ライフスタイル企画

2026.05.14

旅企画「目的旅のススメ」

江戸情緒を感じながら歩く宿場町

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江戸幕府の開府翌年、江戸・日本橋が起点と定められて以降、五街道をはじめ全国で道路が整備され、それとともに各地で発展した宿場町。かつて多くの人が交差し、にぎわいを見せたその場所は、交通インフラの発展とともに姿を消すも、そのありし日の面影を今に残すところもある。歩くのに気持ちのいい季節、先人達が歩いたその道を、辿ってみる旅はいかがだろう。

【長野県】約1kmにわたって町並みが続く歴史ある宿場『奈良井宿』

京と江戸を結ぶ約530キロ、69の宿場町が置かれた五街道のひとつ「中山道」。険しい峠や山深い木曽の山中を通ることから「木曽街道」とも呼ばれる。

奈良井宿は中山道のほぼ中央に位置し、約1kmにわたって町並みが続く宿場町だ。

国の重要伝統的建造物群保存地区としても選定され、情緒ある街並みが今も残る。

一般公開されている建物もあり、たとえば1843年ごろに建てられたという元塗櫛の製造問屋「中村邸」では、奈良井宿の典型的な町屋の様式を見ることができる。

そして散歩の途中で立ち寄りたいのは、総檜造りの「木曽の大橋」。道の駅の真ん中を流れる奈良井川にかかる美しい流線型の太鼓橋は、“映えスポット”としても大人気とか。

橋の中央からは、奈良井川の清流と四季に染まる山々が一望でき、抜群の開放感が味わえる。

毎年8月には1618年から続く伝統行事「鎮神社例大祭」が行われ、裃姿の若衆が「通囃子」を演奏しながら宿場を練り歩く。
この祭りが終わると、木曽路は短い夏を終え、秋の気配が訪れるという。

日本のありのままの美を感じることができる歴史的な宿場町は、一度訪れれば魅了されるに違いない。

【岐阜県】600mの石畳の坂が続く、文豪、島崎藤村のふるさと『馬籠宿』

中山道43番目の宿場町である馬籠宿。600mの石畳の坂が続く街道は、今も江戸時代の面影が残り、島崎藤村ゆかりの地としても知られる。

小説『夜明け前』で“木曽路はすべて山の中である”と島崎藤村が表現したように、中山道は難所が多く、馬籠宿も例外ではない。

道路が南北に貫通している急な山の尾根に沿っているため、「坂のある宿場」だからだ。

だが、そんな傾斜地形の中に広がる水田や山林が織りなす里山風景が心を和ませる。

馬籠宿のシンボルでもある大きな水車小屋の上、カーブのところで足を止めて振り返れば、趣ある建物、石畳、そして恵那山までを一望。素晴らしい絶景が広がっている。

馬籠宿を訪れたなら、文豪の生涯をたどる「藤村記念館」へも足を運びたい。江戸時代には本陣、問屋、庄屋を兼ねたという旧家には、藤村ゆかりの資料が多数所蔵されている。また、『夜明け前』の舞台がここの本陣だと知れば、小説がより立体的に立ち上ってくるはずだ。

澄んだ美しい水に富んだ馬籠は、山菜や川魚などを使った郷土料理も美味。歩いて、食べて、英気を養いたい。

【三重県】東海道47番目の宿場町。伊勢神宮への入り口『関宿』

日本橋から京都三条大橋まで、海沿いをたどる五十三次、約495km。東と西を繋ぐ大動脈・東海道は、あの歌川広重が描いた浮世絵の通り、海、川、山とその道中の風景は変化に富む。

写真提供:三重県観光連盟

そんな東海道47番目の宿場町、関宿。江戸から明治期にかけての町屋が約1.8kmにわたり、約200軒が連なる。

江戸時代末期に建てられた町家建築のひとつは資料館になっており、関宿の街並みの移り変わりを写真で見ることができる。

写真提供:三重県観光連盟

参勤交代ほか、庶民の間でたびたびブームになった伊勢参りでも交通の拠点として繁栄。伊勢神宮に向かう人々への道標として建てられた「東追分 一の鳥居」も建て替えを繰り返しながらも、地域の人々の手によって守られている。

写真提供:三重県観光連盟

歩き疲れたら、足湯交流施設「小萬の湯」へ立ち寄って、足の疲れをほぐそう。掘削深さ1,300m、泉温20℃の関宿温泉自噴水を源泉にもつ湯は、塩分濃度が高く、保温効果が高いのが特徴。街の憩いの場となっている。

構成・文/一寸木芳枝


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