柳宗悦が提唱し、濱田庄司、河井寬次郎、バーナード・リーチといった陶芸家が中心メンバーとなり、1920年代半ばの大正末期から昭和初期にかけて興った「民藝運動」。鑑賞するため、あるいは室内を心地よく飾るための美術品ではなく、日常的に使う品や道具に〝美〟を見出したこの運動。柳・濱田・河井によって「民藝」の語が生み出されてから2025年で100年が経った。その101年目に静嘉堂文庫美術館が開催しているのが、「民藝SHOCK!!」と名付けられた展覧会。サブタイトルは「没後60年 静嘉堂の河井寬次郎」だ。「タイトルに民藝とついていますが、民藝の展覧会ではありません。河井寬次郎がどのような民藝に衝撃を受けて作品作りを行ったか、という展覧会です。静嘉堂文庫美術館が所有する河井寬次郎作品の全51件と、彼の作陶に影響を与えた東洋や国内の陶磁器など、一部他館からの借用作品も合わせて100点余りを、一部展示替えしながらご覧いただきます」と語ってくれたのは、本展担当学芸員の山田正樹さん。寬次郎作品の特徴や見どころを、素晴らしいものを目にすると感激してフラフラになってしまう、という寬次郎のキャラクターを交えて語っていただいた。
文学青年、突如〝やきもの〟に目覚める!
島根県の安来に、大工の棟梁の次男として生を受けた河井寬次郎。体があまり強くなかった彼は、松江の旧制中学時代には文芸誌などに詩などを投稿していた、いわゆる文学青年だったとか。成績優秀で卒業したのち、東京で産婦人科医をしていた母方の叔父の趣味に感化され、突然やきものの道へ進む決意をしたのが17歳のころ。明治43(1910)年に東京高等工業学校(現在の東京科学大学)の窯業科に進学する。
「明治になると殖産産業が盛んになりますが、東京高等工業学校も国のための技術者を育てる学校です。すでに薩摩焼や京焼などの輸出需要があったので、窯業も注目されていた分野でした。陶芸ではなく製造産業としての窯業を学ぶ学校ですから、寬次郎が求めていたものではなかったのでしょう。不真面目な生徒だったと自分でも言っていますが、ちょっと浮いた存在だったのかもしれません」
しかし、この東京高等工業学校では運命の出会いがあった。一学年下の後輩に、濱田庄司がいたのだ。濱田も窯業技師ではなく陶芸家になりたいと思っていたようで、同じような志をもった先輩がいると知って寬次郎に会いに行き、ふたりはすぐに意気投合する。
「先に卒業した寬次郎は、京都市陶磁器試験場に就職します。日本初の公立の陶磁器専門研究機関とされています。ここの所長が技師達に中国の古陶磁を勉強させたことや、のちに窯業技術者で陶芸家になった小森忍という先輩と一緒に研究を進めたりしたことが、彼の創作活動に影響を与えていきます」
重要文化財『青磁貼花牡丹唐草文深鉢』 龍泉窯
中国・南宋~元時代(13~14世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
【展示期間:10月14日~11月8日】
河井寛次郎『繍花青瓷蟹爪文花缾』
大正11(1922)年ごろ 個人蔵
【展示期間:9月5日~10月12日】
『澱青釉紫紅斑双耳香炉』 鈞窯
中国・元時代(13~14世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
河井寛次郎『紫紅瓜壺』
昭和4(1929)年ごろ 静嘉堂文庫美術館蔵
中国古陶磁の品と寬次郎の作品を見比べると、釉薬、技法、文様など、さまざまな影響を受けていることがわかる。
中国古陶磁に、スリップウェアに、朝鮮李朝に、木喰仏に感激!
