特集

2026.06.25

特集

三菱がつくる宇宙の歴史

宇宙ビジネスが今、盛り上がりを見せている。市場も拡大傾向にあり、2040年には約150兆円規模になるという予測も出ている。宇宙ビジネスの一般のイメージとしては人工衛星やロケット、宇宙ステーション、それに宇宙食といったものがあるが、なぜ今宇宙ビジネスが注目されるようになったのか。三菱グループ各社の宇宙ビジネスの取り組みを概観しながら、今後の宇宙ビジネスの行方を考えていきたい。

宇宙ビジネスの現在地(三菱総合研究所)

「米国で宇宙ビジネスのスター経営者やスタートアップが注目されていますが、米国で始まった宇宙ビジネスの盛り上がりが日本にも入ってきたといえるでしょう」
三菱総合研究所で長年、宇宙分野に関わってきた専門家である同社フロンティア政策本部長の内田 敦さんはそう語る。

かつて宇宙といえば、国が主導して計画から実行まで行うものだった。米国でいえばNASA、日本でいえばJAXAがその役割を担った。実際の人工衛星やロケットの製造、設計、解析、試験などを受託するのは民間企業であり、日本なら三菱重工業がロケット、三菱電機は人工衛星を担当するといったように、ほとんどは大企業が受注し、ある意味で、宇宙ビジネスは限定された世界だった。
しかし、米国ではNASAが2010年前後から方針を大きく変えた。一口に言えば、「サービス調達」に乗り出し、NASAが必要とするサービスを民間企業から募るようになったのだ。その結果、民間企業の知見やノウハウがより活用されるようになり、宇宙ビジネスが活発化。スタートアップも生まれるようになった。

「一方、日本では宇宙予算が米国ほど豊富ではないことから、宇宙ビジネスの環境整備として政府系金融機関を中心に宇宙スタートアップが資金調達しやすい仕組みをつくるなど、スタートアップの育成を促進する施策を始めました。その結果、現在では、日本でも宇宙スタートアップが100社を超える数となり、そのうち既に5社以上が100億円を超える資金を調達し、上場にも至っています」(内田さん)
日本の宇宙ビジネスの特徴は、異業種の大手企業が宇宙に参入するケースが多いこと。例えば、ゼネコンや部材メーカーなどが挙げられる。ならば、そこにはどのようなメリットが生ずると考えればいいのだろう。内田さんはこう指摘する。
「もちろん宇宙ビジネスは短期的に大きな利益が出る分野ではありません。ただ、世界的に見れば、宇宙ビジネスは毎年数%の成長市場でここ数年はさらに成長しており、さらに付随的な効果もあります。例えば、宇宙で活用されていることを示すことで自社技術の高性能さを世間にアピールできるなど広告宣伝効果、そして宇宙の仕事に関われるという点で採用活動にもメリットがあります」
また、地政学的観点から見ても、宇宙ビジネスは安全保障や防衛と不可分な存在となっており、例えば、人工衛星が撮像した画像を用いる宇宙ビジネスは、撮像データの充実やAIの進化によってより大量のデータ処理が可能となり、安全保障を含む様々な分野で利用されている。
現在、各国の宇宙開発の能力は、米国と中国がトップレイヤーとして飛び抜けており、その次に欧州と日本、そして、インド、ロシア、イスラエル、韓国などが続く。
では、日本を代表する企業群である三菱グループは宇宙ビジネスでどのような役割を果たしているのか。あるいは、どんな取り組みを行っているのか。これから見ていこう。

宇宙産業への投融資を軸にしたアプローチが本格化(三菱UFJ銀行、三菱HCキャピタル、三菱商事)

三菱UFJ銀行(以下MUFG)では、金融機関として多角的に宇宙産業をサポートしている。宇宙事業への投融資としては、国内初の人工衛星PFI(公共部門に民間のノウハウを活用する)事業へのファイナンスや宇宙フロンティアファンドへの出資、宇宙スタートアップへのファイナンスなどを行う。また、MUFGの持つ幅広いネットワークやノウハウの提供、産官学連携・企業間連携などのオープンイノベーション支援などを通じて、宇宙産業の発展を支援する。
さらに、三菱電機やID&Eホールディングス(東京海上HDグループ)らとともに衛星データサービス株式会社(SDS社)を設立。衛星データをはじめとする地理空間情報を、災害時の初動対応や温室効果ガス排出量の可視化等に活用することにより、社会課題解決や新たな価値創出に取り組んでいる。
MUFGは宇宙産業を俯瞰的な視点から捉え、共創パートナーとともに、宇宙の産業エコシステム構築をリードすることを目指す。
「これまでVCなどリスクマネーが宇宙ビジネスに参入していましたが、いよいよ金融本体が本格参入することになったといえます。特にデータの利用やロケットはマネタイズがしやすい。同行には産業リサーチ&プロデュース部内に宇宙イノベーション室という専担組織があり、非常に専門性の高い社員が宇宙産業を担当しています。宇宙ビジネスと金融の関係強化に、大きな期待を持っています」(内田さん)

