人気役者や評判の町娘のブロマイドとして楽しまれたり、新作歌舞伎の公演を知らせたり。世相を風刺したかわら版のようだったり、旅行ガイドのような風景画も…と、庶民の手元で楽しまれた江戸時代の浮世絵。安価に販売するため木版画で大量生産された浮世絵は、やがて明治期の文明開化によって新しい媒体に取って代わられる。しかし、浮世絵で培った木版画の技術は「新版画」に受け継がれ、新たな表現技法として発展。そこには、日本の版画に魅せられた外国人アーティストと版元、そして岩崎家まで深くかかわっていた。
三菱一号館美術館で5月24日まで開催中の展覧会「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」を担当した上席学芸員の野口玲一さんに見どころをうかがった。
西洋画の表現を浮世絵の技術で仕上げた版元、渡邊庄三郎
新版画の「新」とは? 新版画と浮世絵に違いはあるのだろうか? 浮世絵は江戸時代の終焉とともになくなったわけではなく、明治時代も「戦争絵」や「開化絵」「新聞錦絵」などのジャンルで制作されたが…。
「明治期の後半、日露戦争の終わりあたりで浮世絵は衰退しました。記録や報道としての役割は写真や新聞にとって代わられ、手間のかかる木版画の浮世絵は時代遅れになってしまったのです。日露戦争後は、ほとんど新作がつくられなくなりました」
しかし、浮世絵によってとびきりの技術を培っていた日本の木版画に、新たな生命を吹き込んだ・渡邊庄三郎という版元がいた。
「イギリスのチャールズ・バートレットやオーストリアのフリッツ・カペラリといった画家と渡邊庄三郎によって、西洋画の技術を取り入れた、精巧な木版画が制作されたのです」
江戸時代の浮世絵に蔦屋重三郎がいたように、明治・大正時代の新版画には渡邊庄三郎という版元がいたのだ。
チャールズ・W・バートレット『神戸』
大正5(1916)年 版元:渡邊木版美術画舗
スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
大正4(1915)年に初めて日本を訪れた際、自らの水彩画スケッチを渡邊木版画舗に持ち込んで版画を制作。翌年、日本の風景画6点と、訪日前に旅をしていたインドの風景画による計21点の新版画を発表した。本作はそのひとつ。
欧米で人気を博した情緒的な日本の風景画。現代の私たちの目には…
今回の展覧会に出品される新版画や浮世絵の大部分は、ロバート・O・ミュラーが蒐集し、スミソニアン博物館群のひとつである国立アジア美術館に寄贈されたもの。ミュラーはディーラーとして新版画をアメリカなどに広める一方で、自身も4500点にものぼるコレクションを形成。世界最高峰と目されるそのコレクションから、選りすぐりの新版画など約130点が日本に里帰りする。
小林清親『大川岸一之橋遠景』
明治13(1880)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
浮世絵の流れを汲みながらも、後の新版画の絵師たちから参照された小林清親。本作は西洋画の技法を取り入れた清親の光線画の代表作のひとつ。明治時代の東京の変遷と夜の美しさを、日本の伝統的な風景描写に西洋の陰影表現をもらたすことで表現の近代化を図った。
小林清親『高輪牛町朧月景』
明治12(1879)年 スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
日本の近代化を象徴するもののひとつが、明治5年、横浜・新橋間に開通した日本初の鉄道。まさにトワイライトの時刻、高輪の海上を走る蒸気機関車を小林清親は情景たっぷりに描いた。
浮世絵は当世を描くものだが、「見立て絵」や「やつし絵」「判じ絵」など原典を知らないと読み解けないものや、パロディにしたり皮肉ったりしたものなど当時の世相の理解が必要なものが少なくない。現代の私たちが見てその面白さを十分享受できるとは限らず、浮世絵は気軽な庶民の楽しみだった一方、知的な鑑賞物でもあったことを思い知らされる。
「陰影や遠近など近代的な視覚が入っていますから、浮世絵より新版画の表現のほうが私たちにはなじみがあるでしょう。本展では風景を描いた新版画をメインにご覧いただきますので、より分かりやすいと思います。江戸時代の情緒を遺した景色を、小林清親や川瀬巴水といった浮世絵の流れを汲む絵師たちがどう描いたか。日本橋や新橋など華やいだ東京や、金沢や松島などの名所といった知られた景色も、画家の目で切り取るとこうなるのかと新鮮に映るかもしれません。ノスタルジックな感性も刺激され、没入しやすいのではないでしょうか」
川瀬巴水『東京十二題 春のあたご山』
大正10(1921)年 版元:渡邊木版美術画舗
スミソニアン国立アジア美術館
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection
桜の名所としても知られる愛宕山。桜の時期なら花見客でにぎわう見晴台の様子やそこからの眺めを描くものだが、巴水は神社の裏手で遊ぶ幼子の姿をとらえた。
新版画が海外に知られるきっかけは三菱にあり!
