ライフスタイル企画

2024.02.01

本を読めば「今」が見えてくる――BOOK REVIEW Vol.6

会社で、家庭で、地域社会で、そして一人で。
ウェルビーイングに生きるための3冊

物価高に円安、自然災害、デジタル化社会など、加速する社会環境の変化が私達にプレッシャーをかけてくるような近年。どうすれば健全で心地よい暮らしが手に入るのだろうか。そんな中注目されているのが「ウェルビーイング」という考え方。ウェルビーイングとは「肉体的、精神的、社会的に良好な状態」だという。今の時代に求められるウェルビーイングとは何か、そしてどうすればそれが手に入るのか。自分自身はもとより、パートナー、家族、同僚、地域社会、皆がよりよい状態で暮らせるよう、この3冊からヒントを探ろう。

ウェルビーイング

ウェルビーイング
前野 隆司・前野 マドカ共著 著 日本経済新聞出版(990円)

 そもそも今なぜこんなにもウェルビーイングが叫ばれているのだろう。これは単なるトレンドなのか、それとも日本を、そして世界を明るい未来へとつなぐ一筋の光なのか。それを解き明かしてくれるのがウェルビーイングの最新版入門書とも言える本書。著者は統計学に基づき幸せについて研究してきたウェルビーイングの第一人者・前野 隆司氏と、彼の妻で同じくウェルビーイングの研究に勤しみ、さまざまな組織でウェルビーイングのためのコンサルティングやワークショップを行っている前野 マドカ氏。ウェルビーイングの基本解説に始まり、ウェルビーイング研究の経緯や調査方法、国ごとのウェルビーイングアクション事例など、ウェルビーイングを網羅的に学ぶことができる。特に「働く人の幸せの7因子、不幸せの7因子」など、組織で働く人のウェルビーイングの考察に多くのページを割いているが、地域社会や家庭におけるウェルビーイングについても具体例とともに提案されているので、自分自身が「ちょっとうまくいっていないな」と思う場面からアプローチするといいだろう。ビジネスはもちろん、人生を幸せなものにし、未来のため、世界のために一歩を踏み出したくなるポジティブな一冊だ。

むかしむかしあるところにウェルビーイングがありました
                            〜日本文化から読み解く幸せのカタチ〜

むかしむかしあるところにウェルビーイングがありました
〜日本文化から読み解く幸せのカタチ〜
石川 善樹・吉田 尚記共著  KADOKAWA(1,430円)

 予防医学研究者・石井 善樹氏が日本人の「ウェルビーイング」を解き明かした本書。ニッポン放送アナウンサーの吉田 尚記氏との掛け合いを配信したポッドキャスト番組の内容に加筆したもの。ウェルビーイングがどうも自分事として捉えられなかった人も本書を読めば膝を打つはず。 冒頭で「私達はヒューマンビーイングでなくヒューマンドゥーイングになった、それが苦しさの根源ではないか」と問いかける石川氏。昔話や古来の文化を解析し、何かになること、何かを為すことではなく、ただ「いる」ことを受け入れる日本人の価値観に着目する。例えば昔話。登場するのは王様やお姫様ではなく「名もなき老人」が多い。落語に出てくるのも市井の人ばかり。この意味するものは何か? あるいは「謙遜」の文化、神社のもつ「奥」の価値、そして「アイドルとファン」の関係など、確かに私達の身の回りの景色には、日本人独特の価値観が根深く存在するのだと気づく。
 そもそも「ウェルビーイング」に正解はあるのか? 価値観に正解はあるのか? わかりやすく納得感のある数々のエピソードは「どこかに正解や成功があり、そこを目指さなくては幸せになれない」という思い込みから楽しく軽やかに抜け出させてくれる。頭を緩め、ほぐせば、幸せはもう目の前だ!

ほどよく忘れて生きていく 〜91歳の心療内科医の心がラクになる診察室〜

ほどよく忘れて生きていく
〜91歳の心療内科医の心がラクになる診察室〜
藤井 英子著 サンマーク出版(1,540円)

 ウェルビーイングの大切さも、日本流のウェルビーイングスタイルも分かったとはいえ、それを体現するのは一人一人。毎日不安なことも不便なことも腹の立つことも起きる日常の中でウェルビーイングに生きていくにはどうすればよいのか。そんな指針を与えてくれるのが、91歳の心療内科医、藤井 英子氏の本書だ。
 病院を出るとき必ず言われる「お大事に」のあいさつ。著者はこの言葉の代わりに「ご自分をお大事になさってくださいね」と言うそうだ。本来同じ内容のこの言葉だが思いを込めて伝えられた後者の言葉は患者の心に響き、皆ハッとするのだという。自分を大切にするために、どんな心持ちで生きていけばよいのか。「誰かのために自分を犠牲にすること」を忘れ、「すべてを解決しようとすること」を忘れ、「嫌な体験を何度も思い返して追体験する」のを忘れ、「よかった過去」も忘れ。そんなふうにこだわらなくてもいいもの、しがみつかなくてもいいものを一つ一つ「ほどよく忘れていく」ことが、私達を幸せに導いてくれるのだ。かつて向上心としてもてはやされていたはずの「もっともっと」「完璧に」が皮肉なことに地球環境を苦しめ、自分自身を苦しめる結果になった今、「ほどよく忘れる」温かいテクニックを、訓練して身につけていきたい。

ライタープロフィール

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文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイル、ウェルネスなどをテーマに雑誌やウェブ、広告、書籍などにて編集・執筆を行う。趣味はトライアスロン、朗読、物件探し。

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