三菱HCキャピタルは、静止気象衛星ひまわり9号・10号の運用・維持管理を行うPFI事業に参画、現行のひまわり8号・9号の運用を引き継ぎ、2030年度に予定されるひまわり10号の打ち上げに向けて地上設備の整備や衛星システム運用までを一体で推進し、宇宙における気象領域の安定的なインフラ基盤の維持に貢献している。また、宇宙産業における総合的なサービスを展開するスタートアップSpace BDへ出資。衛星打ち上げサービスや、国際宇宙ステーション(ISS)を活用した実験・事業開発支援、宇宙関連のインフラ整備およびファイナンスなどを通じて、宇宙ビジネスの拡大に取り組んでいる。

三菱HCキャピタルとSpace BDが宇宙事業・市場の共創に向け 資本業務提携契約を締結した

三菱商事は、民間宇宙ステーション事業への展開を推進中だ。2030年代のISS退役に伴い、NASAは民間企業主導の宇宙ステーションへの転換を進めている。同社では民間宇宙ステーション打ち上げを目指す米国Starlab Space社に出資し、社外取締役を派遣し日本の有人宇宙技術を継続すべく経営に参画するとともに、出向者の派遣を通じて米国の宇宙開発推進の最前線での知見を獲得し、共同で事業を推進中。加えて、日本企業として唯一、民間宇宙ステーション事業の経営に深く関与していることに加えて、初めて宇宙ステーションの実験区画も獲得している。

「民間企業主導の宇宙ステーションでは、4事業者が手を挙げており、三菱商事はそのうちの1社に参画しています。ほかの事業者にも日本勢が入っている状況ですが、同社は民間宇宙ステーション運営会社に出資参画している点が特徴です」(内田さん)
同社ではこれまで注力してきた半導体やライフサイエンス分野など幅広い産業における宇宙ステーション利用の実現・拡大を目指している。
今後、同社が獲得した実験区画を用いて、日本の研究機関や民間企業による宇宙空間を用いた研究開発が加速することで、創薬研究やナノ医療への応用によるがん治療や希少疾患治療の前進、新たな材料開発、宇宙環境利用による次世代半導体製造や宇宙用コンピュータの開発への貢献などが期待できるという。

宇宙ステーションの外観(左)と宇宙空間の利用需要拡大に取り組む宇宙航空機部

宇宙開発の中核的存在である
三菱重工業、三菱電機は最先端技術を担う

三菱重工業は、日本の大型基幹ロケットのH3の開発にJAXAと共同で取り組んでいる。H3ロケットは、打上げ成功率98.3%を誇るH-IIA/H-IIBロケットの後継機である。2024年7月、H3ロケット3号機は、実用衛星を軌道に投入することに成功している。H3ロケットは、情報収集・地球観測・放送通信・科学探査・国際協力などでの幅広い貢献が期待される。いうまでもなく同社の宇宙事業は日本の宇宙開発を支える中核的な存在だ。

H3ロケットラインナップ

同社の宇宙事業では、「打上げ輸送サービス」を提供している。ロケット開発や打上げ業務に携わった経験豊かな専門スタッフが、ロケットの製造、ロケット・衛星間のインターフェース調整、射場での衛星準備支援、打上げ業務まで一貫したサービス提供を行う。顧客の指定の軌道や日時の要望にきめ細かに応えられる点が特徴だ。

三菱重工は、月を周回する有人宇宙ステーション「ゲートウェイ」や、月面を探査するためのローバー(有人・無人)の開発にも参画している。また、三菱電機とともに、新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)の開発・製造にも関わっている。さらには地球低軌道における商業用宇宙ステーション自体の建設、そこに搭載する実験機器の開発も視野に入れている。

