未来を拓く一歩を支援
助成プロジェクト 成果レポート
【vol.20】多様な性を学び、すべての子どもがありのままで過ごせる未来を藥師実芳氏/認定特定非営利活動法人ReBit代表理事
LGBTQとはレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー、クエスチョニングの頭文字を取った言葉で、性的少数者の総称とされることもあります。日本で行われた調査※1では、LGBTQの割合は約3〜10%といわれています。また、別の調査ではLGBTQの子どものうち、68%が学校生活の中で「いじめや暴力を経験した」※2、58%が「自殺念慮を抱いた」※3ことがわかりました。LGBTQの子どもたちの多くが日常的に困難に直面し、生きづらさを感じているのです。
教育現場では性別を問わず、自由に制服を選べるようにするなど、LGBTQの子どもたちに対する配慮は少しずつ広まっていますが、まだ充分とはいえません。認定特定非営利活動法人ReBit(リビット)は教育現場などを対象に、LGBTQを含めたすべての子どもがありのままで大人になれる社会を目指して活動しています。ReBitのこれまでの歩みとこれからについて、代表理事の藥師実芳(やくし・みか)さんに伺いました。
※1「働き方と暮らしの多様性と共生」研究チーム(2019)「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」、日本労働組合総連合会(2016)「LGBT に関する職場の意識調査」、株式会社LGBT 総合研究所(2016)「LGBT に関する意識調査」、電通ダイバーシティ・ラボ(2018)「LGBT 調査2018」、日高庸晴・三重県男女共同参画センター「フレンテみえ」(2018)「多様な性と生活についてのアンケート調査」より
※2 「いのちリスペクト。ホワイトリボン・キャンペーン」(2014年)平成25年度東京都地域自殺対策緊急強化補助事業「LGBTQの学校生活に関する実態調査(2013年)」
※3 中塚幹也(2017年)「封じ込められた子ども、その心を聴く:性同一性障害の生徒に向き合う」(ふくろう出版)
生きづらさを抱えながら通った「学校」を変えたい
認定特定非営利活動法人ReBit(以下、ReBit)は2009年、藥師さんが20歳の大学生のときに立ち上げた団体です。藥師さんは女性の体を持って生まれ、男性として生活するトランスジェンダー。小学校6年生のときに「トランスジェンダー」いう言葉を知りました。誰にも相談できずに悩み続け、高校2年生のときに自殺未遂を経験したことも。友人にカミングアウトし、受け入れられたことで安心したといいます。
早稲田大学に入学後は、社会課題をテーマにイベントを行うサークルに所属。1年生の終わりに、LGBTQをテーマにしたイベントの企画がサークル内のコンペに通ったことをきっかけにサークルメンバー全員にカミングアウト。2年生のときに実行したイベントには300人以上を集めることができました。イベントが終了した直後の藥師さんに、1人の先輩がこう話しかけます。「この結果で満足していいのか? 毎日1人にこの話をし続けたら、たった1年で今日集まった300人以上の成果が生まれる。継続は、それほど大切なことなんだ」と。
「そのイベントの企画を始めた時は、自分自身が感じてきた息苦しさを昇華したいという思いだったんだと、振り返って感じています。でも、先輩の話やイベントを企画するなかで出会った大勢の同世代のLGBTQの人たちの話を聞いたことで、自分だけでなく同世代のLGBTQの人や次の世代の子どもたちのためにも継続していきたいと思いました」
出張授業を100校連続で断られる
イベントを一緒に実行してきた仲間たちの協力を得て、立ち上げたのが「ReBit」です。その活動のフィールドとして選んだのは学校。ほんの数年前まで、藥師さんたちが生きづらさや不安を感じながら通った小中高校を変えたいという強い思いがありました。また、藥師さん自身も経験したように、LGBTQの子どもは希死念慮※が高く、その最初のピークは小学校高学年から高校生までの第二次性徴期にあります。全国の小中高校にLGBTQを切り口に、多様な性について伝える出張授業をしたいと申し出ましたが、なんと100校連続で断られるという結果に。断られたのは「子どもたちにそんな性的な話を聞かせることはできない」「うちにはLGBTQの子どもなんていない」という理由からでした。そこでReBitは対象を変更。ジェンダーやセクシュアリティの研究をしている大学教授に「授業を1コマいただけないか」とお願いし、大学生向けの授業をしたのです。LGBTQの学生たちがグループワーク等を通じて、知識を伝えるだけでなく出会いによる体感的学びを行う授業は教授たちにも評価され、高校での授業や、教育委員会の依頼による教員向け研修もできるようになりました。
