三菱のアート

2026.08.20

三菱一号館美術館「“カフェ”に集う芸術家」展レポ

画家達の会話が聞こえる!?
丸の内をパリ散策のように楽しむ展覧会開催中

画家達の会話が聞こえる!? 丸の内をパリ散策のように楽しむ展覧会開催中

自分が暮らす街や休日に出かけるスポットに、あるいは職場近くの隠れ家的な店など、いくつかお気に入りのカフェはないだろうか。おいしいドリンクやデザートにひと息ついたり、お腹を満たしたり、読書や考え事をしたり。友人や家族、もしかしたら店の人とのおしゃべりを楽しみに出かけるのかもしれない。カフェは飲食だけでなく、時間を提供してくれる場だ。

近代美術史において最もエキサイティングな時代と言われる1860年代のパリには、さまざまなジャンルの芸術家や批評家達が議論を交わす“カフェ”の存在があった。いや、そういった“カフェ”がなければ、マネやルノワール、ドガ、セザンヌ、ゾラなどの画家や文筆家の誕生はもっと遅れていたかもしれない。集って語ることで、芸術が熟成した時代だったのだ。
そんな活気に満ちたカフェの時代を、そこから生まれた絵画やポスターとともに楽しむ展覧会「“カフェ”に集う芸術家」展が、丸の内の三菱一号館美術館で開催中だ。会場には134点もの作品が展示されていて見応えたっぷり。今回はそのなかからいくつかピックアップして、作品にまつわるエピソードなどを紹介しよう。

「踊り子の画家」と呼ばれたドガの手本は『北斎漫画』

残した作品の約半数が踊り子を描いたものだといわれるエドガー・ドガ。パリの裕福な銀行家の家系に生まれ、10代で画家を目指した彼はエコール・デ・ボザール(国立美術学校)で学んだが、1866年ごろからマネやモネ、ルノワールといった前衛的な画家達が集った<カフェ・ゲルボワ>に通い、彼らと芸術論を交わす。そうしてドガは、アカデミックな絵画の教育を受けた者が主題とする歴史画や肖像画に飽き足らず、カフェや劇場、サーカス、競馬場など、パリの文化を彩った風俗を好むようになった。

なかでも晩年まで描き続けたのが踊り子だ。本展覧会にも、パステル画『赤い服の踊り子』(下図)や、ドガに影響を受けたフォランによる『舞台裏―青のシンフォニー』(大原美術館)や、ラ・トゥーシュによる『踊り子』(国立西洋美術館)といった作品が展示されているが、いずれも公演中の踊り子ではない。控え室や舞台袖での何気ない仕草やワンシーンを描いたものだ。ドガらの“踊り子作品”の多くは本番のステージだけでなく、こういった練習風景や舞台裏の休息といった日常にも焦点を当てている。

一方、19世紀後半のヨーロッパでは、印象派の画家を中心に、浮世絵など日本の美術作品が大きな影響を与えたジャポニスムという現象が起こったが、ドガの踊り子作品にもそれが見て取れる。よくいわれるのは、葛飾北斎が花鳥から日常の道具、人間の滑稽な表情や姿、そして妖怪や神仏といった目に見えない世界まで、あらゆるものを描いた『北斎漫画』からの影響だ。本展には出展されていないが、踊り子の練習風景を描いたドガの『踊り子たち、ピンクと緑』(吉野石膏株式会社蔵/山形美術館寄託)と、『北斎漫画』の十一編に掲載されているまわしに両手をかけた力士の後ろ姿の相似もその一例とされている。このほかにも、主題であるはずの踊り子を画面の端で大胆に切り取ったり、稽古場の床の面積を広くとって斜め上から見下ろしたような構図など、ドガはヨーロッパの絵画にはなかった新鮮な視点を北斎作品などから学んだといわれている。

「“カフェ”に集う芸術家」展に展示されているドガの『赤い服の踊り子』(1897年頃、ひろしま美術館蔵)。60代での作品だが、このころ眼病から視力が低下していた彼は、若いころのような緻密な描写に代わって、パステルを何層も重ねることで衣裳の質感やボリューム、室内の空気感を表現した。本展会場でそのタッチをじっくり鑑賞して欲しい。

『赤い服の踊り子』のすぐ近くに展示された、ドガのブロンズ作品『右手で右足をつかむ踊り子』(1896~1911年、ひろしま美術館蔵)。『赤い服の踊り子』では、右手で左耳のあたりを触りながら衣裳の胸元に左手を添えるポーズを描いているが、こうした仕草を三次元的に捉えるため、粘土や蝋による彫刻を多数制作した。

ロートレックは、なぜ下品で粗野なシャンソン歌手を描いたのか

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『エルドラド、アリスティド・ブリュアン』
1892年 リトグラフ 三菱一号館美術館蔵

背景の黄色、トレードマークの鍔広帽と赤いマフラーが印象的なロートレックのポスター作品『エルドラド、アリスティド・ブリュアン』(上図)を見たことがある人もいるだろう。アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、ドガや印象派、日本の浮世絵などに刺激を受けながら独自の画境を開いた画家。モンマルトルにアトリエを構え、カフェやキャバレーといった社交場に通ってはゴッホやベルナールなどと交流した。

シャンソン歌手のアリスティド・ブリュアンは、伝説的な芸術キャバレー<シャ・ノワール>が移転したあと、その跡地に開店した<ミルリトン>というキャバレーの支配人でもあった。上流階級の人々を揶揄する挑発的なパフォーマンスを売りとしたブリュアンは、下品で粗野ではあるが人気者。ロートレックはブリュアンと交流するなかで、ポスター作品という依頼にとどまらず何作も彼を描いている。ブリュアンは、ブルジョア層の客が来ると目の前で罵倒するというパフォーマンスで挑発したが、ブルジョア客はむしろ彼の毒舌を甘んじて受け入れた。下層階級の過酷な現実を、悲哀を込めて歌って客を熱狂させたブリュアンを、ロートレックは作品に描くことで共感を示したのかもしれない。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『ルイ13世風の椅子のリフレイン』(アリスディド・ブリュアンのキャバレーにて)
1886年 コンテ、油彩、紙 ひろしま美術館蔵

