Challenges for the Future:
助成者インタビュー

【vol.17】地域活性化につながる探究活動で地元への愛着と誇りを育む徳島県立池田高等学校

今回は三菱みらい育成財団が2020年に助成したプログラムのひとつ、徳島県立池田高等学校が取り組む「対話による阿波池田シビックプライド探究プロジェクト」を取材しました。豊かな自然と郷土に根づく文化に恵まれながらも、高齢化・人口減少といったさまざまな課題を抱える「にし阿波」で、高校生たちは行政や企業、関連団体との協働により、課題解決に向けた探究・取り組みを行っています。実践的な探究活動を通じて何を学び、どのような思いを育んでいるのか。実際に活動に参加した生徒のみなさんと指導に携わる先生方にお話を伺いました。

田島幹大、辻岡みどり教諭と普通科3年生のみなさん ※取材当日、探究科の方々は感染症対策のためオンライン取材となりました。
田島幹大、辻岡みどり教諭と普通科3年生のみなさん
※取材当日、探究科の方々は感染症対策のためオンライン取材となりました。

“探究の池田”が浸透し、探究科のみならず普通科でも活動をスタート

池田高等学校は徳島県最西部・三好市中心部の市街地を見渡す丘の上にあります。三好市は大部分を深い山地が占める山間部の自治体で、高校が立地する地域も北と南に山並みが迫り、校舎の背後には四国三郎と呼ばれる吉野川が流れています。
池田高等学校といえば、1980年代の春夏計3度の甲子園優勝で全国に名を馳せましたが、近年は「探究」のキーワードで知られるようになりました。2012年度には普通科に加えて「探究科」を設置し、地元に根ざした多彩なテーマで探究活動を行っています。

正門前からの眺望。三好市池田町の街並みを一望できる。
正門前からの眺望。三好市池田町の街並みを一望できる。

探究科では高校のある「にし阿波」(三好市、美馬市、つるぎ町、東みよし町の2市2町)地区に目を向け、地域が抱える課題を見出して追究し、その解決を通じて三好市の発展に貢献する生徒の育成を目指しています。地域の人々と対話し、共に活動しながら課題解決に向け取り組んでいくことが大きな特徴です。
三好市は大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)をはじめとした観光資源に恵まれたエリアで、四国全体の目線で見ると北に香川、東に徳島、西に愛媛、そして南は高知へとつながる交通の要衝でもあります。その一方で高齢化は50%を超え、深刻な人口減少にも悩まされています。「地域の活性化」は重要かつ喫緊のテーマで、探究活動にもそうした地元の状況が色濃く反映されています。
同校で探究活動が盛んになった経緯について、進路指導主事の田島幹大教諭に伺いました。

「2012年度に探究科を設置した頃、三好市が実施した観光に関するアンケートの収集に本校生徒が協力したことがありました。また、それ以前に本校独自で大歩危の観光客にアンケートをとり、そのデータを市に提供したこともあります。そのようなことから市の観光課をはじめ、さまざまな部署とのつながりが生まれ、地域活性化に役立つ探究活動に力を入れようという機運も高まってきました」

進路指導主事 田島幹大教諭
進路指導主事 田島幹大教諭

探究科は、地域課題の探究活動における基礎を大学研究者の講演や、地域の産業構造・人口動態などのデータを可視化し経済状況の分析に活用できるシステム「RESAS」に関する勉強会、読書会、哲学対話などで学んだあと、班分けを行って、班ごとに研究に取り組んでいきます。その過程でテーマに関する知識や、活動するうえで必要な技術も習得していきます。

実際の探究活動においては、地域住民との対話と協働を大切にしたフィールドワークを展開します。通常は1年生の2学期から研究を始め、2年生いっぱいでフィールドワークを含めた探究活動を行い、その後、研究の成果を発表。班によっては論文にまとめる作業も行い、並行して、ワークショップや地域との交流会も開催します。最終的には研究成果が三好市のまちづくりに活用されることに加え、生徒一人ひとりの“シビックプライド”を醸成し、将来的に三好市を支える力として育てていくことを目指しています。
探究のテーマは、「阿波おどり」「方言」「妖怪」「地域の観光」「地元ならではの農業」など実に多彩です。テーマを決定する際は、主に大学研究者に相談に乗っていただきながら、生徒たち自身が班の仲間たちと話し合って決めていきます。

同校のこうした探究活動が認知されてきたことと、学習指導要領改訂で総合的な学習の時間が2022年度から「総合的な探究の時間」へ移行するのを機に、普通科でも同様の取り組みを始めました。