「大正9年ごろから本格的に作陶を始めるのですが、中国や朝鮮の古陶磁にかなり影響を受けた作品を作っています。陶磁器試験場で中国古陶磁の釉薬の研究をしていたことも大きいのですが、大正時代というのは中国美術が一挙に広まった時代です。中国大陸に欧米が進出して、さまざまな美術品を持ち帰り、中国古美術コレクターも登場してくる。そういう時代の雰囲気を感じた寬次郎も、中国美術面白い!宋時代のやきもの凄い!と注目したわけです。欧米の大コレクター達は自身でコレクションカタログを出版したりするのですが、そういうものが丸善なんかに並んでも気軽に買えるような値段じゃない。まだ陶芸家になりたてという程度の寬次郎が買えるものではないのですが、幸運にも彼には理解のある支援者がいたので買ってもらえたらしいのです。こうして寬次郎は中国陶磁に惚れ込み、研究して、自分の作品に生かしていったわけです」
そのころ、親友・盟友といえる仲になっていた濱田はイギリスへ遊学していたが、大正12(1923)年の関東大震災ののち、帰国。その際にイギリスから持ち帰ったのがスリップウェアだ。素地の表面に泥状の化粧土で装飾し、透明な黄色の釉薬をかけて焼き上げるイギリスの伝統的な陶芸手法のスリップウェアに、寬次郎と濱田は夢中になった。寬次郎は、強く衝撃を受けたものに対する興味の集中力がハンパない。
「柳宗悦が開催した朝鮮王朝時代、すなわち李朝の品の展覧会に行ったときも、李朝のやきものの素晴らしさに打たれてフラフラになって電車を乗り過ごした、というエピソードが残っているくらいです。濱田に誘われて柳の家に行けば、飾ってあった木喰仏を見たとたん、また衝撃を受けてフラフラになってしまったらしい(笑)。実は柳と寬次郎の間にはちょっとした遺恨があり、それを解消しようと濱田が仲立ちをしたのですが、寬次郎が木喰仏に心を射抜かれたことでふたりは意気投合するわけです」
こうして朝鮮陶磁の器形や、スリップウェアを意識した作品を制作するようになる。海外のやきものだけでなく、柳や濱田との交流や日本各地を巡る旅のなかで見出していった丹波焼の伝統的な釉がけ技術を用いたり、瀬戸の石皿などの文様を翻案したような作品もと、その幅を広げていった。
『青花草花文字文角瓶』
朝鮮時代(19世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
河井寬次郎『草絵丸紋壺』
昭和7(1932)年ごろ 静嘉堂文庫美術館蔵
【展示期間:9月5日~10月12日】
上の李朝白磁のように、陶板を合わせて成形した角瓶。注ぎ口の内側が角柱というところも共通している。
『赤土部灰釉徳利』 丹波
江戸時代(17~18世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
河井寬次郎『流し薬壺』
昭和5~6(1930~31)年ごろ 静嘉堂文庫美術館蔵
【9月5日~10月12日展示】
釉薬やスリップを掛け流す技法は丹波焼に学んだもの。
『灰釉銹絵染付松文石皿』 瀬戸
江戸時代(19世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
河井寬次郎『松の図鉢』
昭和5(1930)年ごろ 静嘉堂文庫美術館蔵
写実ではなくシンプルな文様にデザイン化するのも民藝のうつわの特徴。この作品の絵付けは瀬戸焼の陶工が手早く描いた松の絵を思わせる。
静嘉堂の寬次郎作品は岩崎小彌太のコレクション!
「寬次郎には支援者がいたという話をしましたが、そのおかげで陶芸家として独立した翌年の大正10年から、東京や大阪で年に2回ほど個展を開いています。初個展は東京日本橋の髙島屋。しかも帝国ホテルでレセプションパーティまで開かれています。そのときには政財界の名士達へも招待があり、岩崎小彌太も呼ばれたらしいです。それが今回展示する静嘉堂文庫美術館の河井寬次郎コレクションの始まりのようです。しかしこの初個展で購入したというものも含め、大正時代の寬次郎作品は、現存する小彌太のコレクションに含まれていません。関東大震災や戦災被害で失われたのかもしれず、実際のところよく分かっていないのです。小彌太のコレクションとして伝わっている作品は、すべて昭和初期の作品です」
寬次郎の作品は、3期に区分して語られるが、現在所蔵している小彌太のコレクションはその中期にあたる昭和2年ごろから10年ごろまでの、まさに〝用の美〟を意識して制作していた時期のもの。実は、創作に悩んだ寬次郎は発表をしていなかった時期があるが、その間の彼の生活を支えていたのが「河井氏後援会」なるもので、小彌太もそのメンバーだった。世間的には発表していない時期も、この後援会のメンバーには作品が頒布されていたらしい。記録が乏しいので詳細は不明だが、非常にレアな作品が含まれているのかもしれない。
河井寬次郎『流し描鉢』
昭和6(1931)年ごろ 静嘉堂文庫美術館蔵
片手だと〝皿〟に、両手を合わせると〝碗〟になることから、寬次郎が好んで作品に度々登場させた両てのひらの文様。シンプルで力強い造形・文様は、民藝の特徴だ。
河井寬次郎『三彩薬師像』
大正13(1924)年 静嘉堂文庫美術館蔵
うつわでない彫刻的作品も。なかでもこの薬師像は珍しい。彫刻家の新海竹太郎による原型から型取りして焼いた、約40cmの像。陶磁器研究家の奥田誠一の依頼によって制作された。
この秋、都内で国宝「曜変天目」2碗が同時期に見られる!
