未来を拓く一歩を支援
助成プロジェクト 成果レポート
コンゴ民主共和国(コンゴ)東部のブカブに「パンジ病院」を設立し、5万人以上の性暴力被害者の治療に尽力してきた婦人科医で人権活動家のデニ・ムクウェゲ医師が2018年にノーベル平和賞を受賞したことで、世界の注目をより集めることになったコンゴの紛争資源問題。
第2回のインタビューでは、私たちが日常的に使う携帯電話やパソコンなどを含む多様な電子機器に必要不可欠な鉱物と、その産出地域で続く人権侵害、武器としての“性暴力”との関係を研究している東京大学・未来ビジョン研究センター講師・華井和代氏の研究をご紹介します。
学生時代にパレスチナ自治区を訪れたことをきっかけに、平和を築くのは現場の活動だけではなく、その裏にある“つながり”が大切だと感じた華井先生は、長期にわたり人権侵害が続くコンゴ東部での紛争状況や国連による紛争解決への取り組み、各国政府や企業による紛争鉱物取引規制がどのように実施されているのか、また先進国における消費者の認識調査など消費者の社会的責任と鉱物の産出地域で起きている暴力とのつながりを研究されています。
三菱財団はこれまで華井先生の研究に2度の助成をしています。2019年には、ムクウェゲ医師を東京大学に招聘し、コンゴの現状やムクウェゲ医師の活動をより多くの人々に知ってもらう講演会を実現するために助成金の一部が使われました。講演会には、研究者や政府、企業、市民団体、メディアの関係者に加えて多くの一般市民が参加し、日本の消費者の社会的責任について共に考える機会となりました。
【vol.2】見えない“つながり”から、平和に貢献できることを自分事として考える!華井和代氏/東京大学 未来ビジョン研究センター 講師、NPO法人 RITA-Congo 共同代表
日本のような平和な国に暮らしているとイメージが湧きづらいかもしれませんが、いまでも世界のどこかで紛争が起きています。例えばアフリカのコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)では、1996年から紛争が続いており、第二次世界大戦後の世界で最大となる累計600万人もの犠牲者が出ています。日本から遠い地域で、私たちと世界の関係性を捉え、その“つながり”から一体何ができるのか?そんな研究を長年にわたり続けてきたのが、東京大学 未来ビジョン研究センターの華井和代先生です【写真1】。
遠く離れたコンゴの紛争は、日本には無関係なのだろうか?
子供のころから「インディ・ジョーンズ」が大好きで、古代オリエント史に興味を持っていた華井先生。大学入学後に史学の道へ進んだところで、教授から「現地に行ってみては?」と勧められ、バックパックひとつでギリシャ、トルコ、イスラエル、エジプトといった世界の国々を回ってきたそうです。
その旅のなかで、三大宗教の聖地・エルサレムの聖墳墓教会にいた日本人司教とともに、パレスチナ自治区のNGOを訪問する機会を得ました。そこで投げかけられたのは、「あなたたち学生は、ここにいても何の役にも立ちません。ですが、いま見たパレスチナの現実を、帰国してからしっかりと伝えてください。そうすれば日本のみなさんが理解を深め、私たちを支援してくれて、現地の活動も進むと思います」という言葉でした。
実際に現地をまわって強く実感したのは「平和をつくるのは現場の活動だけではなく、その裏にある“つながり”が大切」ということでした。そこで華井先生は、いま世界で起きている出来事について日本の学生に伝えられる高校教師になり、1990年代からの現代史を1年間かけて教える実践的な授業を展開してきたそうです。
