「美を味わう―懐石のうつわと茶の湯」と題した展覧会が、静嘉堂文庫美術館で開催されている。「懐石」とは、正式な茶会である「茶事(ちゃじ)」における料理のこと。抹茶をおいしくいただくための腹ごしらえというだけでなく、床(とこ)の掛物や花などと同様、亭主は料理とともに、それを盛る数々のうつわでその会を楽しませる。戦国武将は茶の湯を〝政治のツール〟として利用したが、明治、大正、昭和の実業家は茶の湯を〝もてなしの場〟として用いた。静嘉堂文庫美術館では初となる「懐石」をテーマにした本展の見どころを、担当学芸員の長谷川祥子さんにうかがった。
うつわの鑑賞で茶事での「懐石」を体験!
「最初の展示室(Gallery1)は、懐石入門という気持ちで構成しました。お抹茶が出る前の懐石の流れを再現するといいますか、一例をうつわでご覧いただくように展示しています」
どういう料理がどんなうつわで、どういった順番で提供されるのか、茶事を体験したことのない人でも疑似体験できる仕組みだ。
「懐石では、最初にほんの少量のご飯とお汁、そして向付(むこうづけ)と呼ばれる肴が出ます。そのあとの煮物や焼物などを含む一汁三菜、あるいは一汁二菜が懐石の基本です。このほかに吸物や、山海の幸を盛り合わせた八寸などがあり、ご飯と香の物で締めくくり、いよいよお菓子と抹茶と…という流れに。展覧会では何も盛られていないうつわを展示するわけですが、そこにどんな料理が盛り付けられるのか、解説文やバナーなどもあるので想像しながらご覧いただけると思います」
「懐石」と聞いて茶の湯を連想するのは、少なからず茶の湯に親しみのある人。多くの人は、日本料理店などで提供されるフルコース料理を「懐石」あるいは「懐石料理」と思うだろう。ちなみに音が同じ「会席料理」は別モノで、こちらは平たく言うと宴会料理をさす。静嘉堂文庫美術館での今回の展覧会での「懐石」は茶事(茶会)における食事のことだが、〝茶の湯〟と聞くと身構えてしまうという人にうってつけの展覧会といえそうだ。
本展の会期中、茶席で湯を沸かす場は冬季の「炉」から春夏に用いる「風炉」へと切り替わる。本展構成の第1章となるGallery1での「懐石の流れ」では、前期は炉の季節を、後期は初風炉の季節を想定した懐石のうつわが並ぶ。
向付:「祥瑞松竹梅文袖形向付」 景徳鎮窯
中国・明時代(17世紀前半) (公財)静嘉堂蔵
この向付は、明末の染付のなかでも日本人の注文による高級食器「祥瑞(しょんずい)」に分類されるもの。
徳利:「祥瑞山水花鳥文瓢形徳利」 景徳鎮窯
中国・明時代(17世紀前半) (公財)静嘉堂蔵
懐石の酒器として人気の高い瓢形の徳利。当時の茶人たちが憧れた中国の文人趣味が、文様となって表されたモチーフや詩句に反映されている。黒漆塗の丸盆に盃(手前:釜山窯、中:龍泉窯、奥:景徳鎮窯)とともに。
懐石のうつわの華である「向付」を一挙展示
「懐石の展覧会ができると思ったのは、向付の優品を多く所蔵していたからです。向付は懐石の流れの中でシンボルになるうつわ。平皿だけでなく碗や鉢があったり、形や大きさ、意匠もいろいろで楽しいんです。本展は、向付を軸に懐石のうつわを構成した展覧会といえます」
第2展示室(Gallery2)では、静嘉堂所蔵の向付が勢ぞろいする。
