
三菱グループ各社で共同して実証事業に取り組む動きが進んでいる。今回は三菱自動車、三菱商事、三菱総合研究所のカーボンニュートラルへ向けた取り組みを紹介しよう。
三菱グループでは、将来のカーボンニュートラル社会の実現を目指して、グループ各社が共同でさまざまな実証事業を展開している。気候変動対策は簡単に取り組めるような部分からスタートしており、現在は本格的な実証実験の段階に来ている。各社でも持続可能な社会の構築に向け、知恵や技術を出し合うコラボレーションが進んでいる。当初は気候変動対策に消極的だといわれていた日本企業だが、今やアーリーアダプターとして世界でも先進的な事例に取り組んでいる。
気候変動対策は、ひとつの会社で対応するよりも、業界全体や業種を超えて複数で取り組んだほうが成果は得やすいといわれる。三菱グループでどのような共同実証事業が行われているのか、おもな取り組みを紹介していこう。
三菱自動車とENEOS Power、エネルギーマネジメントを手掛けるNatureの3社は、岡山県倉敷市にて、自宅での電動車の充電時間を遠隔でコントロールすることで電気料金を最適化する「おうち de ENEマネ」の実証を2025年後半から本格的に開始する。
この実証では、倉敷市周辺に在住する三菱自動車とENEOSグループの社員を対象に、社員が保有する電動車や充電器を使用して、自宅での充電時間を遠隔でコントロール。電動車の(リアルタイムの車両データの取得や遠隔制御を可能とする)コネクティッド技術を活用して、電池残量などの車両データを制御システムとデータ連携、電力の市場価格が安い時間帯に充電されるよう、自宅の充電器へ充電時間などの指示を出していく。三菱自動車モビリティビジネス戦略部 部長の谷田部 皇緒氏は次のように語る。
「三菱自動車は『アウトランダーPHEV』の車両から、コネクティッドシステム、モビリティサービスプラットフォームを通じて車両データを提供し、ENEOS PowerはEVオーナー向けに電力プランを提供し電力の調達と供給を行います。Natureは30分単位で毎日変動する電力市場価格の取得や最適な充電スケジュールを作成し充電器制御を行います。3社で遠隔コントロールなどに関する技術実証を実施すると共に、電力調達コストの削減による収益性について検証し、事業化へ向けて検討していくのが大きな狙いとなります。」

「おうち de ENEマネ」の実証における各社の役割。
また今回は、国内初の取り組みとして、太陽光発電設備を設置している家庭では、電動車のコネクティッド技術を通じた車両データとの連携によって、コントロール可能な充電電力量を把握し、太陽光発電設備の自家消費の最大化を実現していく。ENEOS Power VPP(バーチャルパワープラント)事業部 部長の南里 浩哉氏はこう語る。
「電力は夜間のほうが安いという印象があるかもしれませんが、最近は太陽光発電の普及に伴い、昼間の電力が余剰となるケースが増加しています。一方、電動車の充電は、夜間に行うことが一般的で、昼間は限定的です。電力の市場価格が安い昼間に充電需要を生み出すことで太陽光発電の電力を余すところなく最大限活用し、電力料金を低減していくことが今回の取り組みの大きな目的となります。」

「おうち de ENEマネ」の実証概要。
三菱自動車×ENEOS Power×Nature
“三菱村”と言われる倉敷市・水島地区で
EVを活用した「おうち de ENEマネ」実証開始
今回の実証は、ENEOS Powerが実証実験を始めるにあたって、自動車メーカーの協力が不可欠だというところから始まった。それに三菱自動車が乗ったかたちとなる。
「実証実験を行う倉敷市にはENEOSの水島製油所、三菱自動車の水島製作所があります。直線距離で1km程度であり、周囲は“三菱村”とも呼ばれています。そのような環境下、三菱グループとしてのシナジー効果に加え、三菱自動車では車両データを連携する技術においてエネルギーマネジメントでの活用を図るべく、ENEOSさんとご一緒させていただくことになったのです。」(谷田部氏)
今回の実証では、三菱自動車からNatureへの車両データ連携は終えており、Natureは取得した車両データをもとに遠隔から充電器を制御していく。そこで課題となるのは何か。谷田部氏が語る。
「最適充電にするには、どのようなデータが必要で、そのデータをどのタイミングで送るべきか。仮にデータのやり取りの頻度を増やせば、システム維持費用も高くなるため、そこをいかにミニマイズしていくかが課題になると考えています。」
一方、ENEOS Powerではどのような課題感を持っているのか。南里氏は言う。
「通常、夜間に行う充電を昼間に充電するようにしなければならないため、ユーザーに行動変容を求めることになります。これが本当に受け入れられるのかが課題となります。電気料金の低減で得られるベネフィットが行動変容に見合うものとなることがこのサービスが評価されるかのポイントになると考えています。」
今回の実証実験の展望について、2人はこう語る。
「再生可能エネルギー電源の導入はカーボンニュートラル社会の実現に貢献する一方、気象条件などにより発電量が変動し、電気需給のバランスが不安定になることがあります。こうした状況に対して、分散型エネルギーリソースを活用し、電力系統への放電やリソースへの蓄電を適切に制御するVPPサービスは、電気の需給バランスの安定化に貢献する新たな取り組みとして世の中から注目されています。今回の実証で電動車の制御によるエネルギーマネジメントのノウハウを蓄積し、新しいサービスを展開していきたいと考えています。」(南里氏)