椅子の上に立って両手を広げているのがブリュアン。ブルジョワ層と思しき客に混じって、労働者階級の男性なども見える。ロートレックは本作に自身も描き込んでいるが(柱の後ろにいる帽子をかぶった正面向きの人物)、ロートレック伯爵家の名前に傷がつくことを懸念し、Lautrecのアナグラム「Treclau」とサインしている。

本展会場に並んだロートレックによる2作のブリュアン像。右がブリュアンから依頼されたポスター、左はその制作のための習作。鍔広帽と赤いマフラーに加え、皮肉屋っぷりを表す表情がブリュアンのキャラクターを表現している。

アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック『ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ』
1891年 リトグラフ 三菱一号館美術館蔵

1889年10月6日、4回目のパリ万国博覧会が閉幕したタイミングでモンマルトルに開店したダンスホール<ムーラン・ルージュ>。店の依頼で制作したこのポスターはロートレックの出世作となり、ポスターデザイナーとして一躍有名に。

パリという街の息吹を感じる展覧会会場

本展が示す“カフェ”は、コーヒーや軽食を提供するものにとどまらない。この展覧会を担当した学芸員の岩瀬慧さんによると、歌ったりMCで笑わせたりする、カフェの発展形であるカフェ=コンセールと呼ばれるカジュアルな演芸場や、ショーを見せるキャバレーやダンス・ホールなども含めて“カフェ”としたのだそう。その“カフェ”でのさまざまなシーンを描いたものから、“カフェ”にまつわるストーリーを含んだ作品、あるいはそこで交わされた芸術論や何気ない会話から生まれた作品。そんなふうに思って眺めてみると、作品の中の人物が生き生きと動き出し、音楽や会話が聞こえてくる気がする。

展示室のひとつでは、8分34秒の映像の上映も。「パリの魅力(Attrait de Paris)」という、20世紀初頭のパリの街路やキャバレーなどの娯楽空間を捉えた1912年の映像作品だ。その部屋には、夜間開館時に限って「芸術家と酒」「芸術家と恋愛」「芸術家と病」など、芸術文化の影の部分を綴ったパネルも展示される。

上映中の「パリの魅力(Attrait de Paris)」。

ほかにも、パリの街角にありそうなサイン(袖看板)や、街のにぎわいを感じさせるような設えがあったり。パリを散策するような気分で鑑賞できるというわけだ。

レリーフが美しいサイン。1881年にオープンしたキャバレー<シャ・ノワール>のアイコンともいうべきこの黒猫は、巡業公演のポスターにテオフィル・アレクサンドル・スタンランが描いたものから採られている。

展示作品とともに、19世紀末のパリで活気づいた芸術文化の雰囲気も楽しめる。

今回も、三菱一号館美術館に併設するミュージアムショップ<Store 1894>に本展オリジナルグッズが仲間入りしている。美食家であり料理の腕前も持ち併せていた、ロートレックのレシピ8点が掲載された冊子を「レシピ付きチケット」として販売していたが早々に完売、「美食家ロートレックのレシピ冊子」として再販となった(¥700、数量限定)。

オリジナルグッズではないが、ポストカード用フレーム(¥1,980)もおすすめ。展覧会でお気に入りのカードを購入して飾れば、自室などでも楽しむことができる。

この「“カフェ”に集う芸術家-印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」では、毎週金曜日と第2水曜日などは20時まで開館。夜間開館時間限定で音楽による演出や、少し大人向けの“カフェ”にまつわる裏話も紹介している。19世紀後半のパリという街の華やいだ文化を、同じように散策やカフェ巡りが楽しい丸の内で堪能してはいかがだろう。

美術館データ

三菱一号館美術館

“カフェ”に集う芸術家-印象派からゴッホ、ロートレック、ピカソまで」

Artists at the Café:
From the Impressionists, Van Gogh and
Toulouse-Lautrec to Picasso


会場:三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2-6-2)
会期:2026年6月13日(土)~9月23日(水・祝)
※8月4日以降一部作品の展示替えあり
会期中休館日:祝日を除く月曜日
※トークフリーデー(8月31日)は開館
開館時間:10時~18時
※金曜日、第2水曜日、9月19日(土)~23日(水・祝)は20:00まで、いずれも入館は閉館の30分前まで
※夜間開館時間(18~20時)限定で、音楽による特別演出を行うほか、少し大人向けの“カフェ”にまつわる裏話をご紹介
入館料(当日券):一般2,300円、大学生・専門学校生1,300円、高校生1,000円、中学生以下無料
※第2水曜日は、17時以降に当館チケット窓口で当日のマジックアワーチケット1,600円を販売
※カラーコーデ割「Rouge Classique」として、赤い洋服を着用した来館者には観覧料を100円引きに(当日チケット窓口で購入の場合のみ適用、自己申告制)
問い合わせ:☏ 050・5541・8600(ハローダイヤル)


展覧会ホームページ https://mimt.jp/ex_sp/cafe/

割引クーポン

一般、大学生、高校生入館料
200円割引

※入館時にこの画面をお見せください
この画面をお見せいただくことで
入館料が割引となります
2名様まで1回限り有効
他の割引との併用不可
チケット窓口での購入のみ適用

<会期中の 2026年9月23日まで>


過去の記事

TOP