「普通科の探究活動は、三好市役所と協力し、地元の観光を盛り上げるところにフォーカスしています。市観光課などの担当者と議論しながら地域の観光活性化につながるアイデアを出し合い、生徒の関心や趣味、技能が折り合ったところでテーマを決めています。市役所の方も、生徒たちの興味をひくような具体的なテーマを提案してくれます」(探究活動推進担当 辻岡みどり教諭)

普通科は、まず年度初めに探究活動に関する基礎の学びを深めます。探究科と同じく外部の講演や、RESASでの勉強会も行います。6月にテーマを決定し、7〜11月の5カ月で調査活動を行って、その成果を12月に発表するというのが大まかな流れです。

探究活動推進担当 辻岡みどり教諭
探究活動推進担当 辻岡みどり教諭

地元の名所の「音」を使って魅力を発信する斬新なコンテンツを制作

普通科、探究科それぞれの探究活動を紹介します。
普通科の「音班」では、ASMRという最近注目の聴覚と視覚を刺激する手法を用いて、三好市の人気観光地である大歩危峡の「かずら橋」の魅力を発信する課題に取り組みました。音班は、三好市の多様な音を使って地元の魅力を伝える活動を行っています。
※ASMR:「Autonomous Sensory Meridian Response」の略、聴覚や視覚を刺激し、ゾクゾクしたり心地よくなる反応や感覚。雨音や焚き火の音からフライを揚げる音など、嗜好に応じて多様なコンテンツが制作されている。

「三好の音」というタイトルで音班が作成したコンテンツを見ると、かずら橋の素晴らしさを映像と音の力でリアルに感じることができます。

「音班」制作のASMR動画「三好の音」(キャプチャ画像)。かずら橋の魅力を音と映像で臨場感豊かに表現。
「音班」制作のASMR動画「三好の音」(キャプチャ画像)。かずら橋の魅力を音と映像で臨場感豊かに表現。

コンテンツ作りに際しては、現地出身の音のプロから録音・編集技術のレクチャーを受け、プロが使用する機材を使ってかずら橋のさまざまな音を収録し、最終的にVR映像と合成しました。音班のみなさんは、三好市の音として、なぜ「かずら橋」を選んだのでしょう。

(左より)普通科3年の中島寧々さん、林浩毅さん、佐川晄太朗さん
(左より)普通科3年の中島寧々さん、林浩毅さん、佐川晄太朗さん

「三好市の音というとやはり自然が思い浮かびます。川や森、風の音は都会ではなかなか聴けないだろうと思い、かずら橋に着目しました」(中島寧々さん)

かずら橋のASMRコンテンツは音班の3つの班で作成しました。そのコンテンツを見ると、単に音を録音しただけではなく、各メンバーが伝えたい思いを乗せて明確な意図のもとに編集していることがわかります。

「かずら橋は“かずら”で作られているので、かずらを踏んだときの軋みの音をしっかり聞かせることに重点を置きました」(林浩毅さん)
「かずらの音をより強調するため、もう一度踏んで録り直した音も組み合わせました」(佐川晄太朗さん)

(左から)普通科3年の前川陽音さん、八坂晴矢さん、久水脩廉さん
(左から)普通科3年の前川陽音さん、八坂晴矢さん、久水脩廉さん

「川が流れる音や風の音も魅力的で、セミの声も聞こえたので、いろいろな音を聴かせたいと思いました」(前川陽音さん)
「セミとコオロギの両方の声が録れたので、せっかくだから両方を使うことで季節の流れを感じてもらえるように編集しました」(中島さん)

初めての経験で、苦労したこともいろいろとあったようです。

「普段使わない大掛かりな機器を使って音を採集したため、操作にはとても苦労しました」(八坂晴矢さん)
「録った音の編集もプロの人が使うソフトで行ったので、ボリューム調整など操作が難しくて大変でした」(前川さん)

地元の課題を解決するため、それまでなにげなく聞いていた音と向き合い、試行錯誤を重ねながら創作した、かずら橋のASMR。その取り組みの前後でどのような意識の変化があり、この活動を通して何を学んだのでしょうか。

「RESASの講義を受けたとき『三好市の人口が減少している』ことと、『三好市にもともといた人たちが仕事を求めて都会に出て、そのまま帰ってこない』ということに問題意識を持ちました。この課題を解決するため、三好市の魅力を知ってもらおうと考えました。将来、ここで身につけた技術を生かしていきたいですね」(久水脩廉さん)
「取り組む前は地元に対する思いを深く考えることはなかったのですが、これをきっかけに考えるようになり、三好をリスペクトしてこれからの発展を応援したい気持ちになりました。自分自身も三好でできることがあればやっていきたいと思いました」(八坂さん)
「地域の大人たちと関わることを学び、言葉遣いなども含めて一段階成長できたと思います」(佐川さん)

