
未来を拓く一歩を支援
助成プロジェクト 成果レポート
【2024年成果報告会レポート】義手の普及で、子どもたちの可能性を広げたい藤原清香氏/一般社団法人ハビリスジャパン 執行理事、東京大学医学部附属病院リハビリテーション部 副部長・准教授
Key Point
- ハビリスジャパンは手足に障害のある子どもたちが積極的に運動やアクティビティに参加できるよう、さまざまな支援を行う一般社団法人です。
- これまで二度にわたり三菱財団の助成を受けて、障害のある子どもがさまざまな運動に挑戦できる環境を実現するために、そのニーズを調査するとともに、運動用義手の開発・普及などの活動に取り組んできました。
- コロナ禍で活動が制限された時期には、三菱財団とも相談し、障害のある子どもたちへの理解を促す絵本(ブックレット)を制作。療育施設や教育機関で読み聞かせや障害に対する理解促進・啓発に活用されています。
2024年9月11日に開催された三菱財団の成果報告会では「自然科学」と「社会福祉」の2分野から助成プロジェクトの成果に関する報告が行われました。今回は、社会福祉分野で二度の助成を受けた一般社団法人ハビリスジャパンの活動とその成果をレポートします。
子ども用の義手が普及していない理由
2016年に設立された一般社団法人ハビリスジャパンは、四肢の形成不全や切断・欠損児、つまり手足に障害のある子どもが義肢(義手や義足などの人工的な手足)を活用できるよう支援する活動を行っています。四肢形成不全とは、出生時に四肢(手や足)の形態に異常を示す疾患のことです。ハビリスジャパンの執行理事を務める藤原清香氏は、東京大学医学部附属病院の医師として勤務し、四肢形成不全外来という専門外来を担当するなかで、四肢形成不全症児へのサポートの難しさを感じていました。
「日本では年間約400名の四肢形成不全症児が出生していると推測されています。この数は決して多いとは言えません。しかも障害が生じた部位や障害の重さは人によって異なり、症状のバリエーションが非常に多いため一律の治療がしにくく、それゆえに医学的なエビデンスや福祉制度上の支援につなげていくのが難しいという現状があります」
2013年に東京大学医学部附属病院に開設された四肢形成不全外来は、リハビリテーション医療をはじめ多様な分野の専門家により構成されるチームで診療を行なっています。四肢に障害のある子どもに対して、成長段階に合わせて生じる問題にも対応しながら、成人期までシームレスにサポートすることを目的にしています。開設から11年間で上肢形成不全児(腕や手に障害がある子ども)101名が受診。そのうち義手を製作したのは67名ですが、同外来開設当初、義手はほとんど処方されていなかったといいます。
「子どもの場合、身体に不自由があっても保護者がサポートしてくれるため、義手によって日常生活が向上するという認識が乏しいのです。また、制度上の課題もあります。一つは1980年代の学会誌で『上肢欠損児は障害のある手に義手などをつけて使いにくくなるよりも、何もつけないでその手をしっかり使って生活できるようにする方が大切だ』という方針が示され、それが医療の現場で定着してしまいました。つまり、子どものための義手は装着しなくて良いと、治療のファーストチョイスから義手は外れてしまったのです。さらに『障害者総合支援法』では、趣味や習い事、スポーツなどに使う義肢は、基本的には福祉用具の支給の対象外となっています。こうしたことから、日本国内では一般的な義手はもとより運動用の義手に対する認知度はさらに低く、それゆえに手に障害のある子どもが運動用の義手を使いたいというニーズをこれまでほとんど拾うことができなかったのです」
運動に合わせてさまざまな形状の義手を用意
成長期の子どもが義手を使わないことによる不利益は、研究によって明らかになっています。例えば、一方の腕に障害のある子どもが障害のない方の腕や手ばかりを使うと、障害のある方の腕の骨や筋肉の成長が遅れるという報告があります。また、上肢形成不全の子どもたちには軽度の側弯症(背骨が左右に曲がってしまう病気)が生じやすい傾向があることもわかってきています。障害があっても左右対称な身体の成長を促すために運動用の義手が何らかの形で有効なのではないかとも考えられます。そこでハビリスジャパンでは国内で認知度の低い運動用の義手を子どもたちに届けられるように、さまざまな取り組みを行なってきました。
「運動用の義手には鉄棒用、跳び箱用、縄跳び用など、用途によってさまざまな形のものがあります。そのため、学校体育に参加するためには複数の義手が必要なのです。そこで私たちは三菱財団の助成を活用し、先天性上肢形成不全(四肢形成不全の中で手指や腕の形成不全や欠損がある疾患)のお子さんに複数の義手をお渡しできるようにしました。学校体育で取り組むさまざまな運動に対応できる義手があれば、それらの運動に挑戦し、周りと同じように授業に参加する機会や頻度も向上します。実際に、義手を使用したお子さんの運動スキルが改善したという結果も得られています」
「また、生まれつき手や足の欠損といった障害があることを否定的にとらえず、道具を使えばちゃんと運動ができるんだと子ども自身の自己肯定感につなげることもできます。身体だけでなく精神面においても健全な成長を導けるのです」
日本の子どもたちに国産の義手が届いた