「実は、新版画は三菱と深いかかわりがあって、海外で知られるきっかけをつくったのは、三菱なんです」と野口さん。
都立清澄庭園が岩崎家の寄贈によるものだということは以前 「みにきて!みつびし」で紹介している。旧岩崎家深川別邸であるここは、岩崎彌太郎が造営した庭園に、岩崎彌之助がジョサイア・コンドル設計の洋館や、数奇者・柏木貨一郎による和館を建てるなどし、外国からの賓客を招く迎賓館として使ったり、三菱社員の親睦会などにも利用された。そんな深川別邸の姿を版画作品にと、川瀬巴水と渡邊庄三郎に発注。なんと三菱が海外顧客向けに贈るためだったという。
「ノベルティとしての配布が、新版画という新しいジャンルを海外に知らせるきっかけをつくったといってもいいでしょう。すでに浮世絵は欧米で人気を博していましたから、新しい表現による版画は驚きをもって受け入れられたのではないでしょうか」
西洋画の技法を取り入れながらも、日本ならではの情緒的感性が描かれた新版画は、日本より海外で先に注目されたのだ。本展ではそのノベルティシリーズを、最後の展示室で公開している。大正12(1923)年の関東大震災で洋館と和館はいずれも焼失したが、この全8図でしか見られない景色がそこにある。
「深川別邸のいちばん美しい姿を、ぜひじっくりとご覧いただければと思います」
川瀬巴水『三菱深川別邸の図 洋館より庭園を望む』
大正9(1920)年 スミソニアン国立アジア美術館
「最後の浮世絵師」と呼ばれる月岡芳年の流れを汲むのが、明治時代の東京の風俗を写した美人画で名を馳せた鏑木清方。三菱商事はまず清方に依頼したが、「風景画なら…」と川瀬巴水を紹介され、制作に至ったという。
新版画――江戸時代に庶民を楽しませた浮世絵の高度な木版技術を用い、変わっていく東京の街並みや各地の名所を新たな手法や視点で描く。「トワイライト、新版画」と名付けられたこの展覧会で、ノスタルジックな日本の風景版画を楽しみたい。
美術館データ
「トワイライト、新版画 ―小林清親から川瀬巴水まで」
From Kiyochika to Hasui:
Ukiyo-e and Shin-Hanga Woodblock Prints from
The Smisonian’s National Museum of Asian Arts
会場:三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
会期:2026年2月19日(木)~5月24日(日)
会期中休館日:祝日•振替休日を除く月曜日
※開館記念日の4月6日、トークフリーデー(2月23日、3月30日、4月27日)、5月18日開館
開館時間:10時~18時
※祝日を除く金曜日、第2水曜日、会期最終週平日は20:00まで、いずれも入館は閉館の30分前まで
入館料:一般2,300円、大学生・専門学校生1,300円、高校生1,000円、中学生以下無料
※第2水曜日は、17時以降に当館チケット窓口でマジックアワーチケット1,600円を販売
問い合わせ:☏ 050・5541・8600(ハローダイヤル)
展覧会ホームページ https://mimt.jp/ex_sp/shin-hanga-teaser/
一般、大学生、高校生入館料
200円割引
※入館時にこの画面をお見せください
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入館料が割引となります
2名様まで1回限り有効
他の割引との併用不可
チケット窓口での購入のみ適用
<会期中の2026年5月24日まで>