「ただ、これまで国際政治や国際紛争について本格的に研究してきたわけではなかったので、やはり正式に勉強したくなりました。NGOが人々をケアしたり、国連平和維持活動(PKO)が入れば、本当に地域紛争が解決するのだろうか? そういった疑問が自分のなかに湧き起こってきたのです。そこで東京大学大学院に入学し、研究者としての道を歩み始めました」。
まず華井先生が取り組んだことは、世界の紛争を解決するための“つながり”の解明でした。
「遠く離れた地域で起きている紛争ですが、実は私たち日本人にも無関係ではありません。開発教育協会(DEAR)の開発教育教材で、コンゴで採掘されている資源が携帯電話の一部として使われていることを知り、紛争資源問題を研究テーマにしようと考えたのです」。
3つの“つながり”から、紛争に対する消費者の社会的責任を考察する
コンゴは、電気自動車などのバッテリーに使用されるコバルトや、携帯電話やコンピュータなどの電子機器に使われるタンタルなどの貴重な鉱物資源を豊富に産出している国です。コバルトは世界の生産量の5割以上、タンタルは3割以上をコンゴで産出しています。それにもかかわらず、コンゴは世界で最も貧しい国に数えられています。鉱物資源の利益が国民に還元されていないのです。
華井先生は、このコンゴの現状を伝える前に、まず、「私たちが使っている電子機器の原料がコンゴの紛争につながっている。私たちが消費行動を変えることでコンゴの紛争を止められるかもしれない」という「語り」が本当かどうか? ということから検証作業を始めることにしました。当時、コンゴの紛争に関わった鉱物が携帯電話に使われているという話は欧米のNGOを中心に注目されていました。しかし、どのような経路でコンゴの鉱物が私たちの手元に届いているのかという詳細について、誰もきちんと検証していなかったからです。
「そもそも、世界各地から集められた鉱石が溶かされて渾然一体となって流通していくため、コンゴの鉱物がどこに使われているのかを確かめる術がなかったのです。それに、たとえ日本国内で携帯電話を使わなくなったとしても、それでコンゴの紛争が本当に終わるのかどうかはわかりません。ですから本当に"つながり"があるのかを確かめる必要がありました」。
一口に“つながり”といっても、いろいろな関係があります。そこで著書である「資源問題の正義―コンゴの紛争資源問題と消費者の責任―」(東信堂)【写真2】では、「問題とのつながり」「問題解決とのつながり」「形而上的なつながり」という3つの論点を軸に考察されました。
「責任には、一般的に“結果責任”と“救済責任”があります。自分が誰かに何か危害を加えたら、その結果に対して責任があり、相手への補償が求められます。もしコンゴの資源が日本の携帯電話に使われて、それが原因で紛争が起きているならば、私たちにも責任があるでしょう。これが“結果責任”であり、“問題とのつながり”です」。
また私たちに問題発生とのつながりがなく、“結果責任”がなかったと仮定しましょう。そのとき私たちは本当に何もしなくても良いのでしょうか?
「相手を救える手段や解決できる手段があるならば、その手段を実施すべきという考えがあります。これが“救済責任”であり、2つ目の“問題解決とのつながり”です」。
さらに、まったく責任がないように感じられる場合でも、果たして“つながり”がないと言えるのでしょうか?
