
Challenges for the Future:
助成者インタビュー
【vol.18】極限研究の可能性を広げる「強磁場環境」開発がもたらすもの小濱芳允氏/東京大学物性研究所 国際超強磁場科学研究施設 小濱研究室 准教授

2019年、東京大学物性研究所の小濱芳允准教授、金道浩一教授、北海道大学の井原慶彦講師のグループは、新たな強磁場発生設備の開発に成功しました。これにより、極限環境での物質の性質の変化を調査する物性研究において、超低温・超高圧にならぶ重要な環境「強磁場」発生に必要な設備コストの大幅な低下を実現しました。研究者に敷居の高かった「強磁場」環境が近くなり、日本の物性物理研究の底上げにつながる事が期待されています。アイデアの着想から実現までの試行錯誤、この成果が我々の生活に何をもたらすのか、小濱芳允准教授にお話を伺いました。
物質は温度や圧力などが極端な環境に置かれるとその性質が変わることがあります。超低温、超高圧などの極限環境下で新たな性質を持った物質が生まれれば、それを応用することで製品やサービスに新しい価値が生まれることが期待できます。極限環境で物質の変化を起こす研究は、物質の性質にまつわる「物性研究」の一つとされています。

物性研究で使われる極限環境の一つに、非常に強い磁場をかけた「強磁場」があります。低温環境、高圧環境などと同様に物質に変化をもたらす可能性を秘めていますが、強磁場の発生には数億〜数十億円の設備投資が必要となり、低コストで作り出すことが困難でした。そのため温度や圧力ほど極限環境に対する研究が進まず、物性研究に取り組む研究者にとってはもどかしい日々が続いていました。
小濱氏らが開発した強磁場発生設備は、この問題を解消へ大きく前進させるものです。これまでより長い時間の強磁場を、数10分の1のコストで作り出すことを可能にし、強磁場環境での物性研究を飛躍的に進めるものとして期待されています。

20テスラ以上の強磁場環境で行った研究が少ない理由
小濱氏が強磁場にかかわるようになったきっかけは、米国留学中の研究活動でした。
「当時研究していたエントロピー※を強磁場下で測定する装置を開発したりしていたところ、現在の大学(東京大学)から『おもしろい研究なのでぜひ当大学で続けてみないか』と誘いを受けました」
それ以来、小濱氏は強磁場開発を通した物性研究に取り組んでいます。
※エントロピー:物質の乱雑さを示す指標。水分子のH2Oは低温で氷、高温で水蒸気と形をかえるが、高温でより乱れた運動をする。つまり、温度上昇に従ってエントロピーは上昇する。小濱氏は、磁場上昇によりエントロピーがどう変わるかという研究を進めていた。
「温度や圧力と違い、人が肌で感じる事は難しいですが磁場というのは我々にとって身近な存在です。自然界では20〜60μテスラ※の磁場が存在しており、それは方位磁石の動きなどに見て取れます。物性研究では自然界をはるかに超える強さの磁場を人為的に作ります。比較的強い磁場を作る機器としては、医療機関で使われるMRI(磁気共鳴画像)装置やリニアモーターカーがありますが、それらも1〜数テスラです。それに対し物性研究で使われる強磁場は10テスラ以上です。つまり自然界の数十万〜100万倍レベルの磁場を作り出しているわけです」
※20〜60マイクロテスラ=0.00002〜0.00006テスラ

その開発に取り組む中で小濱氏が気づいたのが、強磁場を元にした研究が少ないことでした。
「物理学の論文のうち磁場を何らかの形で使った研究は約半数を占めていますが、特に強い20テスラ以上の強磁場環境で行った研究は全体の1%にも満たないのです。そうした環境を作るには数億から数十億円の費用が必要となり、実現できる環境が少ないのが大きな理由です」
実際、強磁場を作る大規模設備は国内には東京大学を含めて3大学にしかなく、研究を阻む要因となっていました。
そういった施設で電磁濃縮法による大規模な装置などを使えば最大で1200テスラもの非常に強い磁場を発生することができます。しかし爆発的な破壊によって強い磁場を作る仕組みのため、一度の磁場発生に相当な準備が必要な上に、磁場が発生する時間はわずか10μ秒※程度となります。宇宙の果てまで飛んでいくロケットのような実験ですが、やはり短い時間の中で行える実験には限りがあります。
※10マイクロ秒=0.00001秒