※希死念慮:死にたいと願うこと。
「当時はグループワーク型の授業をしていました。5〜10人程度のグループを作り、私たちの1人がファシリテーターとしてそこに入り、ライフストーリーを話したり、テーマについてともに話し合ったりする形です。そのなかでLGBTQの当事者として、『自分は高校時代に、こんなことを言われてこう感じた』『友達にこう言ってもらってうれしかった』といった経験や思いを話します。授業の後、生徒の1人が『誰にも言えなかったけれど、自分もLGBTQなんです』と泣きながら伝えてくださったこともありました」
文部科学省の通達が教育現場にパラダイムシフトを起こす
2016年4月1日、文部科学省は小・中・高の教職員向けに「性同一性障害や性指向・性自認に係る、児童生徒に対するきめ細やかな対応等の実施について」と題した周知資料を公表しました。そこには、「性同一性障害に係る児童生徒については、学校生活を送る上で特有の支援が必要な場合があり、個別の事案に応じ、児童生徒の心情などに配慮した対応を求められる」と明記されています。この資料には、全国の小学校・中学校・高等学校約5万5000校で少なくとも606件、LGBTQの児童生徒に特別の配慮をした例があったという調査結果が掲載されています※。
※:文部科学省「学校における性同一性障害に係る対応に関する状況調査」(2014年)
「『うちの学校にはいない』と考えられてきたLGBTQの子どもたちが、学校にいて対応が必要だと言われたことは、かつてないパラダイムシフトでした。教育現場での研修機会は格段に増えました」
その一方で、教員養成課程でLGBTQについて学んだ経験がある教職員は少なく、子どもたちにどのように教えていいか悩む先生の声が多く届きました。そこでReBitは教職員が自身のクラスや学校で授業ができるよう、オリジナルの教材の作成に着手しました。2017年、中学校教諭向けの『Ally Teacher's Tool Kit(アライ・ティーチャーズ・ツール・キット)』が完成。翌年には小学校高学年版、2021年には『教職員研修用Ally Teacher's Tool Kit』が刊行されました。アライ(ally/英語で「味方」とのこと)はLGBTQの理解者・応援者を指します。これらの教材を使うことでまず教職員がLGBTQや多様性について理解し、児童生徒に正しく伝えられるようになりました。
子どもたちが多様な性について学ぶことが、多様性の理解につながる
ReBitは三菱財団より2018年度と2020年度の2回にわたって助成を受け、「多様な性についての学校教育が児童生徒に及ぼす効果」について調査研究を行いました。これは、出張授業先でのアンケートや、『Ally Teacher's Tool Kit』に同封されているアンケートを分析したもので、2018年度は中高生、2020年度は小学校高学年を対象にしたデータが得られました。
調査結果は藥師さんたちの想定通り。例えば、小学校高学年の児童への「男の子は女の子を好きになり、女の子は男の子を好きになるのがあたりまえだ」という問いに対して、授業前は正解率が49.3%だったのに比べ、『Ally Teacher's Tool Kit』を利用した授業を受けた後は9割以上が正解し、児童生徒は授業を通じてLGBTQの正しい知識を得られることがわかりました。
「多様な性について伝えることで、児童生徒の多様性への理解が深まることを私たちは実感していました。それに加えて客観的な調査結果を得られたことで、LGBTQについて教えることの効果や必要性をお伝えできるようになり、教育現場に導入していただきやすくなりました」
調査の結果は教職員や教育委員会には驚きをもって迎えられ、幼少期からLGBTQについて段階的に教える意義が認知されていきました。また、大規模な調査に基づいて研究成果を出せたことで、LGBTQの団体らが長年目標としていた「教科書にLGBTQについて載る」ことの実現の一助になりました。
「教科書にLGBTQについて記載されることは、多様な性についての教育機会が平等に保証されることにつながります。子どもたちが授業の中でLGBTQを通じて多様な性について学び、考えることは、LGBTQを含めたすべての子どもたちにとって安全な学校環境や、ありのままで生きられる社会づくりにもつながります」
念願だった教科書への掲載が実現