華井先生は「私たちは、「人間には尊厳がある」という理念を掲げていますね。それなのに、どこかで誰かが尊厳を否定される状況が続き、私たちがそれを放置したら、「人間には尊厳がある」という理念を否定することになってしまいます。そこで、たとえ具体的な“つながり”がないとしても、やはり私たちには誰かの尊厳を守るために行動する責任があるのです」と強調します。これが3つ目の“形而上的なつながり”です。
コンゴで続いている紛争と、一般市民が受けている悲惨な性暴力
では、いまコンゴでは具体的にどのような紛争が起き、一般市民がどんな酷い被害に遭っているのでしょうか?華井先生はコンゴの周辺国にある難民定住地を訪問し、コンゴ東部の紛争地域から命からがら逃げてきた難民に話を聞きました【写真3】。
「コンゴ東部の資源産出地域で襲撃を受け、家族を殺されたり、性暴力に遭った人たちから話を聞きました。最初は、遠い日本から来た見ず知らずの私に話をしてくれるだろうかと不安でした。ですが、誰もが大変つらかった身の上話を事細かに話してくれて、さらに、自分の話も聞いて欲しいという人たちが集まってきて、行列ができるほどでした」と振り返ります。
誰にも話せなかったつらい出来事をようやく話すことができ、「聞いてくれてありがとう。あなたが来てくれて、世界から見捨てられたわけじゃないとわかった」と感謝されたそうです。
また華井先生は、2018年にノーベル平和賞を受賞したコンゴのデニ・ムクウェゲ医師【写真4】を日本に招聘し、東京、広島、京都での講演会を開催しました。ムクウェゲ医師は、コンゴ東部のブカブに「パンジ病院」を設立し、5万人以上の性暴力被害者の治療に尽力してきた婦人科医です。彼は世界各地で講演を行い、紛争下の性暴力の現状を訴え、平和と正義の実現を訴えています。
ムクウェゲ医師は、次のようにコンゴの実情について強く訴えます。
「日本を含めた先進国はハイテク機器を生産しています。そこに使われるコンゴの鉱物資源を、国内外の武装勢力や駐留する政府軍が自身の利益のために利用しています。そして地域住民への人権侵害が日常的に行われているのです。みなさんが使っているハイテク機器が多くの女性たちへの恐ろしい性暴力につながっていることを、みなさんに広く知ってもらいたいのです」。
ムクウェゲ医師のパンジ病院では、医療に加えて、女性たちがトラウマを乗り越えて、アイデンティティを取り戻せるように、心のケアをする施設をつくり、スタッフが日々声をかけて励まし続けています。
生活を立て直すための生計支援、加害者を訴追するための法的支援も行っています。
さらに2019年10月には、コンゴのみならず世界各地で性暴力被害者に補償を行うためのグローバル基金を設立しました。
東京大学で行ったインタビューのなかでムクウェゲ医師は、コンゴの紛争を収束するために力を貸してもらいたいと求めました。
「世界中がコンゴの鉱物を使っているにもかかわらず、違法採掘が放置されています。いくら企業が“クリーンな鉱物資源を使っている”と言っても、犯罪組織によって採掘された鉱物の多くが、ウガンダやルワンダに密輸され、「ウガンダ産」「ルワンダ産」として取引されているのです。紛争を続けることで利益を得ようとする国や人々を止めなければ、この状況はいつまでも変わらないのです。ですから日本のみなさんの世論によって、彼らにプレッシャーをかけて欲しいのです。そして世界中の企業が国際的ルールのもとで、CSR(社会的責任)を果たしながら、合法的に現地で資源を採掘できる環境をつくって欲しいと思います」。
コンゴの悲劇の連鎖を断ち切ることはできるのか?
このようなコンゴの紛争と悲劇の連鎖を根本から断ち切るために、もちろん国際社会も無策ではありませんでした。コンゴで何が起こっているかを世界が知りはじめ、多くの国の企業が紛争鉱物の調達調査をする動きが出てきています。
2010年に経済協力開発機構(OECD)は、企業の資源調達のサプライチェーンから紛争鉱物を排除する取り組みを求めるデューディリジェンス・ガイダンスを公表しました。米国でも同年に、金融規制改革法(ドッド・フランク法)の 1502条により、同様の紛争鉱物取引規制が制定されました。日本も電子情報技術産業協会(JEITA)が「責任ある鉱物調達検討会」を設立してこうした規制への対応を行っています。ただ、このような各国の動きも、ムクウェゲ医師の指摘のように、必ずしも有効に働いているというわけではないのです。