茶席は、亭主が季節や時候などを鑑みながら趣向を凝らして準備するもの。懐石をいただき、お菓子、お抹茶と進むため、ゲストはまず献立の内容やうつわ類からその席の趣向を楽しむ。 「明治、大正、昭和初期の財界人にとって茶の湯は嗜みのひとつであり、もてなしに不可欠なものでもあったと思います。岩崎家は表千家に師事していましたが、特に小彌太は懐石のうつわの蒐集にも熱心だったようです。そこで今回は、懐石のうつわに焦点を当てて企画しました。ちなみに、かつては懐石家具と呼ばれるものも含め、何組かフルセットで揃っていたことが作品カードからうかがえますが、散逸してしまったものもあるようです」
「織部角繋ぎ向付」 美濃
桃山~江戸時代(17世紀前半) (公財)静嘉堂蔵
慶長から寛永年間にかけて、美濃で制作された織部焼の向付。形だけでなく、緑と白の対比や抽象的な文様など、斬新な装飾が光る。
「南京赤絵雉牡丹文向付」 景徳鎮窯
中国・明~清時代(17世紀前半) (公財)静嘉堂蔵
金襴手の作品にも通じる意匠の碗。見込みの意匠は染付で、外側の丸窓には花鳥図が。
「阿蘭陀染付花鳥文向付」 デルフト窯
オランダ(17世紀) (公財)静嘉堂蔵
日本では「阿蘭陀(オランダ)」と呼ばれて珍重された、オランダ製の軟質陶器。独特な乳白色の地に、青いコバルト顔料で花鳥文様や大きなトンボを描く。ヨーロッパ的な雰囲気が見どころ。
料理や趣向に合わせて楽しむ日本の〝うつわ文化〟を堪能
日本のうつわは独特だ。陶磁器、漆器だけでなく素材の種類が多く、形や大きさもさまざま。食事の後片づけの際に「なんでこんなにバラバラな…」と、感じる人もいるのではないだろうか。日本人は、多種多様なうつわを使いこなす達人だ。
「料理によって、季節によって、あるいは温かいのか冷たいのか、汁があるのかないのかなどを考慮してうつわを選ぶということ自体が、日本の豊かな文化のひとつだと思います」と長谷川さん。「和食:日本人の伝統的な食文化」がユネスコの無形文化遺産に登録されたのは2013年。「日本の食文化」は食材や調理法、料理そのものだけでなく、うつわとの取り合わせとともにあるといえるだろう。
第3展示室(Gallery3)は「茶事を彩る、懐石のうつわ」として、向付以降のさまざまなうつわが並ぶ。黄瀬戸や織部、古染付に高麗青磁、三島手やベトナム陶磁器なども。「このうつわにはこんな料理を盛りたい」などと想像するのも楽しい。
「色絵丸文台鉢」 有田
江戸時代(17世紀) (公財)静嘉堂蔵
染付の鎖文で囲まれた緑、黄、白の丸文が、大胆なトリミングで配された台鉢。縁に軽やかな歪みをつけた、古伊万里の「古九谷様式」と呼ばれる逸品。
「白釉輪花透し鉢」 野々村仁清
江戸時代(17世紀) (公財)静嘉堂蔵
花形の縁に、大きく透かしを切った仁清の鉢。秀逸なデザインと、景色をつくる白釉の流れが見どころ。
「呉州赤絵胡人獅子文鉢」 漳州窯
中国・明時代(17世紀前半) (公財)静嘉堂蔵
口径33㎝の大鉢。胴に描かれた人物像は、高速で回転したりアクロバティックな見せ場をつくる、中近東の舞踊に由来するものか。
「溜塗紅葉張交銘々盆」 飛来一閑
明治時代(19世紀後半~20世紀前半) (公財)静嘉堂蔵
菓子などをのせるための、18㎝大の一閑張りの銘々盆。15枚揃いで、それぞれに各地の名所で採られた紅葉の葉を貼り込み、裏には葉の採られた場所が表千家11代碌々斎の筆により記されている。写真の1枚は、表千家の茶室「不審庵」の紅葉を貼り込んだもの。
信長・秀吉・利休ゆかりの名器もずら~り!
