Challenges for the Future:
助成者インタビュー

【vol.19】自分で考え、行動するスキルを育む「101のコンセプト」清泉女子大学 文学部地球市民学科

地球市民学科 安斎徹教授と学生のみなさん
地球市民学科 安斎徹教授と学生のみなさん

清泉女子大学(東京都品川区)は、少人数制教育による人格的ふれあいを通して自立した女性を育成することを目的に1950(昭和25)年に創設されました。同大学では、グローバルな視野をもって地球社会のために行動できる「地球市民(グローバル・シティズン)」の育成を目指し、2001年に文学部内に日本で唯一の「地球市民学科」を創設しました。三菱みらい育成財団は、学科創設20周年にあたる2021年度から同学科が採用している「グローバル・シティズンのための101のコンセプト〜VUCA時代におけるアクティブ地球市民育成プログラム〜」を助成しています。

※VUCA(ブーカ)…Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取った言葉で、先行き不透明で将来の予測が困難な状態を指す。

米国の名門・ミネルバ大学の授業をヒントに生まれた「101のコンセプト」

「グローバル・シティズンのための101のコンセプト(以下、101のコンセプト)」は、地球市民学科の教育の柱となるプログラムです。このプログラムについて、文学部地球市民学科の安斎徹教授に伺いました。

「このプログラムにおけるコンセプトとは、『思考と実践の型』のことです。学生たちは1年生の間に101個のコンセプトを1つずつ学びながら、ものごとの見方や考え方を身につけていきます。空手や茶道などで、同じ動きをくり返して『型』を身につけるのと似ています」

清泉女子大学 文学部地球市民学科 安斎徹教授
清泉女子大学 文学部地球市民学科 安斎徹教授

「101のコンセプト」は、アメリカのミネルバ大学の教育方法を参考に生まれました。ミネルバ大学にはキャンパスがなく、少人数の学生が世界7都市を移動しながらオンライン授業を受けるというユニークなスタイルを基本に運営され、世界のエリートが今一番入りたい大学として知られています。

「ミネルバ大学の授業を参考にしながら、地球市民という観点を加えて作り上げた独自のプログラムが『101のコンセプト』です。基本的に対面で授業を行うのもミネルバ大学と異なる点です」

1年次の「基礎概念」の授業で使われる「コンセプトブック」。 コンセプトの解説や練習問題が掲載されていて、全員が授業の前に事前学習を行う。
1年次の「基礎概念」の授業で使われる「コンセプトブック」。
コンセプトの解説や練習問題が掲載されていて、全員が授業の前に事前学習を行う。

熱いディスカッションで盛り上がる「基礎概念」の授業

「101のコンセプト」のラインナップは、「#認知バイアス」「#デザイン思考」「#レジリエンス」「#身体表現」など、バラエティ豊か。これらのコンセプトをどのように学ぶのでしょうか。今回は、2021年度に「101のコンセプト」(授業名は『基礎概念』)を受講した新3年生9名に、1年次の「基礎概念」を振り返って特別授業を受けてもらいました。

コンセプトの1つ「#公平性」を取り上げた特別授業
コンセプトの1つ「#公平性」を取り上げた特別授業

今回取り上げるコンセプトは「#公平性」。授業の冒頭で、安斎教授が平等と公平の違いなどを解説しながら、公平性とは何かについて理解を深めていきます。続いて、グループワークの時間。3名ずつのグループに分かれて、教授が提示したトピックスについて20分ほどディスカッションを行いました。トピックスは「左利きの人は全人口の約10%と言われているが、その中には自動改札を通るたびにストレスを抱えている人がいる。そうした人のために左利き用の自動改札機を作るべきか。鉄道会社の社長ならどう判断するか?」というものです。始まった瞬間から、発言が飛び交い、どのグループでも議論が白熱しました。

グループワークの様子
グループワークの様子

「改札をテーマパークのようなゲート式にすれば右利きでも左利きでも通りやすい」「顔認証やICタグを採用すれば、両手が塞がっている人も通りやすい」「電車利用そのものの公平性は失われていない。左利き用改札を作るお金があれば、別の何かに使った方が有益」など、さまざまな意見が発表された。

