ライフスタイル企画

2026.02.19

本を読めば「今」が見えてくる――BOOK REVIEW Vol.29

自分の内側を整えることから始めよう—マインドフルネスができる本

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SNSやチャットツールの浸透は、私たちの暮らしを便利にしたけれど、心が静まる時間が格段に減ったのも事実。デジタルオフして生きるのが難しい現代社会では、意識的に心を静めるスキルを身につける必要があるだろう。今月はそんなマインドフルネスなひとときを手に入れるための本をご紹介。

静かな人はうまくいく

静かな人はうまくいく 小原康照著 すばる舎
(1, 650円)

「静かな人」とはなんだろう? もちろん物静かな人も静かな人だが、本書で語られているのは、心が静まっている人だ。現代社会は1日中、メールやLINE、ニュース、会議、広告、義理のつき合いなど「他人の都合」と「社会のスピード」に合わせて自分の時間を差し出し続けている、と著者。この状況に対して自分のための時間を取り戻すことが大切だとし、心のざわつきから自分自身を救出するための具体的な方法が提案されている。
第一章ではノイズを取り除き、第二章では感情の乱れを鎮め、第三章では他人からの評価から自由になり、第四章では愛への欠乏感がなくなり、そして第五章では未来に対する不安から脱するための方法が提示される。それぞれの章で朝イチ、午前、昼、夕方、夜に取り入れるべきアクションが提案されているので、それに沿って行動してみるといい。たとえば朝イチは起床後5分はスマホを見ずにカーテンを開けて空を見る、昼間に一度、3分間目を閉じる時間をもつ、夜、目覚まし時計を用意して寝室にスマホは持ち込まない、というように。精神論に頼らず、小さくても具体的なルールにすることで、ライフスタイルはガラリと変わる。こうした行動変化の積み重ねにより「静かな人」になれば、判断力、冷静さ、傾聴力、観察力、継続力、自分軸でものを考える力が高まる、という。本書を伴走のパートナーに、ぜひ踏み出してみよう。

耳を澄ませば世界が変わる~京都の音風景に学ぶ、気づきのレッスン~

耳を澄ませば世界が変わる~京都の音風景に学ぶ、気づきのレッスン~
小松正史著 立夏堂(2,200円)

作曲家でピアニストで工学博士。「音」を軸に、教育・研究・表現の3領域をかけ合わせた活動をする著者による「音」とのつきあい方を提案する本書。京都を舞台に「音の力」を探求し続けている著者が21年前に書いた本を、各章に自身による「返歌」を添えた形で再編されている。雑踏の音、大通りの交差点の音、鴨川の音、スマホの着信音、葉擦れの音、そして環境音CDや映像音楽の音…さまざまな音が登場する。この21年間の間に変わった音風景を感じることもできるが、どこからでもただ、音に耳を傾ければいい。自然音でも、機械音でも、生活音でも。それだけで世の中の見え方が激変することを本書は教えてくれる。ある程度読み終えて「耳のそばだて方」がわかってきたら、最後にまとめられた「音を聴く6つのレッスン」に参加しよう。「街の音のグラデーションを発見する」「音のテクスチャーを採集する」「音のながら聴き比べ」「時間を超えるいにしえの音を探す」「まちのおしゃべりを解読する」「森のささやきに没入する」という6ステップ。いずれも目的、場所、準備、実践方法、記録の仕方までていねいに記載されているから、素直に従えばOK。耳の力が磨かれ、感性が目覚めること間違いなし。それは私たちに、生きている実感を取り戻させてくれるのだ。

チェロ湖

チェロ湖 いしいしんじ著 新潮社
(5,500円)

最後に紹介するのは、耳を澄ませて物語に没頭したくなる一作。弦楽器に似た形をもつ湖の畔で、野鳥の声を録音すること、コアユを釣ることで暮らしている若い男がいた。男は祖母の残した蓄音器でレコードを聴くことを日課にしていたが、1920年代から2020年代まで、年代別に整理された鉄針を釣り糸の先につけ、湖に垂らすと、まるで湖そのものが大きなレコード盤になったように、それぞれの時代を生きたこの一家の物語を奏で始めるのだ。野人のような祖父、蓄音器を愛した祖母。チェリストの母、謎の建築家の父…。「若い男」は何を求めて、家族の物語を釣り続けるのか。その謎は少しずつ解き明かされる。
900ページを超える超大作の本作、百年にわたる物語の中には戦争や戦後も混じり、にわかに現実味を帯びるけれど、とはいえそれも湖の底からすくい上げられた物語。幻想とリアリティがゆるやかに混じり合う。読み手の私たちも、長い年月が過ぎたのか、ほんの一瞬のことなのか、何が現実なのか見失いそうになる。風の音、鳥のさえずり、レコード、オーケストラ、歌曲など、さまざまな音色が流れ出し、小説を「読む」というよりも「聴く」ような感覚に。湖の深い底に思いを馳せることは、自分自身の深い内面に耳を傾けるようなひととき。1ページずつ、この美しい扉を開いていきたい。

ライタープロフィール

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文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイルなどをテーマにした編集・執筆、また企業や商品のブランディングライティング、講師活動も行う。かつてはトライアスリートだったが、最近の趣味は朗読とピアノ。


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