地元で暮らす人や小さいお子さんをもつ人にとって、地域社会は切っても切れない存在だろうが、都会で仕事中心に暮らしていると近所の人々と関わりをもつのは容易ではないこともある。しかし防犯・防災といった自分の身を守るためにも、未来の地球を守るためにも、暮らしている街とつながることは重要だろう。今回はそんな地域社会というものを見つめ直す3冊をセレクトした。
わたしがいる あなたがいる なんとかなる 「希望のまち」のつくりかた
奥田知志著 西日本新聞社(1,870円)
世界のあちこちで戦争が起き、各地で災害が起き、物価が上がっている。でもそれは真の危機感ではないだろう。もしかしたらあなたの家の数軒隣に暮らす人は、もっとずっと緊急の、しかも呪いのように根深い困難を抱えているかもしれない。本書の著者は大学時代に初めて日雇い労働者の街を訪れて衝撃を受けたのをきっかけに、30年以上にわたり、路上で暮らすホームレスへの支援を行っている。そんな著者が今取り組んでいるのは、だれもが生きやすい「希望のまち」を作るプロジェクト。本書はこのプロジェクトに取り組む過程で、著者が長年抱えてきた課題や思いをまとめたものだ。さまざまな事情で、生きづらさや困難を抱える人々が登場する。そしてそこには著者の率直な思いが散りばめられている。多くの問題が横たわっているが、誰かが悪いとか、誰かがかわいそうだとかといった一方的な視点はそこにはない。だからこそ、読んでいる私たちもその場にいたかのように考えさせられる。
タイトル「わたしがいる あなたがいる なんとかなる」とは随分楽観的に聞こえる。もちろん、現実はそんなに簡単ではない。それでも著者は自分を鼓舞するように「なんとかなる」と言い続ける。「明日は、雨でもなんとかなる。みんなでびしょ濡れになって、外で暮らす人々が感じる冷たさを分かち合うのだ」。
今日のランチや、来月の旅行、キャリアプランなど、自分にばかり向けられていた矢印を一度下ろして、周囲に目を向けてみよう。自分にできることはまだある。そんな思いにさせてくれる一冊だ。
ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス 栗田シメイ著
毎日新聞出版(1,760円)
都心の好立地に位置する大規模な人気ヴィンテージマンション。そこに、外からは想像も及ばない「地域社会の闇」が潜んでいる。本書はこのマンションが抱えていた問題に立ち向かった住民たちの、1,200日に及ぶ闘いの実録だ。
このマンションは長年にわたり、一部の理事たちによる独裁管理が行われていた。家に人を宿泊させると1万円の支払い。平日17時以降や土日は介護事業者やベビーシッターの立入禁止、ウーバーイーツ禁止、賃貸に出す場合は理事会の入居者面談を行う、パソコンは1世帯1台まで…。過去にはこうしたルールに立ち向かう反対運動が起こったものの潰された経緯があり、住民の間には諦めムードが広まっていたという。そんな状況に立ち上がった人がいた! ルポライターの著者はマンションの民主化を目指す有志の会「秀和幡ヶ谷レジデンスをより良くする会」のリーダーらをはじめ、区分所有者、賃貸入居者の多くに聞き込みを行い、住民たちの闘いの足跡を克明に綴る。傍目には“異常”としか思えないルールでも、その仕組みを変えるには並々ならぬ忍耐力と意志が必要だったことが分かる。他人同士がともに生きるのはこうも難しいものか。最後に著者はこう綴る。「住民の中でのマンション自治への関心が高まったことが、最大の収穫ではなかったか」。暮らしのなかに“当事者意識”をもつことの大切さに気づかされる。
地方女子たちの選択 上野千鶴子・山内マリコ共著・藤井聡子協力
桂書房(1,980円)
最後に取り上げるのは、「地方女子」。近年「地方の女性流出」が取り沙汰されるが、その「流出」した女性の姿は見えない。彼女たちは消えたのだろうか? いや、そもそもその発言をしている人々が、彼女たちを「数」でしか見ていないからだろう。本書では、そんな女性たちをただの数字から、血の通った生身の人間に引き上げることを目指している。彼女たちは何を背負い、何に苦しみ、何から逃げ、何を求め、何を掴み、どう生きてきたのか。その声に耳を傾け、対話するという試みだ。
舞台は地方都市のひとつである富山。第1章では、「地方女子」をテーマに描いてきた富山出身の作家の山内マリコ氏、同じく富山出身で長年にわたり女性学・ジェンダー研究を行ってきた社会学者の上野千鶴子氏が、それぞれ「出ていった人」としての自身を振り返り、第2章では富山で活動するライターの藤井聡子氏が、富山に暮らす20〜60代の14人の女性にインタビュー。彼女たちが何を感じ、何を選び、何に憤ってきたのかに耳を傾け考察する。第3章では上野氏と山内氏の対談も収録。なお、本書は地元富山の出版社である桂書房より刊行され、担当編集者は「富山に戻ってきた女」だという。
富山に当てはまることの多くは、他の地方都市にも当てはまる。「地方に女子がいない」が意味するものが見えてくる。地域社会について考えることは、女性の生き方について考えることでもあるのだろう。
ライタープロフィール
文/吉野ユリ子
1972年生まれ。企画制作会社・出版社を経てフリー。書評のほか、インタビュー、ライフスタイルなどをテーマにした編集・執筆、また企業や商品のブランディングライティング、講師活動も行う。かつてはトライアスリートだったが、最近の趣味は朗読とピアノ。