音班の活動の指導にあたった辻岡教諭も、生徒たち各々がこの活動を通じて大きく成長したと目を細めていました。

世界的にも独特な農耕システムを支える農具を現地で徹底調査

探究科からは、にし阿波地域独特の急傾斜地で農業を行う「傾斜地農耕システム」に着目した活動を紹介します。この農耕システムは2018年世界農業遺産に認定されており、探究を行った班も「世界農業遺産班」という名称で活動しました。
にし阿波の農具には、険しい傾斜地で使えるように斜めに角度が付けられていたり、下に落ちた土を引き上げる独自の農具が存在するなど、他の地域とは異なる特徴があります。授業で徳島大学准教授の内藤直樹先生の講義を聴き、興味を持った世界農業遺産班のメンバーは、地域特有の農具と傾斜地農業の関係性を調べることで独自の農耕システムをより深く知ることができると考え、現地で農家を訪ねて回り、徹底的なフィールドワークを実施しました。

探究科「世界農業遺産班」のみなさん ※取材当日、探究科の方々は感染症対策でオンライン取材となりました。写真は後日撮影したものです。
探究科「世界農業遺産班」のみなさん
※取材当日、探究科の方々は感染症対策でオンライン取材となりました。写真は後日撮影したものです。

フィールドワークの方法は、同班のメンバー5人が3人と2人に分かれ、農家で農具を実際に出してもらい、それぞれの使い方を聞いて、長さ・重さ・角度などを計測します。この方法は内藤先生から学術的に意義のある手法として教えを受けたものです。他地域との比較から特徴や傾向を見出すため1つの地域に絞り、全戸調査を実施しました。

農具の調査の様子(提供:徳島池田高校)
農具の調査の様子(提供:徳島池田高校)

調査の対象としたのは東祖谷(いや)の久保集落で、21軒の農家で58種類・総数406個の農具を確認しました。調査を行ううえでどんな点に苦労したのでしょうか。

(左から)探究科3年の峯本真由子さん、川人すばるさん、赤池真心さん
(左から)探究科3年の峯本真由子さん、川人すばるさん、赤池真心さん

「農具の数が多い農家では、農具の写真と取材内容を合わせる作業が大変でした。先に写真を撮影し、その順番で質問していくことを心がけました」(赤池真心さん)

生徒のみなさんそれぞれが、調査結果に驚きや感動を覚えたと答えます。内藤先生の先行研究でわかっていたことに加え、世界農業遺産班の地道な調査で判明した新たな事実もありました。

「同じ農具なのに、地域によって違う名前で呼ばれているとわかったことに個人的に感動しました。丁寧に聞き取ったからこそ、いろいろなことがわかったのだと思います」(川人すばるさん)
「使う人の体型や男女で農具の長さが違ってくるという先行研究があります。私たちの聞き取りで、農具が折れて短くなったとき、自分で修理する人もいましたが、そのまま修理せず使い続けている場合もあることがわかりました。また、昔は近くに野鍛冶が住んでいたので修理を頼んでいたけれど、今はいなくなったという話も興味深く聞きました」(峯本真由子さん)
※野鍛冶:農具、山林刃物など、暮らしの中の道具を幅広く手がける鍛治職人。

聞き取り調査を受けた農家のみなさんの反応はどうだったのでしょうか。

「『こんなことも調査するんだね』と、おもしろがってくれました」(峯本さん)
「高校生が調査に来たことをとても喜んでくれているようで、いろいろとおみやげをいただきました」(赤池さん)

このフィールドワークを経て、生徒のみなさんは地域のどのような実情を学び、地元への思いはどう変わったのでしょうか。

(左から)探究科3年の坪根生京さん、田野温大さん
(左から)探究科3年の坪根生京さん、田野温大さん

「サラエで傾斜地の下の土を上げる作業をさせてもらいました。サラエ自体が2kgか、それ以上の重さで、それを持って角度のある傾斜地に立つと、ハンドボール部で鍛えていた自分でもけっこうしんどかったです。とても高齢者が行う作業ではなく、高齢化と人手不足の問題を如実に感じました」(坪根生京さん)
「取り組む前は地域で傾斜地農業をしていることを知らず、知ったときは他の地域にない珍しいことをしているんだなと思いました。聞き取り調査で『なぜ今も続けているのですか』と聞いたとき、先祖代々続けてきたからその伝統を守るためと答えた方がいて、三好のために傾斜地農業を続けていこうという思いに興味を感じました」(川人さん)
「曾祖母が山で農業をしていたので興味があり、世界農業遺産班に入ったのですが、この活動の経験があったので農業の内容をより理解できるようになりました。地域のことをよく知るいい機会になったと思います」(田野温大さん)
「この研究をするまで、徳島県の強みといえるものがわかっていませんでした。徳島には世界的に認められるものがあり、傾斜地農業を続けている人たちがまだ東祖谷だけで21軒もあると知って、自分の地元は人と自然が共存している土地だと強く感じました」(坪根さん)