2026年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」でも、チラチラっと茶の湯の道具が画面に現れている。戦国時代は茶席や茶道具が政治の道具として使われ、武将と茶人は特別な間柄だった。なかでも豊臣秀吉と茶聖・千利休の関係は濃密で複雑極まりない。
静嘉堂の茶道具の筆頭は国宝「曜変天目(稲葉天目)」だが、信長、秀吉、家康と、天下人の手中にあり続けた茶入や、利休に見出されて楽焼を創始したとされる長次郎の茶碗などが、最後の展示室(Gallery4)に集合。
「付藻茄子と松本茄子という茶入は、鏡を仕込んだ展示で底の様子を初公開します。マニアックな見方になりますが、中国と日本では轆轤の回転方向が逆なんですね。糸切りの様子も良く残っていますから、日本とは違う左回転でつくられていることがわかります。自分の手元に来た茶碗は側面や裏側も見ることができますが、茶入はそうはいかないので、底がどうなっているかも興味深くご覧いただけたらと思います」
右「唐物茄子茶入 付藻茄子」 福州窯系
左「唐物茄子茶入 松本茄子(紹鷗茄子)」 福州窯系
ともに中国・南宋~元時代(13~14世紀) (公財)静嘉堂蔵
いずれも茶道具の最高峰の格付けである大名物(おおめいぶつ)の茶入。「付藻茄子」は、かつて信長、秀吉、家康の手に渡ったもの。大坂城落城で大破したが、家康の命によって焼け跡から欠片を探索、見事に修理されて今日の姿に。「松本茄子」は秀吉の伝説の茶会である北野大茶湯で、最上格の道具として扱われた。
「黒楽茶碗 紙屋黒」 長次郎
桃山時代(16世紀後半) (公財)静嘉堂蔵
千利休の知遇を得て、その好みで赤黒2種の茶碗を作陶したとされる樂家初代長次郎の作。博多の豪商神屋宗湛が、豊臣秀吉への献茶に用いたともいわれる。
国宝「曜変天目(稲葉天目)」 建窯
中国・南宋時代(12~13世紀) (公財)静嘉堂蔵
「天目」と呼ばれる黒釉碗のうち、世界に3碗のみ完品が伝わる「曜変天目」。大小の斑紋の周囲に現れた青光りする光彩が特徴。徳川将軍家から淀藩主の稲葉家に伝来したのち、岩崎家の所有となった。
「このぷっくりシールがお子さんのコレクションに加わったり、交換アイテムになったりしないかなと(笑)。そんな子供が将来この美術館を訪れてくれたらうれしいですね」
付藻茄子と松本茄子、曜変天目はそれぞれ個別のシールに、表紙と内ポケットの模様を重ねると曜変天目になるという2ポケットのクリアファイルも登場。展覧会鑑賞とともに、ぜひ早目にゲットして!
美術館データ
「美を味わう― 懐石のうつわと茶の湯」
Where Beauty is Served:
Kaiseki Vessels and Spirit of Tea Ceremony
会場:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内/東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1階)
会期:2026年4月7日(火)~6月14日(日)
前期2026年4月7日(火)~5月6日(水・祝) 後期5月8日(金)~6月14日(日)
※前後期で一部作品の展示替えあり
会期中休館日:月曜日(ただし5月4日は開館)、5月7日(木)
開館時間:10時~17時(入館は閉館の30分前まで)
第4水曜日は20時閉館、6月12日(金)と13日(土)は19時閉館
入館料:一般1,500円、大学・高校生1,000円、中学生以下無料
【関連イベント/講演会「豊臣兄弟と利休の茶会」】
※当チケットは定員に達したため販売終了しました。
講師:田中仙堂氏(大日本茶道学会会長)
日時:2026年5月16日(土) 14:00~15:30
定員:200名
会場:明治安田ヴィレッジ「明治安田ホール丸の内」(東京都千代田区丸の内2-1-1 明治安田生命ビル低層棟4階)
参加費:無料 ※ただし、本展入館券込み参加券(1,500円) 要予約
【関連イベント/担当学芸員のスライドトーク】
日時:2026年4月19日(日)、28日(火)、5月14日(木)、31日(日)、いずれも11:00~、14:30~(各回約40分)
会場:明治安田ヴィレッジ「明治安田ギャラリー」(東京都千代田区丸の内2-1-1 明治安田生命ビル1階)
定員:各回40名
参加費:無料(ただし要当日入館券) 当日整理券配布(予約優先)
問い合わせ:☏ 050・5541・8600(ハローダイヤル)
ホームページ https://www.seikado.or.jp/
X(旧Twitter) @seikadomuseum
instagram @seikado_bunko_artmuseum
※入館時にこの画面をお見せください
※上記リンク先の赤い「チケット購入ボタン」からご予約いただけます
※2名様まで1回限り有効
※他の割引と併用不可
<会期中の2026年6月14日(日)まで>