三菱電機では、宇宙ステーション補給機こうのとり(HTV)に続く補給機として、ISSへの物資補給だけでなく、軌道上技術実証や実験利用に係るプラットフォーム提供、将来の国際宇宙探査への活用などを目的とした新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)の開発に携わっている。
同社ではこれまで国内初の物資補給機であるHTVの頭脳部(電気モジュール)の開発をHTV1号機~9号機まですべて担当してきたが、HTV-Xでは宇宙空間を飛行するために必要な全機能が集約された、頭脳に当たるサービスモジュールの開発を担当している。
同社では火星衛星探査計画(MMX)探査機システムの設計と製造、地球帰還までの軌道上運用技術支援も担当している。MMXは、火星衛星の起源や火星圏(火星、フォボス、ダイモス)の進化の過程を明らかにする計画で、探査機により火星衛星の観測・サンプル採取を行い、サンプルを地球に帰還・回収していく。MMX探査機システムの開発を通じて火星圏と地球を往復する往還技術や天体表面上での高度なサンプリング技術や、同じく三菱電機が開発・製造に携わった深宇宙探査用地上局(美笹局)を使った最適な通信技術を獲得する狙いがある。

MMX探査機システムのイメージ図 ©JAXA

今年度中に種子島からH3ロケットで打ち上げられ、『その後』世界初の火星衛星サンプルリターン(火星の衛星から砂や石を採取し地球へ持ち帰る計画)を目指す。
「三菱重工業や三菱電機は昔から宇宙開発に携わっている企業であり、スタートアップにはできない、彼らでなければできないところがあります。安全保障や防衛を含め、今後も引き続き日本の宇宙開発の中核を担っていくでしょう」(内田さん)

部品や素材で宇宙開発に貢献する
AGC、三菱ケミカルグループ、三菱マテリアル

AGCではグループ企業の日本真空光学において、「はやぶさ2」に搭載された小型着陸機「MASCOT」に使用された赤外線ディテクタ用光学ウインドウを供給している。「MASCOT」とは、DLR(ドイツ航空宇宙センター)とCNES(フランス国立宇宙研究センター)によって開発された小型着陸機。2018年10月に「はやぶさ2」より分離し、6分間の自由落下で小惑星リュウグウに着地した。大きさは30×30×20cm(立方体)・重量10㎏ほどで、自律してリュウグウ上を移動し、約17時間にわたり複数の場所で観測を行い、ミッションを終えている。
同社が製造する光学ウインドウは、任意の波長帯域で高い光透過性と、耐宇宙環境性などの特徴を有し、側面を含む外周部はパッケージ封止用の金属膜化が可能で、宇宙・大気計測・セキュリティなど幅広い分野で使用されている。

はやぶさ2探査機のイラスト Y面(左側面)にMASCOTが格納されている ©JAXA

MASCOTのフライトモデル ©JAXA

三菱ケミカルでは、シャープ、NICT、テックラボとモビリティ向けの超小型かつ軽量のLEO衛星通信端末を開発中。LEO衛星通信は、山間部や海上、離島など、セルラー通信が困難な場所においても、高品質な高速大容量通信を可能とします。各社共同で、超小型・軽量なLEO衛星通信ユーザー端末の開発中。三菱ケミカルが開発する熱伝導率が高く軽量な炭素繊維/グラファイトシート複合材料、TECHLABが開発する放熱構造に優れた設計製造技術などにより、シャープが現在開発中の端末の約1/10(約20㎝×20㎝×3cm・1㎏)以下の超小型・軽量化を目指しています。ドローンや自動車など、多様なモビリティへの搭載を実現することで、山地や災害時における被災地の通信回線確保や位置情報のリアルタイム送信、自動運転車への利用など、LEO衛星通信の活用シーンを大きく広げて行く予定。「同社は月面探査車YAOKIプロジェクトにも参画されています。」(内田さん)

三菱マテリアルでは、グループ企業の三菱電線工業が、1958年に日本で初めて航空機用シール部品「Oリング」の製品化に成功。航空宇宙分野で要求される「絶対的な信頼性」を強みにロケットや人工衛星にも採用されている。Oリングとは、機械部品のひとつで、流体(液体・気体・プラズマ)を密封するためのゴム製のシール製品。世界で初めて地球外の天体に着陸し、サンプル採集に成功した小惑星探査機「はやぶさ」にも、同社のOリングが使用されている。「はやぶさ」は大気圏突入時に2万度もの熱にさらされ、地球に着地する際にも大きな衝撃を受けるが、高品質のOリングは機器からの物質の漏れを防ぎ、過酷な状況からサンプルを守るという重要な役割を果たしている。

