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2024.01.25

映画・ドラマ・動画配信・・・ビジネスパーソンにおすすめBEST3

誰もが主役になれる時代を見つめたストーリー

誰もが主役になれる―。そんな思いが込められた作品があります。仕事や恋愛、家族を描く物語のなかで、 多様な個性や背景を持つ人物たちが悩みながらも、本来の自分を取り戻していく姿は見逃せません。美しい映像と共に綴るおすすめ3作品をご紹介します。

スペイン・バスク地方が舞台の温かく新しい家族の物語『ミツバチと私』

本当の自分を探す子どもの葛藤と、寄り添う家族の変化を温かく新しい視点で描いたのがスペイン映画『ミツバチと私』です。 トランスジェンダーをめぐる課題を見つめ、舞台であるスペイン・バスク地方のローカリティを見事に活かした作品として世界的に注目されています。

フランス南西部のバイヨンヌに住む、母親のアネ(パトリシア・ロペス・アルナイス)が 3人の子どもたちとスペインのバスク地方にバカンスの旅に出るところから物語は始まります。 ドキュメンタリー風にカメラがとらえているのは8歳の末っ子のアイトール(ソフィア・オテロ)の様子です。 「坊や」を意味する「ココ」という愛称や、本名で呼ばれることに違和感を覚え、ひとりで悩み、心を閉ざしている姿がつぶさに映しだされています。

そんなアイトールの心が少しずつ解放されていくきっかけとなるのがミツバチの存在です。古い歴史があり、 美食とアートの街として知られるバスク地方ではミツバチも文化の一部であり、アイトールはアネの叔母が営む養蜂場でミツバチの生態を知り、 自然と触れ合うなかで、ありのままの自分でいることへの思いを強くしていくのです。またトランスジェンダーの悩みを本人だけが抱える様子だけでなく、 戸惑いもある周りの家族たちが受け入れていく変化も丁寧に描かれています。なかでも、アイトールが呼ばれたい名前を家族も心から理解して呼ぶシーンは優しさに包まれています。

既に公開されたスペインでは多くの共感を呼んでいます。さらに第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門では アイトール役のソフィア・オテロが史上最年少(9歳)で主演俳優賞を受賞するという偉業を成し遂げています。約500人のなかからオーディションで選ばれ、 本作が映画初出演だったそうですが、年齢やキャリアに関係なく圧倒的な演技力を見せてくれています。またベルリン国際映画祭では2020年に 男優賞・女優賞の廃止を発表し、翌年から性的区別のない主演俳優賞、助演俳優賞が新設されたこともあり、 オテロの受賞はまさにこれを具現化したものとしても注目されています。

作品を手掛けたスペイン人監督のエスティバリス・ウレソラ・ソラグレンは、 「私は、広い意味でアイデンティティと向き合うつもりでこの作品を作りました。 家族との関係が、自分探しの旅にどう影響するのかを探りたかった」と語っています。 ダイバーシティ&インクルージョンの時代に求められる作品のひとつであることに違いありません。

『ミツバチと私』
2024.1.5(金)より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開
2023年/スペイン/128分
©2023 GARIZA FILMS INICIA FILMS SIRIMIRI FILMS ESPECIES DE ABEJAS AIE

恋愛映画の脇役を主役に、豪華客船で起こるミステリー『クレイジークルーズ』

続いて紹介するのは、エンタメ度の高いNetflix映画『クレイジークルーズ』です。 舞台は横浜港からエーゲ海へと向かう、実在する史上最大級の豪華クルーズ船。 航海中に起こった殺人事件現場にたまたま居合わせてしまった男女が繰り広げるロマンティックコメディを優雅に楽しめる作品ですが、 実は「恋愛映画でいうところの脇役」を主役にした新鮮な視点があります。

その男女を演じるのが、吉沢 亮と宮﨑 あおいというトップスターの2人です。 吉沢は富裕層の乗客に仕えるバトラー・冲方 優役を、宮﨑はクルーズ船の乗客・盤若 千弦役を演じています。 なぜこの2人が脇役のような主役なのかと言うと、互いの恋人に裏切られっぱなしの情けない立ち位置だからです。 そんな2人が互いの不幸な境遇を嘆き合っている矢先、クルーズ船のプールで殺人事件を目撃してしまいます。 交際中の相手から恋愛そのものを「なかったこと」にされてしまった2人だからこそ、目の前で起こった事件を「なかったこと」にさせないため、独自に捜査を始めていくのです。