『Ally Teacher's Tool Kit』の調査結果から明らかになった授業の効果を教科書会社にも伝えられたことは、「どの学年を対象にすればいいのか」「どの教科でどう教えたらいいかわからない」「教えたらどんな効果があるか。あるいは逆効果はないか」といった疑念を払拭するための一助となりました。
「2018年に、複数の高校教科書に初めてLGBTQが掲載されました。教科書会社のみなさんとともに制作に携わらせていただいた教科書が手元に届いたときは感無量でした」
2019年には中学校教科書の一部、2020年には小学校教科書の半数にLGBTQが掲載されるようになりました。2024年度からはすべての小学校の保健体育教科書にLGBTQが掲載される予定です。
「ReBitが2022年に行った調査では、LGBTQの学生らの4割が、過去1年に学校の授業でLGBTQについて学んでいました。先生方、学校、行政、企業などの努力により、多様な性について子どもたちの学びの機会が増えていることに感謝するとともに、全ての子どもたちに学びの機会が平等に保証されるよう引き続き努めていきます」
しかし、ReBitの活動はこれで終わりではありません。藥師さんたちの仕事には、LGBTQについての教材以外の部分にもジェンダーバイアス※がないか、監修することもあります。
※ジェンダーバイアス:男女の役割について固定的な観念や偏見をもつこと。例えば家庭内の役割分担、特定の色や服装をジェンダーと結びつけるなどは、ジェンダーバイアスにつながるリスクがある。
「教科書会社のみなさんがLGBTQやジェンダー、障害、国籍など、さまざまな多様性を尊重してくださることは、子どもたちが自身・他者双方の多様性を大事にできることにつながると考えます。そして、私たちが教育現場で次の目標としているのは、先生方とともに学校環境をSOGIインクルーシブ※に整えていくことです。そのためには、先生方がLGBTQについて学び、学校環境を整える主体となることが大切です。私たちは先生方の主体性や想いを応援し、伴走できるよう、先生同士が実践されていることを共有できるコミュニティを作ったり、実践をまとめた資料を作成していく予定です」
※SOGIインクルーシブ:SOGI(Sexual Orientation and Gender Identity/ソジ)とは性的指向(好きになる性)・性自認(自分の心の性)のこと。SOGIインクルーシブとは、多様な性的指向・性自認を認め合い、共生する環境。
教育事業に加え、ReBitは2013年から「キャリア事業」にも着手し、LGBTQの人も自分らしく働けるよう支援しています。また、2021年には「福祉事業」を新たなフィールドに選び、日本初のLGBTQフレンドリーな就労移行支援事業所※「ダイバーシティキャリアセンター」を開所しました。LGBTQであることは障害ではありませんが、社会や職場などでのハラスメントや困難によりメンタルヘルスが悪化しやすいことから精神障害の高リスク層とされています。それにも関わらず精神的なサポートを受けたくても、サポートする側の理解不足などからLGBTQの78%が障害福祉サービス利用時に困難やハラスメントを受けており、福祉を利用しづらい状況を改善したいと考えたからです。国内では精神障害があるLGBTQの人たちへの専門性の高い支援が提供されていない状況から、「ダイバーシティキャリアセンター」開所以来約1年半で、のべ6000件の相談が全国から届いています。
※就労移行支援事業所:障害がある方の就活支援を行う福祉サービス。
LGBTQを含めたすべての子どもが、ありのままで大人になれる社会を目指して活動を続けるReBit。その道は、誰もが多様性を尊重して生きやすい世界へとつながっています。
プロフィール
認定特定非営利活動法人ReBit
LGBTQを含めたすべての子どもがありのままの自分で大人になれる社会の実現を目指す、認定NPO法人。学校・行政・企業でLGBTQやダイバーシティに関する授業/研修を1600回、16万人以上に提供。多様な性についての教材作成や、LGBTQの就活生ら約9000名のキャリア支援を行っています。
取材を終えて…
インタビューでは、LGBTQの人々への支援活動への藥師さんの熱い思いが伝わってくるとともに、周囲の人々に細やかに気遣いつつ、いつも笑顔で自然体の語り口が印象的でした。LGBTQについての社会の理解が以前に比べれば進み、新聞にもしばしば記事が掲載されるようになりましたが、その背景にReBitをはじめとする支援団体の方々のこれまでの活動が大きく貢献していることを今回の取材を通じて改めて実感しました。すべての子どもがありのままに過ごせる未来の実現に向けて三菱財団はこれからも応援していきたいと思います。