「磁場の強さと持続時間はトレードオフの関係にあります。高い磁場を出そうとすればするほど、持続時間は短くなります」
今回の開発の対象となった、1秒以上持続する「ロングパルス磁場」の研究では、使用される設備の磁場の強さとその継続時間の長さが、ニーズとマッチしていないのでは?と小濱氏は考えました。
「従来の手法では持続時間が短くて足りないから、そこまで強い磁場でなくてもいいのに、数十億円かかる高価で希少な設備を使わざるを得ないといった『帯に短し、たすきに長し』的な現状がありました。現実的なコストで、研究に必要なだけ長く続く磁場を実現できれば、強磁場下での研究が進むのではないかと考えました」
「スーパーキャパシタ」に目を付ける
磁場を作る基本的な仕組みは、強磁場であっても普通の電磁石と変わりありません。銅線を巻いてコイルを作り、そこに電流を流すことで磁場を作り出すというものです。電流の大きさと磁場の強さは比例するため、できるだけ大きな電流を流せば強い磁場ができることになります。
しかし、それを実際に行うには乗り越えなければならない大きな問題がありました。
ひとつは「どのような電源を使って、大きな電流をいかに効率良く作るか」というものです。
この課題に対しては昔からさまざまな挑戦がなされてきました。主に用いられてきたものにはフィルムコンデンサがあります。バッテリーと違い大きな電流を瞬間的に流すことができますが、バッテリーのように長い時間電流を流すことには向いていません。小濱氏が目指す長い時間の強磁場発生には適さないことになります。
「ロングパルスを発生させるという点では、フライホイール発電機が従来から有効とされてきました。大型の円盤を回転させ、そのエネルギーをもとに発電するというものです。私が所属する東大でも約15年前に導入されていましたが、その改良に数十億円もの費用がかかるというのが難点でした。また設置には大規模な敷地も必要となります。ただ、逆に考えれば、この電源部分を安価に、コンパクトにできれば解決に大きく近づくということです」
そこで小濱氏が着目したのが、「スーパーキャパシタ」という電源でした。スーパーキャパシタはバッテリーにない特性を持つ電源の一つとして注目されています。大きな電流を瞬間的に充放電でき、バッテリーのような劣化がないことが特徴です。現在は電気自動車やハイブリッド自動車で発進時のアシストとして活用する動きも始まっています。

小濱氏がスーパーキャパシタを採用した理由は、低価格化が進んだことで、長い時間の強磁場を現実的な価格で作るという開発目標に合致したためでした。
「スーパーキャパシタはここ20年で2ケタほど安くなっています。そこで強磁場を作るための電源にスーパーキャパシタを使うことを考えたのです」

もうひとつの問題はスーパーキャパシタを使って流した電流で「いかに安定した磁場を繰り返し発生させ続けられるか」というものでした。
強磁場ができるほどの大きな電流をコイルに流すと、発熱でコイルの温度が高くなりすぎて、場合によってはコイルが破損してしまいます。
この課題に対しては電流を流す放電回路への工夫で乗り越えることにしました。
「これまでの回路は使えないので新しい放電回路を作る必要があるのですが、その設計には悩みました」