東洋陶磁の至宝「曜変天目」は、完全なものとして現存するのは世界にたった3碗。そのすべてが国宝に指定されている。静嘉堂文庫美術館ではそのうちのひとつ、通称「稲葉天目」を所蔵しており、今回の「民藝SHOCK!!」展でも通期展示中だ。
そしてこの秋、上野の東京国立博物館の特別展「大徳寺 本朝無双之禅苑」では、大徳寺の龍光院が所蔵する「曜変天目」が展示される(展示期間:10月14日~11月8日)。3碗の「曜変天目」のうちの2碗を都内で鑑賞することができる、またとない機会もお見逃しなく!
国宝『曜変天目(稲葉天目)』 建窯
中国・南宋時代(12~13世紀) 静嘉堂文庫美術館蔵
民藝は今やブームと言ってもいいだろう。2025年に「民藝」誕生100年を迎える数年前から、うつわを中心に民藝の品が注目されている。定期的に「民藝展」や「手仕事展」を開催するギャラリーや百貨店もある。この『民藝SHOCK!!』で、寬次郎の作品や、つくり手に影響を与えた民藝の品など約100点を鑑賞したら、ひとつやふたつは持って帰って自宅で使ってみたくなる――そんな品があるかもしれない。
美術館データ
民藝SHOCK!!―没後60年 静嘉堂の河井寬次郎
Ceramicist Kawai Kanjirō :
The Sources of His Creativity in Traditional Ceramics
会場:静嘉堂文庫美術館(静嘉堂@丸の内/東京都千代田区丸の内2-1-1 明治生命館1階)
会期:2026年9月5日(土)~11月8日(日)
※会期中、一部作品の展示替えあり
会期中休館日:月曜日(ただし9月21日と10月12日の祝日は開館)、9月24日(木)、10月13日(火)
開館時間:10時~17時(入館は閉館の30分前まで)
※第4水曜日の9月23日(祝)、10月28日は20時閉館、11月6日(金)、11月7日(土)は19時閉館
トークフリーデー:毎週木曜日
入館料:一般1,500円、大学・高校生1,000円、中学生以下無料
【関連イベント/スペシャル対談!「静嘉堂秘蔵の河井寬次郎作品を語る」】
講師:鷺珠江氏(河井寬次郎記念館学芸員)×梶山博史氏(大阪市立東洋陶磁美術館学芸課長代理)
日時:10月18日(日) 14時~15時30分
定員:200名
会場:明治安田ヴィレッジ「明治安田ホール」(東京都千代田区丸の内2-1-1 4階)
申込方法:本展入館料込み参加券(1,500円)を要予約(Webで事前購入)
【関連イベント/担当学芸員のスライドトーク】
日時:2026年9月19日(土)、9月27日(日)、10月11日(日)、11月7日(土)、各日11時〜/14時30分~(各回約50分)
会場:明治安田ヴィレッジ「明治安田ギャラリー」(東京都千代田区丸の内2-1-1)
定員:各回40名
参加費:無料(ただし要当日入館券)、当日整理券配布(予約優先)
問い合わせ:☏ 050・5541・8600(ハローダイヤル)
ホームページ https://www.seikado.or.jp/
X(旧Twitter) @seikadomuseum
instagram @seikado_bunko_artmuseum
※入館時にこの画面をお見せください
※上記リンク先の赤い「チケット購入ボタン」からご予約いただけます
※2名様まで1回限り有効
※他の割引と併用不可
<会期中の2026年11月8日(日)まで>