ENEOSのVPPネットワーク。
「電動車はその搭載された大容量電池を用いて、カーボンニュートラルやエネルギーの安定供給に貢献することが社会から期待されており、電動車の車両データを活用したいというお声をいただいております。電動車の走行情報や位置情報、SOC(充電率)などのデータを提供することで、電力の需給調整に合わせた最適な充電制御が可能となります。車両データを各パートナーのシステムと連携させ、よりカーボンニュートラルに寄与し、かつお客さまの電気コストを低減する仕組みを世のなかに展開したいと考えています。」(谷田部氏)
三菱商事×キリンビール×MCKBエネルギーサービス×高砂熱学工業×三浦工業
2026年6月からキリンビール北海道千歳工場で
グリーン水素へのエネルギー転換実証事業を開始

キリンビール北海道千歳工場。
三菱商事とキリンビール、三菱商事クリーンエナジーが出資・運営するMCKBエネルギーサービス、高砂熱学工業、ボイラを扱う三浦工業は、キリンビール北海道千歳工場で使用する蒸気ボイラ用燃料の一部を化石燃料由来からグリーン水素由来へ転換し、ビールの製造工程にグリーン水素由来蒸気を活用する実証事業を2026年6月よりスタートする。
ビール製造では、麦汁の煮沸などの加温工程で大量の蒸気を使用する。今回の実証では、蒸気を製造するボイラ用燃料の一部を都市ガスからグリーン水素に切り替える。これによって最大約23%の熱需要を水素に代替し、年間約464トンのGHG(温室効果ガス)排出量を削減できる見込みだ。三菱商事電力事業開発本部電力開発事業部の関 大陽氏が語る。
「キリングループでは、2050年までにバリューチェーン全体で、GHG排出量をネットゼロ(温室効果ガスの排出量とCO₂の吸収量や除去量を差し引きゼロにすること)にするという長期的な目標を掲げています。この目標に貢献したいという想いと共に、弊社としても今後更に脱炭素化に注力していく中で、水素の利活用の知見を蓄積していくという狙いがあります。
グリーン水素の製造にはグリーン電力が必要である中、北海道は太陽光発電や風力発電など、再生可能エネルギーの供給能力が非常に高いです。その様な北海道のポテンシャルにも着目し、今回の実証事業が始まりました」