2016年頃、日本には子どもが運動に使う義手の手先具(義手の先端部に接続する部品)の製品はまったくありませんでした。カナダなど欧米では運動用義手が当たり前のように提供されていたため、実際に使用可能な海外製の義手手先具を輸入して、国内で使用できるようにする取り組みを行いました。しかし海外製の義手の手先具は日本の子どもたちが使うのに、大きすぎたり重かったりしました。たとえば体操競技が盛んなアメリカで開発された鉄棒用義手は段違い平行棒に対応した製品で、日本の小学校に設置された鉄棒とは棒の太さが大きく異なるため使いにくかったのです。やはり日本の子どもたちが使いやすい製品が必要だと考え、ハビリスジャパンがハブとなって、東京大学医学部附属病院、東京大学工学部や民間企業などとともにプロジェクトチームを結成しました。製品の開発費の確保、子どもたちのための運動用義手の開発、それを普及させるための流通ルート作りといった課題を一つずつクリアしていきました。こうして現在までにマット運動や跳び箱用の『タムタム』、鉄棒用の『アーモ』など4種類の運動用義手「プエルハンドシリーズ」を開発し、送り出してきました。
民間企業の協力を得るためにハビリスジャパンが開発する義手手先具を実際に購入して販売見込み数を担保することで、製品化が実現し、製作数量を確保できました。そしてハビリスジャパンで全国の子どもたちへの貸与事業などを行い、義手部品の普及を促進しました。このプロジェクトは「希少疾患に対する製品を開発し、それを子どもたちに確実に届けるまでを実現した」と評価され、医療機器の製造・設計に関するアジア最大級の展示会Medtecで2019年度イノベーション大賞グランプリを受賞しました。
活動を続けるなかで、新たな課題が見つかることもあります。たとえば鉄棒用の義手を装着して逆上がりをすると、鉄棒から手先具が離れてしまい、子どもたちがうまく逆上がりができないのです。そこで器械運動の専門家に指導を依頼したところ、数時間の練習で逆上がりができるようになりました。現在ハビリスジャパンでは子どもたちのニーズを踏まえた義手手先具の開発と製品化に加えて、それを使用した運動プログラムの開発や普及にも取り組んでいます。また、スポーツの機会を広く提供するため、障害のある子どもを対象としたスノーボードやチェアスキーなどの体験イベントも実施しました。
コロナ禍で生まれたアイディア、絵本を通じた啓発活動
ハビリスジャパンが初めて三菱財団の助成を受けたのは2017年度からの2年間ですが、その終盤に新型コロナウイルス感染症の流行が始まり、運動用義手の普及イベントは軒並み中止となってしまいました。財団に対応を相談し、コロナ禍でも実現可能な取り組みへと事業の内容を変更しました。対面でなく資料の配布という形で啓発ができるように、ハビリスジャパンの活動や子どもの義手の理解を促し、普及につなげるための絵本を制作することになりました。
「事業内容の変更だけでなく、助成期間も半年間延長していただくなど、柔軟に相談に乗っていただきました」
そうして完成したのが、絵本『いろんなおててとぼく』です。
「この絵本は全国の療育施設(障害のある18歳未満の子どもを対象としたサポート施設)や病院保育園・幼稚園や小学校などに配布しました。実際に義手をつかう子どもたちが通う学校や園などで読み聞かせ絵本としてお使いいただくことで、障害のある子どもたちへの理解、義手についての理解につながっています」
手に障害のある子どものためのリコーダーを開発
ハビリスジャパンの次なるチャレンジは「スライドリコーダー」の製品化と開発です。リコーダーは小学校の音楽の授業で使用されますが、手や指に欠損があると演奏しにくい楽器です。しかし、佐賀県在住のエンジニア、大坪武廣さんは、片手はもちろん1本の指でも演奏できるリコーダーを開発しました。外側のカバーをスライドさせることで、指で押さえる穴を開閉させる仕組みで、手の力に頼らなくても楽器を口でくわえて支えられるように唄口の形状にも工夫があります。三菱財団の2023年度の助成は、このスライドリコーダーの製品化と有用性の実証、さらに普及支援活動に使われる予定です。
「三菱財団の助成をきっかけに、多くの子どもたちが運動や音楽にチャレンジできるようになっています。ハビリスジャパンは障害がある子どもたちを中心に、そうした子どもたちが大人になってもスポーツやさまざまなアクティビティに笑顔でチャレンジできる社会の実現にこれからも取り組んでいきたいと考えています」
プロフィール
一般社団法人ハビリスジャパン 執行理事
東京大学医学部附属病院リハビリテーション部 副部長・准教授
藤原清香氏
全学組織である東京大学スポーツ先端科学連携研究機構の准教授も務める。
リハビリテーション医学および整形外科を専門とし、とくに小児リハビリテーションや障害者のパラスポーツの分野において臨床および研究活動を通じて患者のQOL向上に取り組んでいる。2021年には東京2020オリンピック・パラリンピックにおいて選手村総合診療所の整形外科リードドクターおよびパラリンピック選手村サブチーフマネージャーを務めた。
取材を終えて…
希少疾患に医療として、また支援活動という形で立ち向かうには想像をはるかに超えた難しさがあるということがわかりました。
そのような状況でも、成果発表で紹介されたイベントの動画では、ハビリスジャパンのメンバーやゲスト講師の方が、義手をつけて運動している子どもたちと一緒に満面の笑顔で楽しんでいるのが印象的でした。
制作された絵本「いろんなおててとぼく」でも、主人公のさつきくんがさまざまな機能の義手を使いながらいろいろなことにチャレンジしている様子が、とても楽しそうに、いきいきと描かれています。
講演の後で藤原先生にお話を聞いたところ、「(障害を)克服するというよりも、義手を使えばこんなに楽しいことがいっぱいできるようになる、とポジティブに捉えて子どもたちに色んなことに挑戦して欲しいという想いで作りました」とのことでした。
この絵本はコロナ禍で対面のイベントが難しくなり、財団とハビリスジャパンで対応を相談し、助成内容を変更することで実現しました。困難な状況でも、子どもたちの可能性を広げたいと行動したハビリスジャパンの活動が、少しでも多くの人に届くことを願います。