
今、ホラーや怪談が空前の大ブームだ。気鋭のホラー作家も続々と誕生している。社会がIT化、クラウド化していくことは「目に見えない不可解なもの」を認めることでもあるとすれば、怪奇現象もそう遠くない世界なのかもしれない。そんな令和ならではの恐怖感を味わえる3冊を集めた。眠れない夜のお供に、ドキドキをどうぞ。

令和最恐ホラーセレクション クラガリ 背筋・澤村伊智・コウイチ・はやせやすひろ×クダマツヒロシ・栗原ちひろ・梨著 文春文庫
(924円)
今まさに最も恐れられているホラー作家ら6組が描き出した6話の怪談集。この夏大ブームとなった映画『近畿地方のある場所について』の著者・背筋の描く、高級ブランドショップで起きた不気味な流行(『オシャレ大好き』)、『来る』というタイトルで映画化された『ぼぎわんが、来る』の著者・澤村伊智の描く、オンボロビルの深夜の編集部に現れた客(『鶏』)、人気YouTuberコウイチが描く、とある町の何気ない住民インタビューに訪れたTVディレクターの妙な体験(『金曜日のミッドナイト』)、怪談ユニット「都市ボーイズ」のはやせやすひろの集めた怪談を、怪談作家クダマツヒロシが描いた『ヤバい実家』のコンビによる、はやせ氏自身が体験者から直接聞いた実話(『警察が認めた〈最恐心理物件〉』)…。どれも必ずしも怪奇現象といい切れるわけではない。けれどそこにあるのは、気味の悪さ、不可解さ、そして心の隙間に忍び込むようなこと。それらはいずれも、日常の中にごく自然に紛れ込んでいそうな現実感がある。
SNSで友人知人の日常に混じって、アクセス数稼ぎの奇妙なフェイク画像が流れてくるように、ホラーな出来事はいつも身近にあるのだろう、という気がしてくる。そう考えると怖くなくなるのか、いやいっそう怖くなるのか…本書でお試しあれ。

霊感インテグレーション 新名智著 新潮社
(1,870円)
「その怪異に、ITによるソリューションを」――。東五反田のオフィスビルに本社を構えるITベンチャー「ピーエム・ソリューションズ」には、不可解な案件ばかりが舞い込んでくる。その会社にスカウトされたのが24歳の多々良数季。なぜITに知見も関心もない自分が、アプリ会社のディレクターにスカウトされるのか…。社長を名乗る男が彼女のもとを訪れたのは、ある強盗事件がきっかけだった。引き寄せられるように入ったこの会社で、最初に任されたのは「幽霊からプッシュ通知が届く」という不具合の調査。開発した会社の担当者は行方不明だという…。ストーリーが進むにつれ、関わる人々の抱える闇が少しずつ明らかになる。
各章のタイトルからして、表題に続き「邪眼コントリビューター」「天罰ディペンデンシー」「焦熱ダーティ・リード」「異形スナップショット」「怨念インプリメンテーション」と、オカルト×ITの強力タッグ。作家業と並行して今もIT企業でプログラマーとして働く著者ならではのリアルな描写に引き込まれる。門外漢の人にとってITはそれだけで「怖い」世界。ウィルスに感染したり、詐欺サイトを踏んでしまったりすれば致命的なリスクにもなりかねない。そんな恐ろしさと、現代社会に潜むオカルト現象の恐ろしさとは、実はとても近いと感じさせられる。むしろ廃墟や山奥よりもスマホやPCの中で、有象無象の愛憎がめらめらと交差しているのだから。
それに加え、チームで謎解きに挑むエンタメ感も満点の本作。スリリングなゲームに参加するように楽しんでほしい。

怪談屋怪談2 怖い話を知り尽くした17人が語る舞台裏と実体験 川奈まり子著 笠間書院
(2,420円)
そうはいっても、一番怖いのは現実のお話。最後に紹介するのはいずれも実際にあったできごとばかりの怪談集。
語る・書く・演じるなど、形は違えど「怪談」に関わってきた17名の「怪談屋」の舞台裏や体験談を、自身も怪談師・怪談作家として活動する著者が聞きまとめたもの。長めのものからごく短いものまで、全59話が揃う。作り話でも見知らぬ人の体験でも怖いものは怖いが、実在の人の体験談となれば、リアリティは強烈になる。ましてや「怪談屋」の体験だ。気のせいや自然現象と片付けることのできない体験ばかり。昼間に読んでいても、ろうそく1本の薄明かりの中にいるような気持ちになる。
著者は自身が怪談を語り、書くだけでなく、怪談を聞くこと、読むこと、そしてそれを生業にする「怪談屋」に対しても、強い愛情を抱いていることがわかる。一人一人のプロフィールは幼少期の体験にまで遡って綴られ、読み手はそんな背景を知ったうえで彼らの体験を聞くから、ますます他人事ではなくなる。
また本書は怪談ガイドとして楽しむこともできる。今や映画や書籍だけでなく、YouTube、同人誌、イベント、サークルなど、あらゆるメディアで怪談界が活況なのが17人のプロフィールからもわかる。これをきっかけに好みに合った「怪談場」を見つけてしまったら、もう抜け出せなくなるかもしれない!
ライタープロフィール

文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイルなどをテーマにした編集・執筆、また企業や商品のブランディングライティングも行う。趣味はトライアスロン、朗読、物件探し。最近ピアノを習い始めた。