安斎教授「『基礎概念』の授業は週2回(1時限は105分)で年間トータルで52回。そのほとんどがグループワーク、つまりディスカッションです。地球市民学科にはディスカッションを重んじるという伝統がありますが、その中でも地球市民学科の『基礎概念』の授業は、いわばディスカッション道場のような感じです(笑)。この授業だけで毎回2回、年間約100回のディスカッションをするのですから、最初は逡巡していた1年生も鍛えられて次第に積極的に発言するようになります」

授業に参加した学生のみなさんにもお話を伺いました。

高桑紗優子(たかくわ・さゆこ)さん「私はもともと知らない人と話すのが苦手で、ただうなずいたり、同調したりしていることが多かったのですが、『101のコンセプト』を学ぶときは、誰かが黙っていると議論が進みません。私も何か言わなくてはと思い、事前学習をして授業に臨んだら、発言できるようになりました」

高桑紗優子さん
高桑紗優子さん

瀧川遥菜(たきかわ・はるな)さん「清泉女子大学は1年生のうちからディスカッションする機会が多く、いろいろな意見を聞くことで視野が広がります。私自身は、この授業を通して対話することを学びました。激しい議論になることもありますが、それも楽しいし、深い議論ができてよい経験になります。発言するのが苦手な人に対して、誰かが意見を引き出そうとする場面もあって、チームプレーも学べています」

瀧川遥菜さん
瀧川遥菜さん

宮尾玲花(みやお・れいか)さん「地球市民学科は、『101のコンセプト』の授業を含めて、ディスカッションをする機会が多いんです。その甲斐もあって、学科のみんなが仲良くて、誰とでも話ができます。話し合いを通して、たくさんの友達に恵まれたことが私にとって大学生活の最大の収穫です」

宮尾玲花さん
宮尾玲花さん

答えが見えにくい時代を力強く生き抜くスキルを身につける

「101のコンセプト」には想定される答えはありません。ディスカッションの後はグループで話し合った内容を発表しますが、教員が一つの結論に誘導する訳ではありません。

安斎教授「近年、世界情勢は混乱し、気候変動、パンデミック、人口動態の変化など、予測困難な事象が次々に起こっています。そんなVUCA時代に求められるのが、難しい問いに向き合い、答えを探そうと努力し続けられる人材です。その育成をすることが地球市民学科の役割であり、『101のコンセプト』の目的です」

「101のコンセプト」の中で、特に印象的だったものについて、数人の学生に発表してもらいました。

大西杏(おおにし・あん)さん「印象に残っているコンセプトは『#情報の質』です。ある情報が本当に正しいかどうか見極めようとする意識は、今後の学生生活や社会人になっても活かせると思います」

大西杏さん
大西杏さん

中村(なかむら)そらさん「『#逆転思考』や『#ブルーオーシャン戦略』など、いろいろなコンセプトが印象に残っています。コンセプトを学ぶことで考え方やものの見方が変わったようで、両親と話していると『大学生になってから話の内容が深くなった』と言われます」

中村そらさん
中村そらさん

小川朝佳(おがわ・ともか)さん「2年生の夏休みに陸前高田で行われたフィールドワークに参加しました。そこで役立ったのが『#対話』や『#聴衆』です。これらを学んでいたおかげで、初対面の人から貴重なお話を伺えましたし、自分の意見を相手にわかりやすく伝えようと意識することができました」

小川朝佳さん
小川朝佳さん

「101のコンセプト」が自分を変える、社会を変える

地球市民学科では、1年次に「101のコンセプト」を通して、ものごとの見方や考え方の基礎的スキルを身につけます。2年次では『グループプロジェクト』を中心にグループでプロジェクトに挑み、3年次からが実践編。ゼミに所属しながら、社会の課題を解決するために自分で企画立案した「卒業プロジェクト」に取り組みます。

安斎教授「地球市民学科は、世界を変える『チェンジメーカー』を育成するための学科です。そのため、卒業の要件として卒業論文を書くだけでなく、『卒業プロジェクト』として、社会課題を解決するためのアクションを起こすことを求めています。これまでの事例として、コンサートホールにおいてソフト面からのバリアフリー化に挑戦したり、花屋で売り物にならなくなった花(ロスフラワー)を高齢者施設で活用したり、日本の伝統工芸品を海外でEC販売したり、エシカルなファッションショーを開催したりと、学生はさまざまなことに挑戦しています。もちろん、うまくいかないこともありますが、自分で社会の課題を見つけて、その解決のためにアクションを起こすことがチェンジメーカーへの第一歩なのです」

