っていく若者たちが見る「未来」を、ぜひ私も見てみたいと感じました。三菱みらい育成財団は、これからもSEEDSプログラムを応援していきます。