実証事業のスキーム。
三菱商事が商業ベースでグリーン水素を扱うのは国内初。ビール製造では、これまで都市ガスボイラやバイオガスボイラを使ってきたが、グリーン水素を燃料源とする水素ボイラを使うことにより、製造工程においてもCO₂を排出しないようにする。グリーンなエネルギーの活用によりカーボンニュートラルの実現に寄与していくことを目指す。
ところで、なぜ水素なのか。水素というと扱いづらいイメージもあるが、同社電力事業開発本部電力開発事業部プロジェクト統括マネージャーの本田 全司郎氏はこう述べる。
「ビールの製造工程では麦汁煮沸などで大量の蒸気を使います。そのため、ビール製造では蒸気を製造するための熱源がCO₂削減施策上の課題となっていました。そこで、蒸気の脱炭素化の有望な手段の一つとして、CO₂を排出する都市ガスの代替で水素は多くの企業が注目をしています。その水素が実際にビール製造に適しているかどうか。今回はそうした課題を抽出し、克服するための実証です。」
産業振興に資する取り組みに重点
実証で知見やノウハウを蓄積
今回の実証は三菱商事からキリンビールへ働きかけるかたちで始まった。グループ企業のMCKBエネルギーサービスを通じてキリンビールのニーズとも合致。実証を通じて知見やノウハウを蓄積し、水素の利活用を進めていく方針だ。
「現時点では水素の製造コストは都市ガスに比して高いのですが、まずは製造ラインで使えるかどうかというところから始めて、実証の結果、今後水素の利活用が進み、需要が増えていくにつれ、コストも下がってくるのではないかと期待しています」(本田氏)
2025年5月初旬に着工をしており、2026年6月より設備を稼働する予定だ。実証期間は10年間を予定しており、実証を通じてグリーン水素へのエネルギー転換におけるGHG排出量削減効果や技術的な課題を検証していく。
「やはり産業振興に資する取り組みに重点を置きたいと考えており、将来的には他業種の工場での水素の利活用も視野に入れて取り組んでいきたいと思います。次世代エネルギーの導入は、今はさまざまな試みを行う段階で、決め打ちでコレだというものはありません。いろいろなクリーンエネルギーを使いながら、脱炭素化の達成を目指していく企業様をご支援させて頂きたいと思います」(本田氏)
今後、GHG排出量削減に向けたエネルギー転換の技術的知見を高めることで、各社が掲げるGHG排出量削減目標の達成に向けた取り組みを加速していく。
「水素を活用した本実証事業を通して得た知見やノウハウを、グループ企業等の他企業の取り組みにも広げ、市場の拡大、コスト削減につなげていきたいと考えています」(関氏)
こうした実証事業について、グループで取り組めるメリットを本田氏はこう語る。
「志を同じくするグループとして、社会的使命を含めて本事業でのミッションを完遂していきたいと思います。必ずしもうまくいくことばかりではないと思いますが、だからこそ、グループという枠組みが生きてくると思います。今回の実証では、キリンビールが環境の負荷を下げつつ、美味しいビールをつくれることを検証することが最終的な目標となります。私達は水素の利活用に向けて三菱商事グループ一丸となって、キリンビールをご支援して参ります」
三菱総合研究所×三菱ふそうトラック・バス×ダイヘン
環境省の社会実装促進事業のもと
商用EVのワイヤレス給電事業を実証
株式会社三菱総合研究所は、三菱ふそうトラック・バス株式会社、株式会社ダイヘンと共同で、環境省の「運輸部門の脱炭素化に向けた先進的システム社会実装促進事業」の実施先に選定されている。この事業を通じて、同社は商用EVへの停車中ワイヤレス給電の実証を行い、商用EVの利用者が参照できる導入ガイドラインを公表することで社会実装を支援していく。
三菱総研はこれまでカーボンニュートラルに貢献するEVワイヤレス給電の社会実装を実現するため、実証、制度化、導入支援のリサーチ・コンサルティングに長く取り組んできた。今回の実証事業は2024年度から3年間の事業として進めており、車両取付技術の開発や搭載検証、モデル実証、導入ガイドライン作成など社会実装へ向けた調査・分析などに取り組み、2026年度の導入ガイドライン公表を目指していく。
三菱総合研究所モビリティ・通信事業本部モビリティ戦略グループ主席研究員の高橋香織氏はこう語る。
「停車中EVワイヤレス給電はすでに実用化を目前としています。しかし、あと一歩を越えないと実用化には至りません。いわば実用化直前ではあるが、実証して検証すべきものを探るという取り組みとなります。本事業では2026年度末までに検証を終え、2027年度からの社会実装を目指しています」

ワイヤレス給電装置と商用EV利用場所の概念図
出所)株式会社三菱総合研究所
EVワイヤレス給電は、バス、トラック、タクシーなどの商用車が営業中に停車する空間・時間の効率的活用を実現する技術。簡単にいえば、EVが停車中に、地上側のコイルとEVに装着したコイルとの間で電磁誘導の原理を用いて自動で電力伝送するものになる。将来的には充電と放電の双方向での電力伝送も可能になるという。このEVワイヤレス給電技術は、利便性向上によって普及拡大につながると期待されている。 「ただ、EVワイヤレス給電を普及拡大するためには、自動車メーカーと連携したさらなる利便性の向上や導入ガイドラインの発行など、利用者が導入しやすい環境整備、便益を示すべく各種検討に取り組む必要があります」(高橋氏)
三菱グループの強みは実績とノウハウ、
人脈、そして情報量にある
今回の実証では、三菱総研は有識者からなる検討会の開催やシステムの導入手順、利用者の便益を示した導入ガイドラインを策定する。三菱ふそうトラック・バスでは、ダイヘンと連携してEV小型トラック「eCanter」へワイヤレス給電の搭載を検討し、可用性などの検証を実施していく。ダイヘンは、高出力、利便性、安全性を両立するEVワイヤレス給電製品の開発などを担う。