サラエ(写真左から3番目まで):傾斜によって下に流れ落ちた土をすくい上げる農具。
サラエ(写真左から3番目まで):傾斜によって下に流れ落ちた土をすくい上げる農具。

探究活動ならではの、通常の授業とは異なる体験についても感想を伺いました。

「通常の授業は教科書を使い、答えがあるものを自分なりに考えていきますが、探究活動はまだ誰も調べていないことに踏み込み、どう結果を出すかを模索しながら、実際に現場の雰囲気を感じ、他の人たちと助け合いながら進めていくのがとても印象的でした」(坪根さん)
「フィールドワークのやりかたと同時に大変さがわかり、今後こういう活動を行う機会ができた時にやりかたを体験しているのは強みになると思いました。将来この地域で働けたらと思っているので、こういう経験をまた伝えられたらいいなと思いました。」(田野さん)
「卒業後は福祉に進もうと思っています。今回のように地域の人に直接話を聞き、寄り添うことを学んだ経験は、福祉でも生かせると思います」(峯本さん)
「私は教師になりたいと思っています。今回の活動で世代の違う方と話す時に感じたドキドキ感を自分が教える子供たちにも味わってもらうために、地域とのコミュニケーションを大事にし続けたいと思いました。」(赤池さん)

世界農業遺産班ではこの調査結果を論文としてまとめ、発表しました。農具の詳細な調査票も付いており、学術的に高いと評価されています。

シビックプライドを持って世に羽ばたき、地域に戻って種をまく人材を育む

探究科の「傾斜地農業」も普通科の「三好の音」も、にし阿波という同じエリアでの活動とはいえ、公共交通機関が充実していないこの地域では移動が簡単にはできません。とくに公立高校の活動となると、高いお金を出してタクシーを借りるのは、生徒はもちろん教師や学校側としても難しい状況です。
その部分で、三菱みらい育成財団から受けた助成金が役に立ったと田島教諭は話します。

「移動費や調査の活動費、また研修旅行のような形も含めて生徒たちにいろいろと体験してもらうための費用として使わせていただきました。そのほか、外部の方の講演費用や、遠方からきていただく講演者の旅費としても活用しました。おかげで、生徒たちは普段なかなか接することのできないような講師から直接話を聞くことができ、ワークショップで貴重な体験もできました」

最後に辻岡教諭が、「土日に活動せざるを得ないにもかかわらず教員や外部の人たちが積極的に関わり、熱心にサポートしてくれて、生徒達もそれにこたえてくれます」と感謝の気持ちを述べ、さらに今後に向けた目標を語ってくれました。

「私は本校を外部に宣伝する広報担当もしています。いつも中学生のみなさんや先生方に、学力を付けるための勉強ももちろん大事だけれど、それだけでなく池田高校では人間の力を育みたいと考えているとお伝えしていますが、その際に探究活動の話を出すとみなさんにわかっていただけます。高校を出て大学に進み、あるいは社会に出てからも、三好に何かできることはないかと常に考え、世の中でさまざまなものを吸収して、いつか三好に帰ってきてもらいたい。そしてまた、池田高校の後輩たちにさまざまな立場で積極的に関わってくれたら、地域にとってプラスの循環が生まれるのではないかと考えています」


プロフィール

徳島県立池田高等学校

池田高校は今年創立100周年を迎えた伝統校です。質実剛健、さわやかな校風をモットーに、部活動加入率は毎年90%を超え、文武両道を実践しています。地元自治体や大学、企業、四国他県の高校などとの連携のもと、フィールドワークを積極的に取り入れた探究活動を通して地域が抱える課題を発見・解決し、地域の未来を担うために必要となる力を育成します。

取材を終えて…

透き通る青空が広がる秋晴れの日、三好市の高台に建つ池田高等学校校舎でこの取材を行いました。約40年前、同校の高校球児が甲子園を沸かせたことを記憶にとどめる人もまだ多いと思います。時代を経た令和の今日、地域に強く根差した探究をはじめ、さまざまな切り口で学びを進める池田高校生が、透き通る眼差しで、熱く活動を語ってくれました。学校の目指す「人間力」は創立100周年を迎えて、なお一層力強く育っている印象を受けました。三菱みらい育成財団は、都市部の高等学校のみならず、地域と共に学び、地域を活性化する、地方の高等学校への応援を継続していきます。