日本の映画界やドラマ界の常識を根底から覆すような実物大のクルーズ船を再現した巨大なセットで撮影されたスケール感も堪能しながら、 キャスト陣の華やかさも楽しめます。吉田 羊に菊地 凛子、永山 絢斗、泉澤 祐希、蒔田 彩珠、長谷川 初範、高岡 早紀、安田 顕といった布陣が個性豊かで、 憎めないキャラクターを演じています。クルーズ船という「密室」で起こった殺人事件の犯人を推理していくにあたって一人一人の登場人物を疑いつつ、 本当の「悪」がいない優しい世界が作り出されているのもこの作品のよさにあります。

オリジナル脚本を手掛けたのは、ドラマ界でファンの多い坂元 裕二です。人気作の『最高の離婚』『カルテット』『大豆田とわ子と三人の元夫』などを代表作に持ち、 これまで30年以上にわたって日本のドラマ界をリードしてきた脚本家のひとりとして知られています。さらにドラマ界のみならず、 独立配給系の実写日本映画として空前の大ヒットを記録した『花束みたいな恋をした』に、第76回カンヌ国際映画祭で脚本賞を受賞した『怪物』と、 映画界においても輝かしい実績を残しています。ウィットに溢れた台詞から紡ぐ物語として、今回も坂元裕二ワールドを味わえます。

Netflix映画『クレイジークルーズ』独占配信中

メンタルヘルスの問題を親しみやすく描く傑作、韓国ドラマ『今日もあなたに太陽を』

最後に紹介するのは、心温まること間違いなしの韓国ドラマ『今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~』です。 心優しい若き看護師ダウンの奮闘を描くお仕事ドラマであり、社会課題のメンタルヘルスとの向き合いを扱った硬派な作品でもあります。

パク・ボヨンが演じるダウンは、3年目の看護師。病院内で最初に朝日が差しこむ精神科病棟に配属された初日から物語が始まります。 社会不安障害、双極性障害、妄想性障害などの心の病に直面する患者たちに対して、ダウンは明るく笑顔で接し、 最善を尽くすことを惜しまない努力家であることがすぐに伝わってきますが、内科から精神科に配置換えになった理由がありました。“優しすぎる”ことが原因だったのです。

優しさは互いを思いやるために本来、人が持つべきものですが、厳しい競争社会を生きるうえでときに心の健康状態を悪化させてしまいがちです。 本作では誰にでも起こりうるものとして、登場人物一人一人のケースを丁寧に扱いながら、少しでも解決に向かうための指南書のような物語が展開されていきます。 心の状態を幻想的に描く映像表現も圧倒的です。本作には人気俳優のヨン・ウジンや勢いのある若手俳優チャン・ドンユン、そして映画 『パラサイト 半地下の家族』で家政婦役を演じた世界的な知名度のあるイ・ジョンウンも出演しています。

イ・ラハ作家のウェブ漫画『精神病棟にも朝が来ます』を原作に、『ヒップタッチの女王』を代表作に持つイ・ナムギュが脚本を手掛け、 Netflixのヒット作『今、私たちの学校は...』のイ・ジェギュが監督を務めています。 韓国屈指のストーリーテラーとして知られるイ監督は、精神科病棟の暗い印象を取り除き、メンタルヘルスの問題を親しみやすい方法で語りたいと考えたそうです。 「私たちは皆、心を癒やし、元気になれる物語を必要としているのではないかと思いました」と語っています。まさにこれを具現化した作品なのです。

Netflixシリーズ『今日もあなたに太陽を ~精神科ナースのダイアリー~』独占配信中

ライタープロフィール

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文/長谷川朋子(はせがわ・ともこ)
1975年生まれ。コラムニスト、ジャーナリスト。東洋経済、朝日新聞などで作品レビュー多数執筆。得意分野はコンテンツビジネス国際展開事情。著書に「NETFLIX戦略と流儀」(中公新書ラクレ)。

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