SNSの発達に、コロナ禍、生成AIの登場、加速する少子高齢化などの影響により、働き方も、コミュニケーションのとり方も、物事の思考プロセスさえ、昨日の常識が今日の非常識と言わんばかりに、目まぐるしい変化を迎えている現代社会。今回は、ふと立ち止まって私達の置かれている現在地点を俯瞰し、新鮮な目で今を見つめるヒントになる3冊を紹介する。
介護未満の父に起きたこと ジェーン・スー著 新潮新書
(990円)
世界一の超高齢化社会・日本。若年人口の現象とともに定年の引き上げや退職者の再雇用も進み、65歳を過ぎてもバリバリ働く人も多く、なんとなく「高齢者」のラインが押し上げられているなか、誰もが頭の片隅で親の「介護」が始まるXデーを考えているのではないだろうか。本書はそんな「介護」未満の父のケアに奔走した著者の5年間の記録。掃除、洗濯、炊事などの家事全般が全くできない、けれどきれい好きな父。体はじわじわと痩せていき、できないことが増えていく。「清潔で暮らしやすい家」「健康」「体力づくり」を3本柱に、家事代行サービスの選定から、家の片づけ、コロナ禍でのワクチン接種などなど、エンドレスな問題と格闘する日々。長年生きてきた分、こだわりやクセがあり、思い入れもある。親子という遠慮のない関係ゆえの難しさもある。こうした日々を、感情的になることなく、ていねいに綴る著者。本書は雑誌「波」の連載がもとになっているが、父がひとり暮らしを始めるにあたり1年分の家賃を払う必要があり、その肩代わりと引き換えに記事化する許可を得たという。しかしこれを綴ることは著者にとって支えになっていたのではないかとも思う。多くの人は、その日常を誰に語ることもできないまま「介護未満」のケアを行うことになる。日本の抱えている課題を感じるとともに、「暮らし」というものがどうやって成り立っているのか、改めて感じる一冊。
「推し」で心はみたされる? 21世紀の心理的充足のトレンド 熊代亨著 大和書房
(1,760円)
「オタク」「おっかけ」「マニア」などいずれも微妙に不名誉なニュアンスをはらんでいた活動が「推し活」という言葉の登場により、一気に市民権を得た2020年代。この「推し活」現象を、精神科医でブロガーの著者が心理学視点でひもとく本書。SNSの発達により「承認欲求」と「個人主義」が注目され、「いいね」第一主義の時代を経て、東日本大震災を機に「シェア」「リツイート(リポスト)」の意義が高まり、「誰かを応援する」「誰かと共有する」という「推し」的価値観が広まったと説明。本書ではこうした変化を、20世紀中頃に広まったマズローの承認欲求ピラミッドや、これを細分化して研究したコフートやその弟子の理論に照らし合わせ、心理学用語も用いながら、ナルシシズム(自己愛)がどのように変化してきたのかを検証する。さらに「推し」にも「良い推し」と「悪い推し」があり、「どんな対象を推すべきか」「身近な人を推す際の注意点」など具体的に「推し上手」になるテクニックも紹介している本書。推しは人々をエンパワーすることであり、推しスキルを磨くことは他者と良い関係を築いていくこと、指導者やリーダーとしての適性を磨くことにもつながるという。推し活に興味がある人、心理学に興味がある人はもちろん、リーダー予備軍の人にも役立つ視点が満載だ。
社会は、静かにあなたを「呪う」 思考と感情を侵食する“見えない力”の正体 鈴木祐著 小学館クリエイティブ
(1,980円)
タイトルに物騒な文字が並ぶ。ページをめくると最初の一文は「あなたも私も、誰も彼もが呪われている」。本書でいう「呪い」とは、目に見えない他者からの影響のこと。近年SNSの発達により「呪い」が拡散される速度が上がり、自らの規範を押しつけ合うようになって、誰もが生きづらい世の中になったという。16歳から50歳近い現在まで、年に5,000本の科学論文を読み続けているサイエンス・ジャーナリストの著者は、現代人が囚われやすい呪いとして、「日本の未来に希望はない」「幸せになるために生きよう」「競争や成長から逃げよ」「情熱を持って仕事をせよ」「人生は遺伝で決まる」という5つのパターンに分類し、それぞれの内実を検証してメカニズムを解き明かしたうえで、無益な呪い合いから距離を置く方法を提案する。巻末に200を超える参考文献と注釈があるとおり、膨大なデータとエビデンスに基づき、トリックを解き明かし(本書では“憑き物落とし”と呼ぶ)、または呪い構文のロジックに疑問を投げかけながら読者とともにそこにある矛盾やバイアスを取り除いていく。万が一途中で疑うことに疲れてしまったら、終章「なぜ人は人を呪うのか?」に飛んでみるべし。呪う理由を5つに分けてまとめられていて、それはそのまま、自分が「呪われる理由」の解明になる。最後に、呪いをやわらげるコツや、呪われやすさを測るテストとも言えるNFCテストも収録。現代社会を生きるうえで、この「解呪スキル」はぜひ磨きたい。
ライタープロフィール
文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイルなどをテーマにした編集・執筆、また企業や商品のブランディングライティングも行う。かつてはトライアスリートだったが、最近の趣味は朗読とピアノ。