華井先生は「紛争鉱物取引規制により、コンゴ東部で違法に採掘された鉱物資源を企業が使えなくなり、鉱山から武装勢力が撤退して紛争が止まると考えられていました。ですが、残念ながら上手くいっていません。というのも鉱山から撤退した武装勢力が周辺の道路に障害物を設け、トラックやバイクから“通行税”を取って紛争資金にしているからです。また近隣諸国が兵士をリクルートし、コンゴ東部に送り込んで武装勢力を支援しているという国連の報告もあります」と説明します。
つまり「紛争を続けて利益を得たい」と望む人々がコンゴ内だけでなく、周辺諸国にも広がっているという背景があります。いくら国際社会で紛争鉱物をコントロールしようとしても、コンゴ国内の政治腐敗や経済問題、周辺国の関与など、現地のダイナミクスが働いており、紛争を止められないという実情もあるのです。
研究の原点に立ち返り、コンゴの現状を丁寧に捉えたい
そこで華井先生は「研究の原点に立ち返り、もっと現地の状況を細やかに把握する必要があると考えています。コンゴでは130もの武装勢力が活動しており、それぞれの目的で動いていると推測されます。一体、誰が、どこで、何のために、どんな人を襲撃しているのか。現地の実情を丁寧に捉えていかないと、有効な解決策は見つからないでしょう」と語り、あらたな研究を始めているところです。
国連は、1993年から2003年の間にコンゴで起きた617件の人権侵害、戦争犯罪を詳細に調査した「マッピングレポート」を2010年に発表しました。いま、同様の調査が求められていると思います。たとえ現地に入って調査できなくても、難民への詳しい聞き取り調査を行って、地域ごとの利権や関係性から、問題をしっかりと炙り出していくことで、解決の糸口を見つけられる可能性があります。
「紛争の原因は、政治、経済、資源、エスニシティをめぐる対立などが、複雑に絡み合っています。その関係をじっくりと詳しく調べていくことが大切です。この研究を今後数年にわたり進めていきます。また紛争と資源があるなかで、人間の行動として一体どんなことが起きてしまうのか、その原理についても拡大して考えていこうと思います」【写真5】。
華井先生は三菱財団から、このコンゴ東部の紛争に関わる資源問題について2回の助成を受けて研究を続けてきました。
「まさに研究に着手できたのは財団からのご支援のおかげです。もし助成がなければ、この研究は何も進みませんでした。本当に感謝しています。助成金の一部は、難民への聞き取り調査に加えて、ムクウェゲ医師の来日旅費に充てたり、ベルギーでコンゴの人たちと会議を毎年開催し、研究発表するために使わせていただいています。やはり、この問題はコンゴ人自身に考えてもらいたいためです。会議の成果は2018年にフランス語書籍として出版することができました」。
最後に、私たち日本人がコンゴの紛争資源問題をどのように捉えていけばよいのか、華井先生からのメッセージをいただきました。
「私たちが日常的に見ている世界は狭くて、世界のどんな“つながり”のなかで自分たちが生きているのか、実感することは少ないでしょう。しかし世界の遠い地域であっても、実は私たちとつながっているのです。コンゴの紛争資源問題の“根”は200年以上も前から存在してきました。そういった世界経済の構造のなかで生きていることを、みなさんにぜひ知っていただきたいです。自分には何もできないとすぐに結論づけず、自分たちが得ている富や権利は本当に自分だけのものなのか、いま一度見つめ直してください。きっと誰かのために使えるものがあると気づくでしょう」。
研究者プロフィール
東京大学 未来ビジョン研究センター 講師/NPO法人 RITA-Congo共同代表
華井和代氏
東京大学大学院博士課程修了(国際協力学博士)。コンゴ東部での紛争状況から、国連による紛争解決への取り組み、各国政府や企業による紛争鉱物取引規制の実施状況、先進国における消費者の認識調査まで幅広く研究。同時に元高校教師の経験を生かし、高校生が世界の紛争状況と市民社会の責任について学ぶ平和教育・開発教育教材を開発・実践している。
取材を終えて…
三菱財団の人文科学助成が支援する研究テーマは世界の様々な地域や時代に及びますが、どのテーマもその根底で現代のわが国が抱えている社会的課題に繋がっています。お読みいただいたように、日本から遠く離れたコンゴの性暴力問題も日本で使われている携帯電話の材料の資源がコンゴから調達されていることと関係しています。華井和代先生の研究者としての冷静さとその奥に潜むコンゴの女性への温かい思いを感じるインタビューでした。