開発した放電回路では、適度に電流を「捨てる」スイッチなどを設け、コイルに電流が流れ過ぎることがないようにしました。
放電回路をいじった子供の頃の経験
高知県生まれ徳島県育ちの小濱氏は、自然の多い環境で小学生時代は魚釣りに熱中する日々を過ごし、中学からは物理や化学にも興味を持つようになりました。
「中学生時代は使用済みの使いきりカメラを分解して放電回路を取り出し、魚を気絶させる装置を作ろうとしたこともあります。失敗しましたけどね(笑)」
その小濱氏が大人になり、研究者として放電回路を使った磁場発生装置に取り組むようになったのは、何かの因果かもしれません。
「回路設計というのは住みよい部屋を考えるのと同じで、完成したと思っても、後から細かい改良点がいくらでも思いつき、終わりがないのです。今でも更なる改良のために、とにかくよく考えています」
この装置の開発にあたって、なぜ三菱財団の助成プログラムに応募したのでしょうか。
「スーパーキャパシタの購入には数100万円、周辺装置を含めると500万円以上の費用がかかります。ほとんどの助成プログラムは500万円以下なので、三菱財団のプログラムに応募することにしたのです」
大学の研究に対する助成には、公的制度である科学研究費助成事業(科研費)がありますが、「科研費は強磁場発生設備のようなインフラの開発は通りにくいだろうと思っていた」ことも、小濱氏が三菱財団のプログラムを活用した理由です。
プログラムでの選考過程で、小濱氏は選考委員が相当な下準備をしたうえで面接に臨んでいたことに驚いたと言います。
「いろいろな疑問をぶつけてもらいました。選考委員の先生方は事前にかなり調べてきていたのだと思います。さまざまな視点からの質問をいただき、私もこのプロジェクトに対する使命を再認識できました」
最終的に三菱財団から850万円の助成を受け、それをスーパーキャパシタと充放電器の購入に充てました。これらに小濱氏が所有していた電磁石を組み合わせて、目指していた強磁場発生設備の開発に成功したのです。
数百倍の時間続く高磁場を、数100分の1のコストで実現
三菱財団の支援を受けて開発した強磁場発生設備で、小濱氏は強磁場が長く続く「超ロングパルス磁場」の発生を、これまでより大幅に低いコストで可能にしています。スーパーキャパシタの電源から6kAの大電流を流し、その間30テスラの強磁場を数秒間に渡って発生させることに成功しました。従来のパルス強磁場発生設備ではミリ秒単位だったことを考えると、数百倍に持続時間を長くしたことになります。
従来のフライホイールを使った設備と比べても大きな前進です。フライホイールはさらに大きな18kAの電流を使いながらも、強磁場を作ることのできる時間はやはり数秒程度でした。それと同等の時間の強磁場を、数十億円もの費用が必要なフライホイールではなく1000万円以下のスーパーキャパシタで実現した点に、小濱氏の研究の先進性があります。
小濱氏らが開発した強磁場発生設備は、モーターなどに使われる磁石の性能向上などに寄与することが期待されています。
「磁石の素材である磁性体は、そのままでは磁石としては使えません。磁石にするには磁性体に磁場をかける着磁という作業が必要なのですが、出来上がった磁石が十分な性能を発揮できないことがあるのです。開発した強磁場発生設備を駆使し、着磁の効率を上げることができるのではないかと考えています」
社会全体がカーボンニュートラルを志向する中、電動化でCO2排出量削減を目指す動きは、自動車に限らず産業機器などでも進んでいます。着磁の効率を上げモーターの性能を向上することは、社会が目指す電動化を進展させるうえで重要な要素となるわけです。
研究者の中にはこのスーパーキャパシタを使った強磁場発生の仕組みに着目し、早くも応用し始めているところもあります。大強度陽子加速器施設「J-PARC」では、物質に強い磁界を与えてその性質の変化をとらえる中性子散乱実験を行っていますが、そこに小濱氏が考案した強磁場発生の方法が取り入れられました。従来は7テスラの磁場を作る設備に数千万円以上を要していたのに対し、その倍以上の15テスラを600万円で実現できるようになっています。
こうした貢献により、小濱氏らが開発した強磁場発生設備で日本の研究活動が活発になることが期待されます。
「今までハードルの高かった強磁場という極限環境が作りやすくなったことで、新たな発見のチャンスも増えるでしょう。研究開発のインフラとして役立てていただけるのではないかと考えています」
自分が面白いと思うことを研究する
目指していた強磁場発生設備を実現させた小濱氏は、早くも次のステージを見据えた研究と開発に取り組んでいます。スーパーキャパシタを増設し、磁場の強さや持続時間をさらに高めた進化型の設備を開発中です。
「計算上は24kAまで電流を引き上げることが可能で、磁場の強さを60テスラにまで高めたいと思っています」

(写真提供:東京大学物性研究所 小濱研究室)
小濱氏は「研究者は『遊び心を忘れないこと』と『自分のアイデアを信じること』の2つが重要」と強調します。
「成果が出ないことを恐れて及び腰になった研究をしていると、こぢんまりとした成果しか出せないでしょう。思い切って、自分が面白いと思うことを研究することが大切であり、三菱財団はそういう人を見逃さないでいてくれます」
子供の頃から「面白い」と思ったことを追求し続けた小濱氏の姿勢が大きな成果を生み、日本の物性研究を大きく変えようとしています。

プロフィール
東京大学物性研究所 国際超強磁場科学研究施設 小濱研究室 准教授
小濱芳允氏
2007年東京工業大学大学院総合理工学研究科博士後期課程修了(理学)、日本学術振興会特別研究員、ロスアラモス国立研究所博士研究員、東京大学物性研究所特任助教を経て2017年7月から現職。最近の主な研究は「フィードバックコントロール法を用いた磁場の超精密制御」、「スーパーキャパシタを用いたロングパルス磁場の発生」、これらの磁場発生技術を用いた「パルス磁場下比熱測定」、「パルス磁場下熱伝導測定」、「パルス磁場下核磁気共鳴」など。
取材を終えて…
三菱財団の自然科学助成は金額規模が大きく、また、これまで5人のノーベル賞受賞者を輩出するなど、当財団の看板プログラムなのですが、その研究内容は(当たり前ですが…)普段なじみのないことばかりで難しいために、どこまでわかりやすくご紹介できるか、実はスタッフ一同、今回も恐る恐る、小濱先生の研究室をお訪ねしたのでした。ところが、先生の丁寧にかみ砕いていただいたお話を実験装置のそばで伺っていると、「物性研究」「極限環境」「強磁場」「スーパーキャパシタ」といった言葉が自然に頭の中に入ってくるようになったのでした!そのおかげで、当財団の助成がご研究に役に立っているということをより肌で実感できました。記事をお読みいただいて、読者の皆様にもわかりやすくお伝えできたでしょうか。