停車時ワイヤレス給電の仕組み。(画像はイメージ。実際の車両構造等とは異なる場合があります)
高橋氏が続ける。
「大阪・関西万博では経済産業省の事業として、会場内でEVバスの走行中ワイヤレス給電の実証事業も進めています。環境省の実証はかねてから関係のあった三菱ふそうトラック・バス、ダイヘンと連携して取り組んでいます」
三菱グループでの連携について三菱ふそうトラック・バス ゼロエミッションビークル・エコシステム部マネージャーの尾﨑氏はこう語る。「EVトラックを推進する上では、様々なニーズに対応する充電ソリューションを検討し、技術的、制度的、ビジネス的な課題を見極めて社会実装をイメージしていく必要があると思っています。今回の事業では三菱ふそうの持つ先端技術研究の知見や2017年からeCanterを推進してきた経験が、三菱総研のワイヤレス充電や制度検証の知見、ステークホルダー調整のノウハウなどと連携することで大きな推進力になると感じています。モビリティの電動化はまさに、業種を横断した三菱グループ企業による共同事業が本領を発揮できる分野でもあると感じています。」
ワイヤレス給電には停車中の給電(SWPT)と走行中の給電(DWPT)のふたつの流れがあり、ロードマップの最終的なゴールとしては、高速道路や幹線道路交差点でのDWPTを目指している。高橋氏が語る。
「現在の商用EVは一定の航続可能距離を確保するためバッテリーのサイズが大きく、トラックの場合、荷物スペースが少なくなってしまいます。それでは商用EVは本来の機能を果たすことができません。そのためDWPTが必要になってくるのです。現在はSWPTの段階にあり、高速道路で走行中に逐次給電してくれるDWPTの実用化は2035年以降になると見ています」

三菱総合研究所が描くDWPT実装に向けたロードマップ
出所)株式会社三菱総合研究所
このDWPTが実現していけば、社会も一変する。「燃料を入れる」という概念はなくなり、充電を忘れていても走行中に自動的に給電してくれることになる。同社モビリティ・通信事業本部モビリティ戦略グループ研究員の大島 竜輝氏もこう述べる。
「SWPTについては実証実験を経て、実用化に近づいているものの、トラック、バス、タクシーのエンドユーザーに購入していただけるまでにはまだ課題が残っています。その先に普及拡大というフェーズを目指していますが、現状は7~8合目まで来ているという感触です」
新技術の普及には「魔の川」「死の谷」「ダーウィンの海」という事業化ステージから産業化ステージへ進むまでの3つのハードルがあるとされる。SWPTはやっと「死の谷」の手前まで到達しているのに対し、DWPTは「死の谷」までもまだ遠いかたちだ。
三菱総研ではこれまでにも多くの実証事業を行ってきた。同社の強みは実証のプロジェクトマネジメントや制度整備にあり、おもに実用化に至る検証ニーズに対応してきた。
これまで見てきたように、三菱グループの強みは「実績とノウハウ、人脈、そして情報量にある」(高橋氏)ように思える。さらに、「その三つを備えていることによって、先を見通すことができて、次の一手も打てる」(同前)ことも大きいだろう。多くの企業がカーボンニュートラルの取り組みを進めるなか、三菱グループは業種を横断したグループの特性を活かし、共同で実証事業を行う。それはまさに三菱版のオープンイノベーションと言える。カーボンニュートラル社会にどれだけ貢献できるか。それは今現在行われている実証の成果にかかっている。
INTERVIEWEES
三菱自動車
谷田部 皇緒 KIMIO YATABE
モビリティビジネス本部モビリティビジネス戦略部 部長
ENEOS Power
南里 浩哉 HIROYA NANRI
VPP事業部 部長
三菱商事
本田 全司郎 ZENSHIROU HONDA
電力事業開発本部電力開発事業部
プロジェクト統括マネージャー
関 大陽 TAIYO SEKI
電力事業開発本部電力開発事業部
三菱総合研究所
高橋 香織 KAORI TAKAHASHI
モビリティ通信事業本部モビリティ戦略グループ
主席研究員
大島 竜輝 RYUKI OSHIMA
モビリティ通信事業本部モビリティ戦略グループ
研究員
三菱ふそうトラック・バス
尾﨑 幹秀 MIKIHIDE OZAKI
ゼロエミッションビークル・エコシステム部
マネージャー