©JAXA

老舗の三菱プレシジョンに加え
異業種の三菱倉庫も宇宙ビジネスに参入

三菱プレシジョンは、人工衛星向け姿勢制御機器において、1987年に打ち上げられた「きく5号」に搭載されたリアクションホイール(人工衛星の方向を変化させる姿勢制御に使われている部品)からスタートしている。慣性基準装置と合わせて、これまでに約300台が打ち上げられており、温室効果ガス・水循環観測技術衛星「いぶきGW」にも搭載されている。最近では大型衛星だけでなく小型コンステレーション衛星(重量100~500kg程度の小型衛星を数十〜数千機規模で宇宙空間に配置し、ひとつの巨大なネットワークとして連携・運用するシステム)にも搭載されており、ユーザーからも高い信頼性を得ている。

いぶきGW(左)とリアクションホイール ©JAXA

また、同社はロケットが飛行する際に予定された経路を飛行しているかを監視するための装置である航法センサも製造している。これまでにJAXA基幹ロケットだけでなく、小型ロケットにも搭載され、日本の飛行安全を支える機器となっている。2024年からは宇宙戦略基金によって、航法センサの発展型である統合航法装置の開発もスタートしており、これからも日本のロケット打ち上げに貢献していく方針だ。
「三菱プレシジョンも昔から宇宙ビジネスに参画している企業であり、業界の人間からすると、頼もしい企業の一つです」(内田さん)

三菱倉庫では、震災からの創造的復興を目指している福島県南相馬市と2024年10月に連携協定を締結。物流・不動産事業のノウハウを活かし、宇宙関連産業の開発を支援している。南相馬市は、日本有数の実証実験拠点である「福島ロボットテストフィールド」が立地し、将来的にはロケットや人工衛星の実験環境の整備や宇宙港の開発を構想するなど、宇宙関連産業の集積地としてのポテンシャルがある。このポテンシャルを具体化していく取り組みとして、同社では宇宙スタートアップ向けに賃貸工場「MLC SPACE LAB」を展開。こちらは小型ロケットの試作や人工衛星の組立を行う開発拠点として利用されている。
「三菱倉庫の取り組みは興味深いですね。社内に推進役となる方がいたのでしょう。今後の発展が楽しみです」(内田さん)

MLC SPACE LAB

三菱グループは
日本の宇宙開発をリードしてきた

このように三菱グループ各社の宇宙ビジネスの取り組みを見てきたが、実はグループ各社の宇宙ビジネス担当者が主体となって勉強会も行われている。内田さんがいう。
「毎回、100人くらいが参加して、大盛況な勉強会に発展しています。三菱ケミカルグループと東京海上日動火災保険の担当者2人が音頭をとって始まったもので、定期的に勉強会を開催し、活発な意見交換を行っています。その意味でも、三菱グループはかなり先陣を切っており、これからの宇宙開発を支えていくメンバーが揃っていると思います」

宇宙ビジネスの本格化はまさにこれから。ちなみに三菱総合研究所では月面ビジネスを検討するコミュニティの運営を通じて月面ビジネスへ取り組み支援を行っており、参加企業も増加しているという。今後の宇宙ビジネスについての方向性について、内田さんは次のように語る。
「宇宙戦略基金では10年間で1兆円という研究開発予算が充てられており、今は第3期の公募が始まっています。研究開発ですからすべてがうまくいくわけではありませんが、今後に向けて数年後にはしっかりした成果を示すことが重要だと考えています。
とはいえ、10~20年前と比べると、圧倒的に宇宙ビジネスの知名度は上がっていますし、宇宙ビジネスをやってみたいという若者も増加しています。また、宇宙ビジネスへの関わり方も大企業、スタートアップ、異業種と多様な道があります。そのなかで、三菱グループは、日本の宇宙開発の中心となってリードしてきた存在です。これからも宇宙開発に関わりたいという人が集まって、今以上に宇宙ビジネスが発展していってほしいと考えています」。

INTERVIEWEE

三菱総合研究所

フロンティア政策本部長
内田 敦


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