夫妻が愛でたお雛さまはかわいらしい表情の「稚児雛」
三菱4代社長である岩崎小彌太が、昭和初期に当時随一といわれた京都の人形司・五世大木平藏(丸平大木人形店)に、妻のために発注した雛人形一式が公開される。小彌太の「ほかにはない人形を」との注文に、衣裳や道具類、調度品に至るまで、漆芸、蒔絵、織物、指物など最高峰の伝統工芸技術を駆使し、3年の月日をかけて制作されたものだ。
そもそも雛人形とはなんだろう。古来、人間の姿を象ったものを「人形(ひとがた)」あるいは「形代(かたしろ)」と呼び、身の穢れをこれに移して厄除けとした。それが、平安時代に貴族の子女の間で流行した人形遊びと合流。江戸時代に、女児の幸せや健康を願って男女一対の人形を飾る3月3日の行事へと変化した――というのが定説だ。
この「岩崎家雛人形」の特徴のひとつが、幼児の姿でつくられているということ。ふっくらとした顔つきで、体に対して頭部が大きい「稚児雛」と呼ばれるタイプだ。三人官女に五人囃子、下働きの男達に至るまで、どことなくあどけない表情をしていて微笑ましい。
岩崎家の「花菱紋」が散りばめられたこの雛飾りは、5段飾りにするとなんと高さ約3mにもなるという。男雛は像高30.5㎝、女雛も25㎝あり、さすが名家の誂え品というサイズにも驚くことだろう。
人形のためのスゴ技が満載!
どれほどの技術と手をかけて作られた雛人形なのか、その一部を見てみよう。
まずは一対の内裏雛。
男雛は鴛鴦文(えんおうもん)入りの黄丹袍(おうにのほう)という皇太子が着用する装束を纏っていて、本作は皇太子と妃のご成婚を想定した姿で誂えられたものと分かる。
女雛でひときわ目を引くのは、サンゴやガラス玉をあしらった豪華な冠。十二単は見える部分だけ重ねて作ったものではなく、袴、裳、単、打衣、五衣、表着、唐衣と、順に着せられるよう仕立てるといった凝りようだ。
いずれも胴体は木彫り胡粉塗りの裸体に関節を施した「三つ折れ」構造で、立ち居自在に作られている。頭は十二世面庄という京人形の名工の作。どの角度からも表情に精気が見て取れる。
会場では壁際の展示ケースに陳列されるため、人形の後ろ側は見にくいはずなのでここで少し紹介しておこう。
男雛は、後身頃を長く引いた下襲という装束を着用し、象牙や石で飾った皮ベルトの石帯に金工や漆工を施した装飾的な太刀を佩(は)く。腰から後ろにスカート状に広げた女雛の裳には、桐竹鳳凰という吉祥文が手描きされている。いずれも中央に岩崎家の替紋が施された、錦織物と刺繍による敷物に鎮座する。
三人官女や五人囃子といった雛人形のバイプレーヤーも、衣裳から道具、仕草まで、人形とは思えないリアリティ。さらに注目したいのは、仕丁(じちょう)という御所の下働き三人組。仕事を終えて宴会中のようで、笑い、怒り、泣くというくつろいだ仕草や顔つきがなんともおかしい。
主役は人形だが、お雛さま鑑賞の醍醐味は道具や調度品にあるといってもいいだろう。丸平大木人形店は最高峰の技術・技巧を惜しみなく用い、小さな座布団でさえ高いクオリティで制作。これは、端から端までじっくり鑑賞するに値するというものだ。
この15体の人形とさまざまな道具類からなる「岩崎家雛人形」は、実は戦後バラバラに散逸していたとか。これだけの品になると相当高額になるため、売る側も買う人も、揃いのままでは難しい。内裏雛だけ、三人官女だけ、膳道具だけ、ぼんぼりだけ…など、散逸することは珍しくない。「岩崎家雛人形」も同様の憂き目にあっていたが、京都の人形愛好家、桐村喜世美氏によって根気よく蒐集され、一部の道具類を欠いてはいるものの再び飾ることができるまで揃ったという。
桐村氏の自宅で大切に愛玩され、季節になると一般公開もされていたが、平成30年に静嘉堂文庫美術館へ寄贈された。本展でこのお雛さまを鑑賞できるのは、岩崎小彌太・孝子夫妻、そして桐村氏の、人形への深い思いがあってのものなのだ。
お雛さまのお返し? 孝子夫人からは還暦祝いの御所人形58点が!
小彌太の60歳、還暦を祝って孝子夫人が五世大木平藏に特注したのが、卯年の小彌太にちなんだ木彫りの御所人形だ。兎の冠を頭にのせた七福神と童子からなる総勢58体という見事な隊列人形は、なかなか類を見ないだろう。雛人形には替紋の「花菱紋」だったが、小彌太のためのこの御所人形には岩崎家の家紋「隅切り角に重ね三階菱」があしらわれている。
鯛車曳、楽隊、宝船曳、輿行列、餅つきと5つのグループで構成され、いずれも生き生きとした様子に釘付けになること間違いなし!もちろんこの御所人形も、表情や仕草、衣裳や道具など、細部にまでこだわり抜いて制作されている。その愛らしさと精巧さと、そして風俗絵巻を見るような楽しさで、本展に花を添えるはずだ。
雛祭の様子も描かれた浮世絵や初公開の打掛も!
展示室のほとんどは雛人形と御所人形の2件で埋まるほどの豪華さだが、ほかにもこんな美術品が展示されるので紹介しておこう。
雛飾りを堪能し、グルメやショッピング、仲通りや東京駅などの景観を楽しむ。昼間はもちろん、夕方から夜にかけてもお楽しみが満載の丸の内をじっくり楽しんでみてはいかがだろう。
美術館データ
「岩崎家のお雛さま」
Hina Dolls of the Iwasaki Family
会場:静嘉堂文庫美術館(東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1階)
会期:2024年2月17日(土)〜3月31日(日)
会期中休館日:月曜日(ただし3月4日はトークフリーデーとして開館)
開館時間:10時~17時(土曜日は18時閉館、第4水曜日は20時閉館、いずれも入館は閉館の30分前まで)
入館料:一般1,500円、大学・高校生1,000円、中学生以下無料
日時指定予約優先(当日券も販売)
【関連イベント】 スライドトーク
日時:2月25日(日)、3月9日(土)、3月24日(日)、いずれも11時30分~
会場:明治安田ギャラリー(明治安田ヴィレッジ丸の内<旧丸の内MY PLAZA>1階)
定員:各回30名
※参加方法など、詳細は下記ウェブサイトでご案内いたします。
【三井記念美術館との相互割引を実施】
2024年4月7日(日)まで三井記念美術館で開催の「三井家のおひなさま 特別展示 丸平文庫所蔵 京のひなかざり」が、「岩崎家のお雛さま」の半券提示で入館料一般200円引き、大学・高校生100円引きに。
三井記念美術館「三井家のおひなさま」の半券提示で、当館「岩崎家のお雛さま」入館料が全世代200円引きになります。
※いずれも他の割引との併用はできません。
問い合わせ:☏ 050・5541・8600
ホームページ https://www.seikado.or.jp/
X(旧Twitter) @seikadomuseum
instagram @seikado_bunko_artmuseum