今年の夏休み、旅の計画を立てている人も多いだろう。リゾートやキャンプを楽しむ人もいるはず。さらに幼い頃の夏の思い出には、海や山、川で過ごしたまぶしい景色が焼きついているのではないだろうか。今回はそんな夏の記憶を呼び覚ますような「自然のパワー」を感じさせる3冊をセレクト。通勤で歩いているその街でさえ、踏みしめた地面も、見上げた空も、信じられないほどのパワーの一部なのだ。
日本列島はすごい 水・森林・黄金を生んだ大地
伊藤 孝著 中公新書(1,012円)
南北にすらりと伸びた日本列島は、美しい。このエレガントなフォルムの中に四季があり、また周囲ぐるりと囲んだ海と中央に連なる山々のお陰で、海産物にも森林にも、起伏に飛んだ風光明媚な景色にも恵まれている。一方で火山列島として、常に震災のリスクと背中合わせでもある。本書は、そんな日本列島のもつ特異な魅力を、地学教育の第一人者である著者が柔らかい語り口で紐解く。
1万4千もの島々が連なる日本列島は、約1500万年前もユーラシア大陸から分離し、3万8千年前に人類が上陸、以来豊かな資源の中で人々が歴史を刻んできたという。この日本列島の持つ資源――水・日・塩・森・鉄・黄金がどのように見出され、どのように生かされてきたのか。「形」「列島として独立するまでのなりたち」「火山の意味」「日本を取り巻く海流と偏西風」「塩からみた日本」「森林と燃料」「鉄資源」「地震と暮らし」など、見る角度によって異なる表情を見せる日本列島。けれどいずれにしても、読めば読むほどこの列島が「ギフテッド」とでも言いたくなる、特別な個性の輝きを放っていると思えてくる。縁あってここに生まれたことに感謝し、この誇るべき自然環境を大事に守りながら生きていきたい、と改めて感じさせられる。
笑う森
荻原 浩著 新潮社刊(2,420円)
登山は昨今プチブームになっているが、初心者による遭難事故も少なくない。自然は美しさと恐ろしさを背中合わせにもっているのだ。しかし怖いのは自然ばかりではなく、人間のほうかもしれない…そんな森と人間の闇と孤独、強さと温かさとを感じるミステリー小説。
寒さが感じられ始めた11月のある日、「小樹海」と呼ばれ自殺の名所ともなっている原生林「神森」で、5歳のASDの男の子・真人(まひと)が行方不明になった。1週間後、奇跡的に発見された息子は、以前の彼とは何かが違う。本人は「クマさんが助けてくれた」というばかりで、全容が見えない。と同時に、早くに夫を亡くし、シングルマザーとして真人を育ててきた母はこの事故の報道により、SNSで壮絶なバッシングに苦しんでいた。甥・真人を我が子のようにかわいがる義弟とともに、書き込みの張本人を探し、空白の1週間の真相を調べる。森の中で真人に何が起きたのか…。
真人が森で出会った人々は、それぞれの理由で森に引き込まれた。逃げ込んだと言ってもいい。土に還ることで罪がリセットされるかのように。さて、森はすべてを洗い流してくれるのだろうか?
森の恐ろしさと現代社会の闇を行き来する物語ながら、その結末には光がある。安心して手にしてほしい。
銀河の片隅で科学夜話
物理学者が語る、すばらしく不思議で美しい この世界の小さな驚異
全 卓樹著 朝日出版社(1,760円)
打ち上げ花火を鑑賞したり、テラスでビールを飲んだりと、夜空を見上げることも増えるこの季節。天空を仰げば「自然」の解釈もぐっと広がってくる。そんな銀河系の神秘にまで迫る本書。物理学者(にしては驚くほどソフトな語り口)の著者が、宇宙の話、原子世界の話、倫理の話など、300年以上前の発見から近年の研究まで、22の「驚き」を語り聞かせる。第3回八重洲本大賞、第40回寺田寅彦記念賞受賞作。
1日の長さが1年に0.000
017秒ずつ伸びているという話(「第1夜・海辺の永遠」)、流れ星はどこから来るのか?(「第2夜・流星群の夜に」)、宇宙の中心のブラックホールとは?(「第3夜・世界の中心にすまう闇」)、じゃんけん必勝法と「自由」の関係(「第9夜・確率と錯誤」)、反乱を起こす奴隷アリ(「第19夜・アリたちの晴朗な世界」)…。天文科学、自然科学に物理学、歴史学や社会学を縦横に飛び交う一つ一つのエピソードを読んでいると、まさにこの表紙のイラストのように、静かで俯瞰的な景色に立つことができる。
日常には、思うようにいかないことや煩わしいことも避けられないけれど、夜、ベッドに入ってこの本から1章を読めば「今日の1日も、ある時代の小さな人間のほんの一瞬のできごとだな」と愛おしく見送って眠りにつけるだろう。
ライタープロフィール
文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイル、ウェルネスなどをテーマに雑誌やウェブ、広告、書籍などにて編集・執筆を行う。趣味はトライアスロン、朗読、物件探し。