未来のチェンジメーカーとして、学生たちはどんなことに興味を持ち、どんな希望をもっているのかを聞きました。

湯本遥(ゆもと・はるか)さん「中学生のときに授業で人種差別をテーマとした映画を見たことがきっかけで、海外で社会問題を解決する仕事をしたいと考えるようになりました。解決するには知識だけではダメで、自分で考える力が必要と考えて、この学科を選びました。大学生活の残り2年間で、考えを実践に移すためのスキルを身につけたいです」

湯本遥さん
湯本遥さん

華垣琴美(はながき・ことみ)さん「私は学生のうちに、失敗する経験を積みたい。もともと成功しそうなことしかやらないタイプなので、そんな自分を変えたいんです。今考えているのは、この夏に行われるモロッコでのフィールドワークに参加するためにアラビア語を学ぶこと。未知の言語への挑戦は私にとって高いハードルですが、チャレンジすることで何かをつかめたらいいなと思っています」

華垣琴美さん
華垣琴美さん

江上琴美(えがみ・ことみさん)「『101のコンセプト』を学んで、視野が一気に広がりました。例えば、以前はリーダーというものは、役割を果たして当然だと思っていましたが、『#リーダーシップ』を学んでみると世の中にはいろいろなタイプのリーダーがいて、それぞれが自分で考えてリーダーシップをとっていることがわかります。そうやってコンセプトを自分の生活に落とし込めると、物事の見方が以前と全然違います。自分が学んだことを将来、子どもにも伝えていきたいです」

江上琴美さん
江上琴美さん
安斎教授が手にしているのが「コンセプト学習ガイドブック」
安斎教授が手にしているのが「コンセプト学習ガイドブック」

「101のコンセプト」を通して身につけた「思考と実践の型」は、その後の学生生活や社会人生活など、あらゆる場面で活用できます。このことをわかりやすく解説した「コンセプト学習ガイドブック」や動画が、三菱みらい育成財団の助成によって制作されました。

安斎教授「ガイドブックも動画も、『コンセプト』とは何か、学ぶことにどんな意義があるかをわかりやすく説明するための重要なツールです。こうしたものを活用して、『101のコンセプト』や地球市民という考え方の価値をより多くの人に伝えていきたいですね」

今回、取材に協力してくれた新3年生は「101のコンセプト」採用後の第一期生。これから彼女たちが社会に出て、地球市民としてどんな力を発揮するのか楽しみでなりません。


プロフィール

清泉女子大学 文学部地球市民学科

地球市民学とは、貧困、紛争、難民、環境、エネルギー、ジェンダー、少子高齢化、地域活性化などグローバル社会や地域社会が抱える諸問題を学際的に研究する学問です。2001年に創設された日本で唯一の地球市民学科では、フィールドワークやプロジェクト、ゼミナールなどを通して、机上だけでなく教室を飛び出し、国内外の現場での学びを重視しています。2021年にはカリキュラムを一新し、「101のコンセプト」など最先端の学びのプログラムを整えました。社会が抱える課題を、自分自身に関係がある身近な問題として理解し、他者と協働しながら具体的な解決策を提示できる地球市民を育成しています。世界を変える人(チェンジメーカー)を育てる学科、それが地球市民学科です。

取材を終えて…

繁華街を抜けた高級住宅街の坂道を上っていくと、忽然歴史を感じさせる清泉女子大学のキャンパスが現れます。同大学の本館は、大正時代に島津忠重公の邸宅として、英国人建築家のジョサイア・コンドル氏の設計で建築されたとのこと、ジョサイア・コンドル氏は、三菱グループの建築物を設計されるなど所縁のあるご仁であり、同校とのご縁を感じざるを得ませんでした。歴史を感じることのできる学び舎で、最先端の「101のコンセプト」を学ばれている地球市民学科は、過去も大事にしながら未来を創造していくような雰囲気を感じました。このような環境だからこそ、現代社会が抱える難題を解決する糸口を見つけてくれる人材が育まれていくのだろうと、そう思える取材でした。